夏祭りの帰り。
家に戻ると、今夜が山だと踏んでいたらしいさっちゃんが、我が家の前で待ち伏せしていた。いかにもだるそうに玄関先にしゃがみこんでいたさっちゃんは、僕たちの手が固く結ばれているのを見て、首尾を悟ったらしい。
すっくと立ち上がると夏矢先輩の方を向いて、深々とこれ以上なく丁寧に頭を下げた。
「真壁先輩。ささねのこと、どうかよろしくお願いします」
「佐築くん……」
軽く自己紹介しか交わしたことのない相手に、大事な娘を嫁に出す父親みたいな振る舞いをされて、夏矢先輩が驚いている。
でも僕は、さっちゃんならやると思っていた。僕が逆の立場でも、きっとそうするから。
(……だって僕たちは、半分だもの)
ぱちりぱちりと瞬いた先では、さっちゃんがまだ夏矢先輩にお願いしていた。
「こいつは他人に興味なさすぎるし、大人しい見かけを裏切る気の強さと強靱なメンタルのせいでトラブル起こしがちだし、勉強も運動もあんまり得意じゃなくて、俺は正直真壁先輩がこいつのどこに惹かれたのかわからないんですけど、」
OH、突然堂々とけなすじゃん。
「――でも、俺の大事な半分なので、」
さっちゃんがもう一度頭を下げる。先ほどよりも深い角度から、さっちゃんの真剣さが見て取れる。
「どうか、宝物を扱うみたいに大切にしてやって下さい。お願いします」
「さっちゃん……」
あ、やば、ちょっとしんみりきた。空いた方の手で目元を押さえる。
夏矢先輩はさっちゃんを真摯に見つめ返して、誠心誠意誓ってくれた。
「――約束する。佐倉のことは、佐倉がもういやだって言うまで大切にする」
本当だよ、と言うように繋いだ手が軽く引っ張られたので、僕もそっと引っ張り返して、「わかってますよ」を告げた。
ああ、良い空気だなと感動していたら。
最後にさっちゃんが、大きめの釘を刺し出した。
「あとよく誤解されるのでこれだけは言わせていただきますが、俺たちはお互いにまっっっっったく恋愛感情を抱いていないので、絶対に嫉妬したりしないで下さい。……回りくどい牽制とかじゃなくて、マジでこいつとキスするくらいなら、弟に一〇〇回キスした方がマシですから」
心底いやそうな顔で吐き捨てるさっちゃんに、抗議する。
「失礼だな、さっちゃん! 僕だってさっちゃんにキスしなちゃいけないくらいなら、りゅーくんにするよ!」
「はぁ⁉ おまえ、りゅーが迷惑するだろうが!」
「実のお兄ちゃんにキスされる方が迷惑に決まってるってば!」
大きな声で言い合ったせいで、会話は佐築家の二階、りゅーくんの部屋にまで届いたらしい。自室のベランダから「頼むから俺を巻き込まないで!」と悲痛な声で訴えてきたりゅーくんに、僕も夏矢先輩もそれからさっちゃんもおなかを抱えて笑うはめになった。
りゅーくんのアシストがよかったのか、それともさっちゃんの真面目さにシンパシーを感じたのか、今度は夏矢先輩がさっちゃんの方を向いて、手を差し出した。
「……良かったら、佐築家のみんなとも仲良くさせてほしいんだが」
さっちゃんは差し出された手に、数秒だけ迷う素振りを見せたけれど、結局「良いですよ」とその手を強く握り返した。
「どうせこいつ関連で関わる機会が増えるでしょうし、仲良くやれるならそれに越したことはないですから」
でも、とさっちゃん複雑そうにつけ足す。
「『半分を自称する幼馴染み』って、恋人の傍にもっともいてほしくないような人間を、よく受け入れる気になりましたね」
「……さっちゃん、自分で言う?」と僕が呆れを示す前に、夏矢先輩がさっちゃんにふっと優しく微笑んで言った。
「佐築くんが良いやつだってことは、佐倉の話でよくわかってるから」
「う、」
「わ、」
超絶イケメンのまっすぐすぎる言葉に、僕たちは二人揃って白旗を上げた。今度は僕がさっちゃんを軽く睨んで釘を刺す。
