一カ所だけ開け放たれた窓から、焼けるように眩しい太陽光が差し込む四階の旧理科室。
そこは僕と先輩だけの秘密の部活会場。
部活の名前は「日焼け絶許部」。
これは憧れの男性アイドルに近づくために色白になりたい僕と、過去と決別したいがために色白になることを決めた夏矢先輩の、不器用で愛おしい夏の物語だ。
□
入学式から二ヶ月半ほどがたった、六月の下旬。
私立晴光学園高等学校、その昇降口にて。
「さっちゃん、ちょっと待って」
さっさと上履きから靴に履き替え、足早に校舎の外に出ようとしていた幼馴染みの名前を呼んで引き留める。
するとクールを地で行く正統派黒髪美形幼馴染みが、実に不愉快そうな顔をして僕の方を振り返った。
――幼馴染みの名前は佐築晃太朗。
「佐築」の「さ」をとって「さっちゃん」。由来は実に単純だ。
ちなみに僕の名前は佐倉ささねと言い、何なら名前に三つも「さ」が入っている僕の方が「さっちゃん」にふさわしいけれど、僕がさっちゃんをさっちゃんと呼ぶので、さっちゃんは僕のことを単に「おまえ」と呼んでいた。
「おまえ、いい加減人のことさっちゃんって呼ぶのやめろよな」
かわいらしい響きのする愛称で呼ばれるのがここ数年のさっちゃんはどうにもお気に召さないらしく、たびたびこんな文句を言ってくる。
イケメンが不機嫌な顔をしていると余計に恐ろしく見えるものだが、相手がさっちゃんなので動じない。
なにせ生まれたときからの付き合いなのだ。本当に機嫌を損ねてしまったときとそうでないときの違いくらい、簡単にわかる。今この不機嫌さはポーズだった。
だから僕は「別にいいでしょ。ずっとそう呼んできたんだし」とさらりと流す。
――僕とさっちゃんは生まれたときからの幼馴染みだ。家が隣同士で、生まれた病院も一緒で、誕生日もたった三日しか変わらないという(僕の方が三日分だけ年上だ)、筋金入りの幼馴染み。
生まれるから縁が深すぎたせいだろうか。それともずっと一緒にいて、人生を共有し続けてきたせいだろうか。性格も見た目も考え方も全然違うのに、お互いの一番大事なところにお互いがいた。
家族以外にはほとんど理解してもらえないけれど、互いに半身だとさえ思っている。だから高校生になってもこうして一緒にいる。
教室の隅っこでひっそり読書をしている姿がよく似合う、大人しくて内気そうな外見の僕と、学校中の人間を振り向かせることのできる硬派で端正な容姿と一軍のオーラを持つさっちゃん。
正反対の立ち位置で、その上クラスも違う僕たちが仲良く登下校しているわけが、周囲にはまったく理解できないらしい。一緒に歩いていると、奇異の目でみられる。
「幼馴染みだから」と正直に説明しても、あまり納得はされない。中学のときもそうだったので、僕とさっちゃんって端から見れば本当に釣り合っていないんだろうなって思う。他人の意見なんて死ぬほどどうでもいいから、別になんとも思ってないけど。
それより。
「さっちゃん、ちょっとこっち来て」
「あ? なんだよ」
帰宅のピークは少し過ぎていたから、昇降口にやってくる生徒の姿はもうまばらだった。それでも周囲の邪魔にならないよう、さっちゃんを連れて隅っこに移動する。さっちゃんと違ってまだ靴を履いていない僕は、上履きのままリノリウムの上に立っている。
さて、これでやっと本題に入れる。
僕は僕の方こそちょっと怒ってます、というふうに根を寄せ、腕組みをして、僕より頭一つ半背の高いさっちゃんを見上げて問うた。どうしても、今日、帰宅する前に訊いておきたかったこと。
「さっちゃんさ、『日焼け絶許部』って知ってる? 知ってるよね? さっちゃん、僕と違って案外情報通だもんね?」
求めているのになぜかまったく情報をキャッチできない僕とは違って。……まあ友達いないからな、僕。ほしいと思っていないから周囲と積極的に関わろうとしていなくて、だからこういうときにまったく情報が入ってこなくて。少し困る。
「……………………」
問い詰めると、さっちゃんはさっきよりも数倍嫌そうな顔をした。「ああ、とうとうこいつに嗅ぎつけられた」とでも言いたげに、眉間にくっきり深い皺を寄せている。
そんなさっちゃんの様子を見て、僕は盛大にむくれた。
「……その様子じゃ、やっぱり知ってたんだね」
「日焼け絶許部」という、学校案内のパンフレットにも、入学式翌日の全校集会で行われた、部活動紹介にも登場しなかった謎の部活。
