E組の前を通るとき、ちらりと教室を覗いたが熊澤はいなかった。
昨夜の約束通りに、彼は学校を休んで遺体を埋めているのだろうか。
俺は授業中も昨夜のことを考えずにいられなかった。
けれど誰かに動揺を悟られたらまずい。
いつも通り。そればかり意識して一日を過ごした。
何がきっかけでバレるかわからないのだから。
放課後、生徒会の仕事をできる限り早く終わらせて、学校を出た。
あの雑木林の前で一度立ち止まる。
周囲に人の目がないことを確認してから朽ち果てた小屋を目指した。
昨夜と違ってまだ明るい。
林の中は色々な種類の蝉の鳴き声が混ざって騒がしかった。
廃墟のドアから恐る恐る中を覗く。
熊澤は座敷のへりの板の間に腰かけて、土間の隅を眺めていた。
俺と目が合うと一瞬驚いたような顔をした。
「今終わったところだ」
低い声でそう呟いて、立ち上がった。
彼の白いTシャツに飛び散った返り血を見て、ぎょっとする。
「な、なんで……血が?」
俺の声は情けないほど震えていた。
熊澤は頭に巻いていたタオルを解いて、髪をかき上げた。
「大変だったんだ。ばらさないと埋められなかった」
遺体の手足を切断したってことか?
背中に冷や汗が伝った。
熊澤は血だらけの白いシャツとズボンを脱いで、ビニール袋に詰めた。スポーツバッグの中から別のシャツとズボンを出して着替える。ビニール袋の中にはあの男の派手なシャツも入っていた。
板の間に置かれた、財布とスマホ、金のネックレス。あの男のものだろう。
まさか――。
熊澤は金品を奪うために、こんなことをしたのか。
息を呑んだ。
「財布には3千円しか入ってねぇけど、カツアゲされたんなら取っておけ」
熊澤は財布を開いて見せた。
「いや、俺は取られていない。取られそうになってたのは同じクラスの田中だ」
「……田中?」
熊澤の眉間にしわが寄った。
そのとき財布から運転免許証が落ちた。
岡部宏司。あの男の名前に違いない。
「足がつくと厄介だ。全部燃やしておく」
財布やネックレスをまとめてビニール袋へ入れた。
熊澤は身元が割れるものを処分しようとしていたのだ。
どこで燃やすのか、と俺が聞くより先に熊澤が口を開いた。
「誰かに見られたらまずい。あんたはもう帰れ」
彼の腕や頬には血液が付着していた。
「待って、拭いた方がいい。このままじゃ目立つから」
俺はカバンからウエットティッシュを出した。
「ちょっと座って」
「ああ、悪いな」
悪いと思うのは俺の方だ。学校をさぼらせてこんなことをさせたのだから。
大人しく板の間へ腰を下ろした熊澤の頬や腕を拭く。
ウエットティッシュで撫でるたび、肌が少しだけ動く。くすぐったいのだろう。
熊澤とこんなに近づいたのは初めてだった。
彼のまつ毛は長くて端正な顔をしている。腕はアスリートみたいに太くて逞しい。
やっぱり記憶の中の”豪くん”と雰囲気が重なる。
「いいよ、きれいになった」
熊澤が汚れた服をまとめたビニール袋の口を広げ、ここへ入れろと合図した。
「撤収しよう」
彼は袋の口を縛ってカバンに押し込む。
「なあ」
廃墟を出てから、熊澤の背中に声をかけた。
「……何だ?」
「どこへ埋めたんだ?」
熊澤が黙って小屋の裏へ回る。
一か所だけ雑草が引き抜かれ、湿った土が露出している場所があった。
ひくりと俺の喉が音を立てた。
「今は目立つが、草が生えりゃわからなくなる」
――ここに俺の殺した人間が埋まっている。
そう思うと息が苦しくなった。
「なあ、本当にずっと隠せると思うか? すぐバレるだろ」
今朝のニュース映像がまぶたに蘇る。
俺たちのこともいずれあんなふうに報道されるんじゃないか。
そう思うと怖くてたまらない。
熊澤は何も言わずに、ただ遠くを眺めていた。
「もう行こう。ここにいるのを見られると厄介だ」
熊澤に促されて、雑木林を出た。
別れ際、俺は一番気になることを彼に聞いた。
「なあ、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
こんなことをすれば熊澤だって死体遺棄の罪に問われる。
なのに、どうして俺を助けてくれるのか不思議でならなかった。
やっぱり熊澤は、幼なじみの”豪くん”なんじゃないか。
どうしてもそう思ってしまう。
「ああ……?」
熊澤の冷たい目が俺を捉えた。
俺の心臓がドクンと音を立てる。
「どうしてだろうな」
熊澤は絡み合った視線をすぐに逸らした。
「話は明日だ。昼休みに体育館の裏で待ってる」
明日。
その言葉に、一瞬胸が高鳴った。
俺たち、これからは学校でも会えるのか。
いや、違う。
そういう意味じゃないかもしれない。
俺は何を期待しているんだ。そんな場合じゃないだろう。
昨夜の約束通りに、彼は学校を休んで遺体を埋めているのだろうか。
俺は授業中も昨夜のことを考えずにいられなかった。
けれど誰かに動揺を悟られたらまずい。
いつも通り。そればかり意識して一日を過ごした。
何がきっかけでバレるかわからないのだから。
放課後、生徒会の仕事をできる限り早く終わらせて、学校を出た。
あの雑木林の前で一度立ち止まる。
周囲に人の目がないことを確認してから朽ち果てた小屋を目指した。
昨夜と違ってまだ明るい。
林の中は色々な種類の蝉の鳴き声が混ざって騒がしかった。
廃墟のドアから恐る恐る中を覗く。
熊澤は座敷のへりの板の間に腰かけて、土間の隅を眺めていた。
俺と目が合うと一瞬驚いたような顔をした。
「今終わったところだ」
低い声でそう呟いて、立ち上がった。
彼の白いTシャツに飛び散った返り血を見て、ぎょっとする。
「な、なんで……血が?」
俺の声は情けないほど震えていた。
熊澤は頭に巻いていたタオルを解いて、髪をかき上げた。
「大変だったんだ。ばらさないと埋められなかった」
遺体の手足を切断したってことか?