「さっちゃん、夏矢先輩のこと絶対に好きにならないでよ?」
「なるわけねぇだろ、俺とタイプまったく同じ人だぞ!」
「だって今さっちゃんもときめいてたじゃん!」
「あんなふうに優しく微笑まれたら誰だって動揺するだろうが!」
本気で言い合っていると、夏矢先輩がまた「あはは」とおかしそうに笑ってくれて。
そのうち「あんたたちいつまで外で騒いでるの?」と僕の親が出てきて、夏矢先輩のお迎えが来るまで、三人で僕の部屋でわいわい話をした。
――色々あって疲れたけれど、でも、とてもいい一日だった。僕は今日という日を、絶対に一生忘れることはないだろう。
宇宙一で一番好きな人と、互いの傷ごと愛し合えた、奇跡みたいな日だったから。
□
――夏矢先輩と両想いになれた最高にハッピーな夏が終わり、新学期を迎えた九月上旬。
九月になると気候はガラッと様変わりし、四階の旧理科室の部室には秋の涼しい風が吹き込むようになった。
あれだけ暑く輝いていた太陽も、すっかり鳴りを潜めている。
とはいえ、日焼け絶許部は今日も今日とてのんびり活動中だ。何せ紫外線は年中世界に降り注いでいるのだから。
放課後になるなり、駆け足で部室にやって来た僕は、窓辺に佇む真夏矢先輩の姿を見つけて破顔する。
「夏矢先輩~!」と喜びいっぱいの表情で手を振ると、振り返った夏矢先輩も愛おしそうに微笑み返してくれる。
「ああ来たな、佐倉」
「せんぱ~い、今日は何します?」
「そうだなぁ……」
――四階の旧理科室。
そこは部員非募集をうたう「日焼け絶許部」の活動場所。
大好きだったサッカーのことを忘れてしまいたいがために色白になる決意をした夏矢先輩と、推しアイドルの白さに憧れる、幼馴染みと距離を置きたかった僕が、奇跡みたいな確率で惹かれ合って出会った運命の場所。
そして今ここでは、新米カップルがこっそり手を繋いだり、キスしたりしていちゃついているという。
……なぁんてね。
家に戻ると、今夜が山だと踏んでいたらしいさっちゃんが、我が家の前で待ち伏せしていた。いかにもだるそうに玄関先にしゃがみこんでいたさっちゃんは、僕たちの手が固く結ばれているのを見て、首尾を悟ったらしい。
すっくと立ち上がると夏矢先輩の方を向いて、深々とこれ以上なく丁寧に頭を下げた。
「真壁先輩。ささねのこと、どうかよろしくお願いします」
「佐築くん……」
軽く自己紹介しか交わしたことのない相手に、大事な娘を嫁に出す父親みたいな振る舞いをされて、夏矢先輩が驚いている。
でも僕は、さっちゃんならやると思っていた。僕が逆の立場でも、きっとそうするから。
(……だって僕たちは、半分だもの)
ぱちりぱちりと瞬いた先では、さっちゃんがまだ夏矢先輩にお願いしていた。
「こいつは他人に興味なさすぎるし、大人しい見かけを裏切る気の強さと強靱なメンタルのせいでトラブル起こしがちだし、勉強も運動もあんまり得意じゃなくて、俺は正直真壁先輩がこいつのどこに惹かれたのかわからないんですけど、」
OH、突然堂々とけなすじゃん。
「――でも、俺の大事な半分なので、」
さっちゃんがもう一度頭を下げる。先ほどよりも深い角度から、さっちゃんの真剣さが見て取れる。
「どうか、宝物を扱うみたいに大切にしてやって下さい。お願いします」
「さっちゃん……」
あ、やば、ちょっとしんみりきた。空いた方の手で目元を押さえる。
夏矢先輩はさっちゃんを真摯に見つめ返して、誠心誠意誓ってくれた。
「――約束する。佐倉のことは、佐倉がもういやだって言うまで大切にする」
本当だよ、と言うように繋いだ手が軽く引っ張られたので、僕もそっと引っ張り返して、「わかってますよ」を告げた。
ああ、良い空気だなと感動していたら。
最後にさっちゃんが、大きめの釘を刺し出した。