「あ~、ほんと日焼け絶許部に入りたかったな~」というクラスメイトの女子の嘆きを今日偶然耳にしなければ、恐らく一生知ることはなかったであろう、存在を隠された部活。
しかしながら同好会などではなく、正式に学校から認められているという不思議な部活。
入学から二ヶ月以上も経った今になってようやくその存在を知った僕とは違い、さっちゃんはとっくに情報を掴んでいて、そして隠していた。僕に知られると面倒なことになると踏んで。
僕は精一杯の悲しみを込め、さっちゃんを軽くぽかぽか叩いた。
「ひどいよ、さっちゃん! 僕が色が白くなりたいって思ってること、さっちゃんが一番よく知ってるのに!」
そう、僕は色白になりたい。
といっても、今も特別焼けているわけでもない。
今まで特に日焼けに気を遣ってこなかったから、まあ一般的な男子高校生として健康的に焼けている――靴下焼けや腕時計焼けをしているといった具合だ。
美容男子でもない僕が色の白さを求めるようになったのは、僕の最推し、五人組ボーイズグループ『ウェイブズ』の末っ子・白幡アイくんの影響だった。
『ウェイブズ』は最年長リーダーで穏やか担当の緑青カナト、ワイルドイケメン枠の長壁ミツル、知性担当の黛ハズネ、綺麗なお兄さん枠の道角リッカ、そして清楚かわいい担当のアイくんで構成されている。
僕はオーディション番組でたまたま目にしたアイくんの芯のあるかわいらしさに惹かれ、瞬く間にアイくんのファンになった。
ファンになると、色々な欲求が湧いてくる。
推しと同じ香水を使いたいとか、そういう推しとの共通点を作りたい欲求は誰にでもあると思うけれど、僕の場合は恐れ多くも顔のタイプや体格が似ていたため(アイくんも僕も、かわいい系に分類される顔立ちで、身長が低めなのだ)、外見を寄せてみたくなった。
アイくんの外見における最大の特徴はその白すぎる肌だ。アイくんはその豆腐もかくやというほどに真っ白な肌で、たびたび世間の話題をさらっている。
なので僕もまずは色白を意識しようと、高校に入学する少し前から――ある意味でこれも一種の高校デビューなのかもしれない――、日焼け対策に取り組んでいた。
具体的に言えば遮光率の高い折りたたみの日傘を買って持ち歩き、評判のよい高い日焼け止めを買って塗りたくり、アームカバーを買って腕から指先にかけてを保護していた。
しかし根がズボラなので、どうしても時々日傘を持っていくのを忘れ、日焼け止めを塗り忘れ、アームカバーをつけ忘れて外出してしまう。
さっちゃんは僕の肌の色に一ミリも関心がないので(というか日焼け対策なぞマジでくだらないと思っている節がある)、「おい、日焼け止め塗り忘れてんぞ」なんて少女マンガのヒーローみたいにお節介を焼いてくれたりしない。だからこそ、一緒に日焼け対策に励む仲間がほしかった。
中学まで生粋の帰宅部だったから、高校生になったら部活に入ってみるのもいいかなと思っていたというのもある。ピンとくる部活がなかったので、今まで入らずにいただけで。
――あ、念のため断っておくけれど、僕はどんな肌の色でも美しいと思っている。
あくまで今の僕は白い肌に興味があるというだけなので、そこのところは変に誤解しないでいただきたい。
……話が逸れたけれど、日焼け絶許部なんて部活に出会うのは人生ではじめてのことだった。今までの学生生活の中でも、ドラマや漫画・小説といった創作の世界の中でも触れたことがない。
とはいえその部活動名から、日焼け対策に命を賭けている人たちの集まりと解釈して間違いないだろう。
「日焼け」、「絶許」――すなわち絶対許さないと言い切っているのだから。
ああ、これ以上僕にぴったりの部があるだろうか!
色が白くなりたい、何か面白そうな部活に入りたいという僕の願望を知っていたくせに、「日焼け絶許部」という恰好の部活の存在をわざと僕に教えなかったさっちゃんを心底恨めしげに見上げると。
さっちゃんは「日焼け絶許部は無理だ」と冷静な顔で静かに首を横に振った。聞き分けのない子どもを諭すみたいな仕草だった。
僕がなんで無理なの、と問いかけるより先に、さっちゃんが再び口を開く。
「日焼け絶許部ってのは理事長の孫だって噂の真壁って二年生が、自分のためだけに作った部活なんだと。だから部員は一切募集してないらしい」
「ええ? そんなのあり?」
部員が五名に満たなければ、「部」ではなく「同好会」扱いになってしまうはずなのに。
大体、部員を募集しない「部」って何?