背中に冷や汗が伝った。
熊澤は血だらけの白いシャツとズボンを脱いで、ビニール袋に詰めた。スポーツバッグの中から別のシャツとズボンを出して着替える。ビニール袋の中にはあの男の派手なシャツも入っていた。
板の間に置かれた、財布とスマホ、金のネックレス。あの男のものだろう。
まさか――。
熊澤は金品を奪うために、こんなことをしたのか。
息を呑んだ。
「財布には3千円しか入ってねぇけど、カツアゲされたんなら取っておけ」
熊澤は財布を開いて見せた。
「いや、俺は取られていない。取られそうになってたのは同じクラスの田中だ」
「……田中?」
熊澤の眉間にしわが寄った。
そのとき財布から運転免許証が落ちた。
岡部宏司。あの男の名前に違いない。
「足がつくと厄介だ。全部燃やしておく」
財布やネックレスをまとめてビニール袋へ入れた。
熊澤は身元が割れるものを処分しようとしていたのだ。
どこで燃やすのか、と俺が聞くより先に熊澤が口を開いた。
「誰かに見られたらまずい。あんたはもう帰れ」
彼の腕や頬には血液が付着していた。
「待って、拭いた方がいい。このままじゃ目立つから」
俺はカバンからウエットティッシュを出した。
「ちょっと座って」
「ああ、悪いな」
悪いと思うのは俺の方だ。学校をさぼらせてこんなことをさせたのだから。
大人しく板の間へ腰を下ろした熊澤の頬や腕を拭く。
ウエットティッシュで撫でるたび、肌が少しだけ動く。くすぐったいのだろう。
熊澤とこんなに近づいたのは初めてだった。
彼のまつ毛は長くて端正な顔をしている。腕はアスリートみたいに太くて逞しい。
やっぱり記憶の中の”豪くん”と雰囲気が重なる。
「いいよ、きれいになった」
熊澤が汚れた服をまとめたビニール袋の口を広げ、ここへ入れろと合図した。
「撤収しよう」
彼は袋の口を縛ってカバンに押し込む。
「なあ」
廃墟を出てから、熊澤の背中に声をかけた。
「……何だ?」
「どこへ埋めたんだ?」
熊澤が黙って小屋の裏へ回る。
一か所だけ雑草が引き抜かれ、湿った土が露出している場所があった。
ひくりと俺の喉が音を立てた。
「今は目立つが、草が生えりゃわからなくなる」
――ここに俺の殺した人間が埋まっている。
そう思うと息が苦しくなった。
「なあ、本当にずっと隠せると思うか? すぐバレるだろ」
今朝のニュース映像がまぶたに蘇る。
俺たちのこともいずれあんなふうに報道されるんじゃないか。
そう思うと怖くてたまらない。
熊澤は何も言わずに、ただ遠くを眺めていた。
「もう行こう。ここにいるのを見られると厄介だ」
熊澤に促されて、雑木林を出た。
別れ際、俺は一番気になることを彼に聞いた。
「なあ、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
こんなことをすれば熊澤だって死体遺棄の罪に問われる。
なのに、どうして俺を助けてくれるのか不思議でならなかった。
やっぱり熊澤は、幼なじみの”豪くん”なんじゃないか。
どうしてもそう思ってしまう。
「ああ……?」
熊澤の冷たい目が俺を捉えた。
俺の心臓がドクンと音を立てる。
「どうしてだろうな」
熊澤は絡み合った視線をすぐに逸らした。
「話は明日だ。昼休みに体育館の裏で待ってる」
明日。
その言葉に、一瞬胸が高鳴った。
俺たち、これからは学校でも会えるのか。
いや、違う。
そういう意味じゃないかもしれない。
俺は何を期待しているんだ。そんな場合じゃないだろう。
