部員非募集! 「日焼け絶許部」で恋をする♡

「誰だよ、おまえ」

 丸椅子から立ち上がった真壁先輩が、まっすぐ僕の方へ近づいてくる。
 こんな時季はずれに、また面倒な入部希望者がやって来たとでも誤解されているのだろう。
 刺々しい口調。敵意、というか警戒心が剥き出しなのが、纏う空気からもビリビリと伝わってくる。

 ――はじめて間近で目にした真壁先輩の美貌は、想像以上だった。

 一八五センチはありそうな長身に、何か本格的に運動をしていたのだろう。細身ながらしっかりと絞られた体。
 がっしりとたくましい首の上に収まる小さな顔は、神様がノミで丹念に彫り上げたように深く整っていて、すさまじくかっこいいのと同時に、ある種の美しささえ感じるほどだった。
 この人と自分が同じ人間だなんて、到底信じられない。頭のてっぺんからつま先で、僕とは確実に構成成分が違う。常人とは一線を画した――僕の推しのアイくんとも完全に方向性が違う、野性味と迫力のありすぎる美貌。
 そして何より真壁先輩は、「日焼け絶許部」の部長の名に恥じぬ、雪のように白く美しい肌をしていた。腕時計跡とか靴下焼けなんて絶対にしていないのだろう、均一に白い肌。
 さすがに芸能界でもトップレベルの白さを誇るアイくんほどではないけれど、僕はその白さを、心の底から美しいと思った。
 
……あまりにも特別な雰囲気のある人で、そんな人に本気ですごまれているこの状況が、少しも怖くないと言えば嘘になった。けれどさっちゃんに常々「鋼メンタル。メンタル激強」と言われているように、僕は結構図太いので。
 僕は「怯んでませんよ」アピールとして先輩の瞳をまっすぐに射抜いたあとで、腰をきっちり九十度に折ってお願いをした。
根っからの体育会系の人間も真っ青になること間違いなしの、それはそれは見事な角度だった。


「お願いしますッ! 真壁先輩の一押しの日焼け止め、教えて下さいッ‼」


「…………は?」

 頭の上に、困惑した声が降ってくる。
僕が顔を上げると、真壁先輩は奇妙な生き物を見る目でまじまじと僕を見つめていた。
入部希望者を取り付く島もないほど冷淡に断ってやろうと思っていたらしいのに、僕が予想外のことを言い出したから、大いに困ってしまっているようだった。

「……おまえ、何? 入部希望者じゃねぇの?」

(おお、声までかっこいい!)

 期待を裏切られなかったことに感激しながら、僕は背筋を伸ばしてできる限り明るくハキハキと答えた。

「はい! 本当は入部したかったんですが、部員非募集と聞きまして。それならせめて、先輩のおすすめの日焼け止めだけでも教えていただけないかと」

 本心を述べたにも関わらず、真壁先輩の目からは疑念の色が消えない。過去の入部希望者たちは、どうやら相当しつこかったらしい。

「……まあ、部員なんて募集してねぇけど。それでも、他のやつらは大勢で押しかけてきたぜ?」

 心底うんざりした口調。確かに望んでもいないのに押しかけられるのは、大変迷惑なことだと思うけど。押し寄せてしまった女子たちの気持ちもわかる、だって。

「真壁先輩はイケメンですからねぇ。是非ともお近づきになりたかったんだと思いますよ。それに、色白に憧れる女子って多いですし」
 
 というか、女子って半分くらい、日焼け対策が義務になってしまっているところがあると思う。だけど実際に取り組んでみて知ったけど、日焼け対策って正直かなり面倒くさい。
 毎日必要なルーティンをコツコツ積み上げていかなければいけない上に、理想の白さを手に入れるためには絶対、ある程度の時間が必要になってくる。成果が出るまで根気強く待たねばならないのは、辛い部分も多い。
 だけど超絶イケメン部長のいる部活で、「もしかしたら先輩と特別な関係になれるかも?」 なんて期待しながら日焼け対策に励めたら、面倒なルーティンも楽しいものに変わると思う。彼女たちも、きっとそう思ったんじゃないかな。
 「おまえは本当に違うわけ?」と真壁先輩に視線だけで問われた僕は、ふるふると首を横に振った。

「はい。だって真壁先輩の意志に反して無理矢理入部したところで、全然楽しく部活できないじゃないですか」

 僕には人の嫌がることをして喜ぶ趣味はないのだ。好感度マイナスの状態からでも仲良くなれるから大丈夫と楽観視できるほど、人付き合いが得意なわけでもないし。
 あっけらかんと僕が答えてみせると。
 真壁先輩の態度が、突然柔らいだ。固く閉じ切っていたつぼみが急に花開いたみたいな、目を見張るほどの突然さだった。

「………真壁」
「え?」

 優に頭二つ分は違う長身で僕を見下ろしながら、ぽつりと先輩が言った。その柔らかい眼差しは、僕だけに注がれている。

「俺の名前。真壁夏矢(なつや)」
「ああ、どうも。僕の名前は佐倉ささねです」

 唐突に名を名乗られたので、礼儀として名乗り返すと。
 なぜかぽん、と頭の上に優しく手を置かれて、同性でも思わずドキリとするような優しい表情で、ふっと親しげに笑いかけられた。
 どうしてだろう、その笑みに、なぜか心臓がとくりと跳ねた。

「おまえ、合格」

 真壁先輩がまっすぐに僕の瞳を覗き込みながら、そう言った。

 合格。

 何が? 何を? え、一体何の話?
 硬直した頭の中、そんな言葉だけがぐるぐると回る。
 そんな僕の状況を知ってか知らずか、真壁先輩が、続けた。

「男だから面倒にもならなさそうだし、おまえだけは特別に入部、認めてやるよ」

 数秒、言葉の意味が脳に染みこんでいかず、身体ごとフリーズしてしまう。 
 が、やがてじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。頭の中で祝福の打ち上げ花火が何十発も打ち上がっていく。
 ああどうしよう、なんだか無性に嬉しい。
 僕と真壁先輩の忘れられないひと夏の思い出は、今、この瞬間からはじまった。