「理事長の孫だから、特別に許されてるんだろ」
「……そっかも」
うちの学校の理事長枠には、代々学園の創始者一族がおさまっている。そのため、その権限はかなり強い。
というか、思わぬところから学校公認の謎が解けてしまった。理事長の孫が創設者なら、部員がたった一人でも創設の許可が下りるに決まっているし、部員非募集でも許されるに決まっていた。
それにしても。
「………なんでそこまでくわしいの?」
僕が首を傾げると、逆にさっちゃんが呆れたように肩を竦めた。
「どうして今の今まで知らないでいられたのか、そっちの方が逆に不思議だけどな。入学直後、あんだけ騒ぎになってたのに」
「ええ、そうなの? 本当にまったく知らないんだけど……」
真剣に記憶をさらってみても、本当に覚えがない。まあ入学直後は電車と徒歩で片道二時間以上かかる、県越えの遠距離通学に疲労困憊してたからな、僕。
中学で陸上をやってたさっちゃんとは違い、運動と無縁で体力のない僕は、慣れるまでがとにかく大変だった。最近ようやく慣れたところだ。
「その真壁って先輩が、めちゃくちゃイケメンで有名なんだよ。周囲と一切関わろうとしない、孤高の人でも有名だけどな。――おまえ、マジで見たことねぇ? 背の高い、肩くらいまである真っ赤な髪をいつもハーフアップにしてる人」
「! あああの、K‐POPアイドルみたいな見た目の人?」
移動教室や購買に行く際に、遠目からだが何度か見かけたことがある。
うちの高校の校則は緩いけれど、さすがにあんな派手髪は他にいないので、一人だけ異様に目立つのだ。教師の言うことなんて絶対に聞かねぇ、という反骨精神が透けて見える強烈な赤髪。
何よりさっちゃんの言う通り、その人は本当に美形だった。
さっちゃんとさっちゃんそっくりな弟のりゅーくんで美形慣れしているはずの僕でさえ、思わず目を見張ってしまうほどの美貌。髪型や着崩した制服の印象も相まって、K‐POPアイドルみたいな独特の雰囲気のある人だったから、余計に記憶に残っている。
「ああ、たぶんそう」
あんな人他にいねぇからな、とさっちゃんが頷く。
「……だけどそもそもあの人が誰かに話しかけられてるの、見たことないけど」
むしろあの人の姿が見えるたびに、人の波が勝手に割れていっているような気がする。
「二、三年生は過去にガン無視くらいまくってるから、今では三年の一部の強者女子以外は誰も話しかけようとしないらしい。でもま、俺らと同じ新一年の女子は、そういう真壁先輩の態度も部員非募集って事情も知らないからな。入学直後に集団で『日焼け絶許部』に押し寄せたんだと。――で、一人残らずけんもほろろに断られたらしい」
「あらら………」
それはそれは……と、僕は目をまん丸に見開いた。
さっちゃんは僕と弟のりゅーくんに対しては結構な世話焼きで、その世話焼きが転じて少々心配性なところがある。だから僕に「日焼け絶許部」という妙な部活に入ってほしくない、とは思ってはいるけれど、同時にこういうとき、さっちゃんは絶対に嘘をつかないのだった。
硬派でまっすぐなさっちゃんは、まっすぐだからこそ、嘘という名の小細工を使って自分の望む方向へ人を誘導するのが、本当に好きじゃないから。
だから他ならぬさっちゃんが言うのであれば、日焼け絶許部が部員非募集というのは紛れもない事実なのだろう。
僕はむぅ、と子どもっぽく頬を膨らませた。
非常に残念であるが、致し方ない。日焼け絶許部に入部するのは諦めよう。
「それなら、仕方ないねぇ」
そう言った途端、さっちゃんの表情が安堵に緩む。これで面倒なことにならずにすんだと、心から安心しているのだ。
――甘いなぁ、さっちゃん。
僕の行動に対する読みも甘いし、僕の日焼け対策に関する情熱も甘く見積もりすぎている。
さっちゃんのそういうところは正直純粋でかわいいけれど、半分ずっこの幼馴染みなのだから、もう少し僕に対する理解度を上げてほしいと、時折そう思ったりもする。まあ良いんだけどね。どれだけ近しく思っていても、結局は僕たち、別々の人間だし。
「じゃあ帰ろうぜ」と、一歩踏み出したさっちゃんを、僕はにっこり笑って突き放した。
「うん、先に帰ってて。僕、今から日焼け絶許部に行って、その真壁って先輩におすすめの日焼け止めだけでも聞いてくる」