「あとよく誤解されるのでこれだけは言わせていただきますが、俺たちはお互いにまっっっっったく恋愛感情を抱いていないので、絶対に嫉妬したりしないで下さい。……回りくどい牽制とかじゃなくて、マジでこいつとキスするくらいなら、弟に一〇〇回キスした方がマシですから」
心底いやそうな顔で吐き捨てるさっちゃんに、抗議する。
「失礼だな、さっちゃん! 僕だってさっちゃんにキスしなちゃいけないくらいなら、りゅーくんにするよ!」
「はぁ⁉ おまえ、りゅーが迷惑するだろうが!」
「実のお兄ちゃんにキスされる方が迷惑に決まってるってば!」
大きな声で言い合ったせいで、会話は佐築家の二階、りゅーくんの部屋にまで届いたらしい。自室のベランダから「頼むから俺を巻き込まないで!」と悲痛な声で訴えてきたりゅーくんに、僕も夏矢先輩もそれからさっちゃんもおなかを抱えて笑うはめになった。
りゅーくんのアシストがよかったのか、それともさっちゃんの真面目さにシンパシーを感じたのか、今度は夏矢先輩がさっちゃんの方を向いて、手を差し出した。
「……良かったら、佐築家のみんなとも仲良くさせてほしいんだが」
さっちゃんは差し出された手に、数秒だけ迷う素振りを見せたけれど、結局「良いですよ」とその手を強く握り返した。
「どうせこいつ関連で関わる機会が増えるでしょうし、仲良くやれるならそれに越したことはないですから」
でも、とさっちゃん複雑そうにつけ足す。
「『半分を自称する幼馴染み』って、恋人の傍にもっともいてほしくないような人間を、よく受け入れる気になりましたね」
「……さっちゃん、自分で言う?」と僕が呆れを示す前に、夏矢先輩がさっちゃんにふっと優しく微笑んで言った。
「佐築くんが良いやつだってことは、佐倉の話でよくわかってるから」
「う、」
「わ、」
超絶イケメンのまっすぐすぎる言葉に、僕たちは二人揃って白旗を上げた。今度は僕がさっちゃんを軽く睨んで釘を刺す。
「さっちゃん、夏矢先輩のこと絶対に好きにならないでよ?」
「なるわけねぇだろ、俺とタイプまったく同じ人だぞ!」
「だって今さっちゃんもときめいてたじゃん!」
「あんなふうに優しく微笑まれたら誰だって動揺するだろうが!」
本気で言い合っていると、夏矢先輩がまた「あはは」とおかしそうに笑ってくれて。
そのうち「あんたたちいつまで外で騒いでるの?」と僕の親が出てきて、夏矢先輩のお迎えが来るまで、三人で僕の部屋でわいわい話をした。
――色々あって疲れたけれど、でも、とてもいい一日だった。僕は今日という日を、絶対に一生忘れることはないだろう。
宇宙一で一番好きな人と、互いの傷ごと愛し合えた、奇跡みたいな日だったから。
□
――夏矢先輩と両想いになれた最高にハッピーな夏が終わり、新学期を迎えた九月上旬。
九月になると気候はガラッと様変わりし、四階の旧理科室の部室には秋の涼しい風が吹き込むようになった。
あれだけ暑く輝いていた太陽も、すっかり鳴りを潜めている。
とはいえ、日焼け絶許部は今日も今日とてのんびり活動中だ。何せ紫外線は年中世界に降り注いでいるのだから。
放課後になるなり、駆け足で部室にやって来た僕は、窓辺に佇む真夏矢先輩の姿を見つけて破顔する。
「夏矢先輩~!」と喜びいっぱいの表情で手を振ると、振り返った夏矢先輩も愛おしそうに微笑み返してくれる。
「ああ来たな、佐倉」
「せんぱ~い、今日は何します?」
「そうだなぁ……」
――四階の旧理科室。
そこは部員非募集をうたう「日焼け絶許部」の活動場所。
大好きだったサッカーのことを忘れてしまいたいがために色白になる決意をした夏矢先輩と、推しアイドルの白さに憧れる、幼馴染みと距離を置きたかった僕が、奇跡みたいな確率で惹かれ合って出会った運命の場所。
そして今ここでは、新米カップルがこっそり手を繋いだり、キスしたりしていちゃついているという。
……なぁんてね。