「え」
おまえ、今の話の流れじゃ完全に諦める雰囲気だっただろ、と、さっちゃんが愕然としている。僕は笑顔のまま続けた。
「僕、本当に色白になりたいんだもん。日焼け絶許部なんて部活作っちゃうくらいに日焼け対策に本気の人なんだったら、そこいらの美容系配信者より有益な情報握ってるかもしれないでしょ? おすすめの日焼け止めくらいなら教えてくれるかもしれないし、訊くだけタダだし。それじゃさっちゃん、気をつけて帰ってね~」
そう言って僕はひらひらと優雅に手を振り、呆然としたままのさっちゃんを置き去りにして、一人校舎の中に戻った。
……校内に戻ったはいいものの、肝心の日焼け絶許部の部室を知らないことに気づく。
あーどうしよーと思っていたら、唐突にスマホが震えた。見ると一件のメッセージ。差出人はさっちゃん。用件は……と。
『日焼け絶許部の部室、四階の旧理科室』
どうせ知らないんだろ、と言いたげな、シンプルな文面がなんともさっちゃんらしい。
その文面を見た僕は、感謝すると同時にそっと深い溜息をついた。
……さっちゃんは本当に親切だよねぇ。黙っておけばいいのにさ。
でもそれができないから、さっちゃんはさっちゃんなのだった。かわいそうな幼馴染み。
「……でもありがと、さっちゃん」
小さく呟いた僕はできる限り高速で指を動かし、急ぎ「ありがとう」と返信して、迷いない足取りで四階を目指す。
部活未所属勢は大体が帰宅し、部活勢もそれぞれの部活へと散っていった時間帯だからだろうか。上の階へと進んで行くにつれ、人の気配がなくなっていく。
目的地である四階は、一年生の教室のある一階とほぼ同じ造りをしているというのに、どうしてだかひどく見慣れない感じがした。
緊張と好奇心とを入り混じらせながら、きょろきょろと辺りを見回す。四階にあるのは家庭科室などの移動教室ばかりなこともあり、人の気配はゼロだった。
本当にこんなところに真壁先輩はいるのだろうか。ひいては幻の「日焼け絶許部」はあるのだろうかと思いながら、目的の旧理科室を探していくと。
「あっ、た……!」
長い廊下の突き当たり。階段から一番遠い、一等広い教室の上に、「旧理科室」と書かれた古びたプレートが掲げられていた。
まだ旧理科室――「日焼け絶許部」の部室を発見しただけなのに、達成感がすごい。
あまりの達成感に、僕は教室の前で一瞬だけ立ち止まり、それからそろそろと、開け放たれていた教室の中を覗き込んだ。
まずは教室の中を一つ一つ丁寧に確認していく。
旧理科室の机は、教卓の方を向く形ではなく、生徒同士が互いに向き合うように着席するタイプの机だった。四人一組で使う大きな机が、規則正しく並んでいる。
僕が今いる廊下側と反対の、グラウンド側の広めの窓には遮光カーテンとおぼしき真っ黒のカーテンが取りつけられ、そのほとんどが閉め切られていた。
だが換気のためなのか、それとも暗い色のカーテンを完全に締め切っていると重苦しすぎるからか、前から二番目の窓だけは、カーテンと窓が全開にされている。
開け放たれた窓からはグラウンドで躍動するサッカー部や野球部の野太いかけ声と共に、夏の力強い陽光がたっぷりと入り込んできていて、そのせいで少し眩しく感じる。
――ド派手な赤髪ハーフアップがトレードマークの真壁先輩は、その光の中にいた。
一つだけ開けられた窓の傍ギリギリに寄せた丸椅子に座り、窓の縁に両手を組んで乗せた状態で、グラウンドの方を眺めている。
物思いにふけっているのか、真壁先輩はひたすらぼんやり窓の外を眺めていて、置物のように微動だにしない。僕に背を向けている形なので、僕の存在にもまったく気づいていない――と思ったら。
何かを察知したのか、真壁先輩が突然高速でこちらを振り返った。
真壁先輩のすべてを拒絶するような――それでいてひどく繊細な印象を与える茶色がかった黒の瞳と、バチリ。
音が聞こえそうなほどはっきりと、目が、合った。
そこは僕と先輩だけの秘密の部活会場。
部活の名前は「日焼け絶許部」。
これは憧れの男性アイドルに近づくために色白になりたい僕と、過去と決別したいがために色白になることを決めた夏矢先輩の、不器用で愛おしい夏の物語だ。
□
入学式から二ヶ月半ほどがたった、六月の下旬。
私立晴光学園高等学校、その昇降口にて。
「さっちゃん、ちょっと待って」
さっさと上履きから靴に履き替え、足早に校舎の外に出ようとしていた幼馴染みの名前を呼んで引き留める。
するとクールを地で行く正統派黒髪美形幼馴染みが、実に不愉快そうな顔をして僕の方を振り返った。
――幼馴染みの名前は佐築晃太朗。
「佐築」の「さ」をとって「さっちゃん」。由来は実に単純だ。
ちなみに僕の名前は佐倉ささねと言い、何なら名前に三つも「さ」が入っている僕の方が「さっちゃん」にふさわしいけれど、僕がさっちゃんをさっちゃんと呼ぶので、さっちゃんは僕のことを単に「おまえ」と呼んでいた。
「おまえ、いい加減人のことさっちゃんって呼ぶのやめろよな」
かわいらしい響きのする愛称で呼ばれるのがここ数年のさっちゃんはどうにもお気に召さないらしく、たびたびこんな文句を言ってくる。
イケメンが不機嫌な顔をしていると余計に恐ろしく見えるものだが、相手がさっちゃんなので動じない。
なにせ生まれたときからの付き合いなのだ。本当に機嫌を損ねてしまったときとそうでないときの違いくらい、簡単にわかる。今この不機嫌さはポーズだった。
だから僕は「別にいいでしょ。ずっとそう呼んできたんだし」とさらりと流す。
――僕とさっちゃんは生まれたときからの幼馴染みだ。家が隣同士で、生まれた病院も一緒で、誕生日もたった三日しか変わらないという(僕の方が三日分だけ年上だ)、筋金入りの幼馴染み。
生まれるから縁が深すぎたせいだろうか。それともずっと一緒にいて、人生を共有し続けてきたせいだろうか。性格も見た目も考え方も全然違うのに、お互いの一番大事なところにお互いがいた。
家族以外にはほとんど理解してもらえないけれど、互いに半身だとさえ思っている。だから高校生になってもこうして一緒にいる。
教室の隅っこでひっそり読書をしている姿がよく似合う、大人しくて内気そうな外見の僕と、学校中の人間を振り向かせることのできる硬派で端正な容姿と一軍のオーラを持つさっちゃん。
正反対の立ち位置で、その上クラスも違う僕たちが仲良く登下校しているわけが、周囲にはまったく理解できないらしい。一緒に歩いていると、奇異の目でみられる。
「幼馴染みだから」と正直に説明しても、あまり納得はされない。中学のときもそうだったので、僕とさっちゃんって端から見れば本当に釣り合っていないんだろうなって思う。他人の意見なんて死ぬほどどうでもいいから、別になんとも思ってないけど。
それより。
「さっちゃん、ちょっとこっち来て」
「あ? なんだよ」
帰宅のピークは少し過ぎていたから、昇降口にやってくる生徒の姿はもうまばらだった。それでも周囲の邪魔にならないよう、さっちゃんを連れて隅っこに移動する。さっちゃんと違ってまだ靴を履いていない僕は、上履きのままリノリウムの上に立っている。
さて、これでやっと本題に入れる。
僕は僕の方こそちょっと怒ってます、というふうに根を寄せ、腕組みをして、僕より頭一つ半背の高いさっちゃんを見上げて問うた。どうしても、今日、帰宅する前に訊いておきたかったこと。
「さっちゃんさ、『日焼け絶許部』って知ってる? 知ってるよね? さっちゃん、僕と違って案外情報通だもんね?」
求めているのになぜかまったく情報をキャッチできない僕とは違って。……まあ友達いないからな、僕。ほしいと思っていないから周囲と積極的に関わろうとしていなくて、だからこういうときにまったく情報が入ってこなくて。少し困る。
「……………………」
問い詰めると、さっちゃんはさっきよりも数倍嫌そうな顔をした。「ああ、とうとうこいつに嗅ぎつけられた」とでも言いたげに、眉間にくっきり深い皺を寄せている。
そんなさっちゃんの様子を見て、僕は盛大にむくれた。
「……その様子じゃ、やっぱり知ってたんだね」
「日焼け絶許部」という、学校案内のパンフレットにも、入学式翌日の全校集会で行われた、部活動紹介にも登場しなかった謎の部活。
「あ~、ほんと日焼け絶許部に入りたかったな~」というクラスメイトの女子の嘆きを今日偶然耳にしなければ、恐らく一生知ることはなかったであろう、存在を隠された部活。
しかしながら同好会などではなく、正式に学校から認められているという不思議な部活。
入学から二ヶ月以上も経った今になってようやくその存在を知った僕とは違い、さっちゃんはとっくに情報を掴んでいて、そして隠していた。僕に知られると面倒なことになると踏んで。
僕は精一杯の悲しみを込め、さっちゃんを軽くぽかぽか叩いた。
「ひどいよ、さっちゃん! 僕が色が白くなりたいって思ってること、さっちゃんが一番よく知ってるのに!」
そう、僕は色白になりたい。
といっても、今も特別焼けているわけでもない。
今まで特に日焼けに気を遣ってこなかったから、まあ一般的な男子高校生として健康的に焼けている――靴下焼けや腕時計焼けをしているといった具合だ。
美容男子でもない僕が色の白さを求めるようになったのは、僕の最推し、五人組ボーイズグループ『ウェイブズ』の末っ子・白幡アイくんの影響だった。
『ウェイブズ』は最年長リーダーで穏やか担当の緑青カナト、ワイルドイケメン枠の長壁ミツル、知性担当の黛ハズネ、綺麗なお兄さん枠の道角リッカ、そして清楚かわいい担当のアイくんで構成されている。
僕はオーディション番組でたまたま目にしたアイくんの芯のあるかわいらしさに惹かれ、瞬く間にアイくんのファンになった。
ファンになると、色々な欲求が湧いてくる。
推しと同じ香水を使いたいとか、そういう推しとの共通点を作りたい欲求は誰にでもあると思うけれど、僕の場合は恐れ多くも顔のタイプや体格が似ていたため(アイくんも僕も、かわいい系に分類される顔立ちで、身長が低めなのだ)、外見を寄せてみたくなった。
アイくんの外見における最大の特徴はその白すぎる肌だ。アイくんはその豆腐もかくやというほどに真っ白な肌で、たびたび世間の話題をさらっている。
なので僕もまずは色白を意識しようと、高校に入学する少し前から――ある意味でこれも一種の高校デビューなのかもしれない――、日焼け対策に取り組んでいた。
具体的に言えば遮光率の高い折りたたみの日傘を買って持ち歩き、評判のよい高い日焼け止めを買って塗りたくり、アームカバーを買って腕から指先にかけてを保護していた。
しかし根がズボラなので、どうしても時々日傘を持っていくのを忘れ、日焼け止めを塗り忘れ、アームカバーをつけ忘れて外出してしまう。
さっちゃんは僕の肌の色に一ミリも関心がないので(というか日焼け対策なぞマジでくだらないと思っている節がある)、「おい、日焼け止め塗り忘れてんぞ」なんて少女マンガのヒーローみたいにお節介を焼いてくれたりしない。だからこそ、一緒に日焼け対策に励む仲間がほしかった。
中学まで生粋の帰宅部だったから、高校生になったら部活に入ってみるのもいいかなと思っていたというのもある。ピンとくる部活がなかったので、今まで入らずにいただけで。
――あ、念のため断っておくけれど、僕はどんな肌の色でも美しいと思っている。
あくまで今の僕は白い肌に興味があるというだけなので、そこのところは変に誤解しないでいただきたい。
……話が逸れたけれど、日焼け絶許部なんて部活に出会うのは人生ではじめてのことだった。今までの学生生活の中でも、ドラマや漫画・小説といった創作の世界の中でも触れたことがない。
とはいえその部活動名から、日焼け対策に命を賭けている人たちの集まりと解釈して間違いないだろう。
「日焼け」、「絶許」――すなわち絶対許さないと言い切っているのだから。
ああ、これ以上僕にぴったりの部があるだろうか!
色が白くなりたい、何か面白そうな部活に入りたいという僕の願望を知っていたくせに、「日焼け絶許部」という恰好の部活の存在をわざと僕に教えなかったさっちゃんを心底恨めしげに見上げると。
さっちゃんは「日焼け絶許部は無理だ」と冷静な顔で静かに首を横に振った。聞き分けのない子どもを諭すみたいな仕草だった。
僕がなんで無理なの、と問いかけるより先に、さっちゃんが再び口を開く。
「日焼け絶許部ってのは理事長の孫だって噂の真壁って二年生が、自分のためだけに作った部活なんだと。だから部員は一切募集してないらしい」
「ええ? そんなのあり?」
部員が五名に満たなければ、「部」ではなく「同好会」扱いになってしまうはずなのに。
大体、部員を募集しない「部」って何?
「理事長の孫だから、特別に許されてるんだろ」
「……そっかも」
うちの学校の理事長枠には、代々学園の創始者一族がおさまっている。そのため、その権限はかなり強い。
というか、思わぬところから学校公認の謎が解けてしまった。理事長の孫が創設者なら、部員がたった一人でも創設の許可が下りるに決まっているし、部員非募集でも許されるに決まっていた。
それにしても。
「………なんでそこまでくわしいの?」
僕が首を傾げると、逆にさっちゃんが呆れたように肩を竦めた。
「どうして今の今まで知らないでいられたのか、そっちの方が逆に不思議だけどな。入学直後、あんだけ騒ぎになってたのに」
「ええ、そうなの? 本当にまったく知らないんだけど……」
真剣に記憶をさらってみても、本当に覚えがない。まあ入学直後は電車と徒歩で片道二時間以上かかる、県越えの遠距離通学に疲労困憊してたからな、僕。
中学で陸上をやってたさっちゃんとは違い、運動と無縁で体力のない僕は、慣れるまでがとにかく大変だった。最近ようやく慣れたところだ。
「その真壁って先輩が、めちゃくちゃイケメンで有名なんだよ。周囲と一切関わろうとしない、孤高の人でも有名だけどな。――おまえ、マジで見たことねぇ? 背の高い、肩くらいまである真っ赤な髪をいつもハーフアップにしてる人」
「! あああの、K‐POPアイドルみたいな見た目の人?」
移動教室や購買に行く際に、遠目からだが何度か見かけたことがある。
うちの高校の校則は緩いけれど、さすがにあんな派手髪は他にいないので、一人だけ異様に目立つのだ。教師の言うことなんて絶対に聞かねぇ、という反骨精神が透けて見える強烈な赤髪。
何よりさっちゃんの言う通り、その人は本当に美形だった。
さっちゃんとさっちゃんそっくりな弟のりゅーくんで美形慣れしているはずの僕でさえ、思わず目を見張ってしまうほどの美貌。髪型や着崩した制服の印象も相まって、K‐POPアイドルみたいな独特の雰囲気のある人だったから、余計に記憶に残っている。
「ああ、たぶんそう」
あんな人他にいねぇからな、とさっちゃんが頷く。
「……だけどそもそもあの人が誰かに話しかけられてるの、見たことないけど」
むしろあの人の姿が見えるたびに、人の波が勝手に割れていっているような気がする。
「二、三年生は過去にガン無視くらいまくってるから、今では三年の一部の強者女子以外は誰も話しかけようとしないらしい。でもま、俺らと同じ新一年の女子は、そういう真壁先輩の態度も部員非募集って事情も知らないからな。入学直後に集団で『日焼け絶許部』に押し寄せたんだと。――で、一人残らずけんもほろろに断られたらしい」
「あらら………」
それはそれは……と、僕は目をまん丸に見開いた。
さっちゃんは僕と弟のりゅーくんに対しては結構な世話焼きで、その世話焼きが転じて少々心配性なところがある。だから僕に「日焼け絶許部」という妙な部活に入ってほしくない、とは思ってはいるけれど、同時にこういうとき、さっちゃんは絶対に嘘をつかないのだった。
硬派でまっすぐなさっちゃんは、まっすぐだからこそ、嘘という名の小細工を使って自分の望む方向へ人を誘導するのが、本当に好きじゃないから。
だから他ならぬさっちゃんが言うのであれば、日焼け絶許部が部員非募集というのは紛れもない事実なのだろう。
僕はむぅ、と子どもっぽく頬を膨らませた。
非常に残念であるが、致し方ない。日焼け絶許部に入部するのは諦めよう。
「それなら、仕方ないねぇ」
そう言った途端、さっちゃんの表情が安堵に緩む。これで面倒なことにならずにすんだと、心から安心しているのだ。
――甘いなぁ、さっちゃん。
僕の行動に対する読みも甘いし、僕の日焼け対策に関する情熱も甘く見積もりすぎている。
さっちゃんのそういうところは正直純粋でかわいいけれど、半分ずっこの幼馴染みなのだから、もう少し僕に対する理解度を上げてほしいと、時折そう思ったりもする。まあ良いんだけどね。どれだけ近しく思っていても、結局は僕たち、別々の人間だし。
「じゃあ帰ろうぜ」と、一歩踏み出したさっちゃんを、僕はにっこり笑って突き放した。
「うん、先に帰ってて。僕、今から日焼け絶許部に行って、その真壁って先輩におすすめの日焼け止めだけでも聞いてくる」
「え」
おまえ、今の話の流れじゃ完全に諦める雰囲気だっただろ、と、さっちゃんが愕然としている。僕は笑顔のまま続けた。
「僕、本当に色白になりたいんだもん。日焼け絶許部なんて部活作っちゃうくらいに日焼け対策に本気の人なんだったら、そこいらの美容系配信者より有益な情報握ってるかもしれないでしょ? おすすめの日焼け止めくらいなら教えてくれるかもしれないし、訊くだけタダだし。それじゃさっちゃん、気をつけて帰ってね~」
そう言って僕はひらひらと優雅に手を振り、呆然としたままのさっちゃんを置き去りにして、一人校舎の中に戻った。
……校内に戻ったはいいものの、肝心の日焼け絶許部の部室を知らないことに気づく。
あーどうしよーと思っていたら、唐突にスマホが震えた。見ると一件のメッセージ。差出人はさっちゃん。用件は……と。
『日焼け絶許部の部室、四階の旧理科室』
どうせ知らないんだろ、と言いたげな、シンプルな文面がなんともさっちゃんらしい。
その文面を見た僕は、感謝すると同時にそっと深い溜息をついた。
……さっちゃんは本当に親切だよねぇ。黙っておけばいいのにさ。
でもそれができないから、さっちゃんはさっちゃんなのだった。かわいそうな幼馴染み。
「……でもありがと、さっちゃん」
小さく呟いた僕はできる限り高速で指を動かし、急ぎ「ありがとう」と返信して、迷いない足取りで四階を目指す。
部活未所属勢は大体が帰宅し、部活勢もそれぞれの部活へと散っていった時間帯だからだろうか。上の階へと進んで行くにつれ、人の気配がなくなっていく。
目的地である四階は、一年生の教室のある一階とほぼ同じ造りをしているというのに、どうしてだかひどく見慣れない感じがした。
緊張と好奇心とを入り混じらせながら、きょろきょろと辺りを見回す。四階にあるのは家庭科室などの移動教室ばかりなこともあり、人の気配はゼロだった。
本当にこんなところに真壁先輩はいるのだろうか。ひいては幻の「日焼け絶許部」はあるのだろうかと思いながら、目的の旧理科室を探していくと。
「あっ、た……!」
長い廊下の突き当たり。階段から一番遠い、一等広い教室の上に、「旧理科室」と書かれた古びたプレートが掲げられていた。
まだ旧理科室――「日焼け絶許部」の部室を発見しただけなのに、達成感がすごい。
あまりの達成感に、僕は教室の前で一瞬だけ立ち止まり、それからそろそろと、開け放たれていた教室の中を覗き込んだ。
まずは教室の中を一つ一つ丁寧に確認していく。
旧理科室の机は、教卓の方を向く形ではなく、生徒同士が互いに向き合うように着席するタイプの机だった。四人一組で使う大きな机が、規則正しく並んでいる。
僕が今いる廊下側と反対の、グラウンド側の広めの窓には遮光カーテンとおぼしき真っ黒のカーテンが取りつけられ、そのほとんどが閉め切られていた。
だが換気のためなのか、それとも暗い色のカーテンを完全に締め切っていると重苦しすぎるからか、前から二番目の窓だけは、カーテンと窓が全開にされている。
開け放たれた窓からはグラウンドで躍動するサッカー部や野球部の野太いかけ声と共に、夏の力強い陽光がたっぷりと入り込んできていて、そのせいで少し眩しく感じる。
――ド派手な赤髪ハーフアップがトレードマークの真壁先輩は、その光の中にいた。
一つだけ開けられた窓の傍ギリギリに寄せた丸椅子に座り、窓の縁に両手を組んで乗せた状態で、グラウンドの方を眺めている。
物思いにふけっているのか、真壁先輩はひたすらぼんやり窓の外を眺めていて、置物のように微動だにしない。僕に背を向けている形なので、僕の存在にもまったく気づいていない――と思ったら。
何かを察知したのか、真壁先輩が突然高速でこちらを振り返った。
真壁先輩のすべてを拒絶するような――それでいてひどく繊細な印象を与える茶色がかった黒の瞳と、バチリ。
音が聞こえそうなほどはっきりと、目が、合った。
