再会した幼なじみが、怖い不良になっていた

 夏休み明けの昼休み。

 俺は体育館裏のいつもの場所を見た。
 当然、裏口の階段に熊澤はいない。

 俺は生徒会室で一人昼食を食べる毎日に戻った。
 忙しく作業していれば、気がまぎれる。勉強だって忙しい。

 でも、熊澤のことを忘れられることはなかった。

『桜の時期が最高だ。桜のトンネルをバイクで通ると気持ちいいぜ』

 熊澤の声が耳に焼き付いて離れない。
 ぎゅっと抱きついたあの逞しい背中の感触も。

 やっぱり俺は熊澤が好きなんだ。
 
 模試の結果がよかったことを口実に、両親から週二日だけバイトをする許可を得た。
 近くのコンビニが初めてのバイト先になった。

 お金を貯める目的は、普通二輪の免許を取るためだ。
 
 親はバイクの免許を取ることに反対して、18歳になるまで待って車の免許を取るように言ったが俺は聞かなかった。
 生まれて初めて、両親に歯向かったんだ。
 
 熊澤がいなくなったあと、俺は時々高橋モーターへ足を運んだ。
 この店に行けば、少しだけ熊澤が近くにいるような気がした。
 
 ガレージの奥で作業する年配の痩せた男性。

 気難しそうに見えて声をかけられずに俺は何度も前を素通りして帰った。

 しかしあるとき、向こうから俺に話しかけてきた。

「ん? その制服は、豪の同級生か? ……この前からちょくちょく覗いているな」
 
 日に焼けたしわくちゃな顔で、にやっと笑った。
 
 熊澤が話していた年配の店主だ。
 気さくな人だった。

 俺は熊澤に影響されてバイクの免許を取ったことをじいさんに話した。
 
 ガレージの奥にある熊澤のバイクを見せてもらった。
 あのとき二人乗りした、黒いバイク。

 見た瞬間、涙が溢れてきて俺は声を上げて泣いた。

「豪くんが出てくるまで、俺がこのバイクを動かしていようかと思います。豪くんは俺を守ってくれたから、俺も豪くんの帰る場所を守りたいんです」
 
 熊澤が『乗らないとダメんなっちまう』と言っていたのが気がかりだったのだ。
 だってこのバイクは熊澤の大切なものだから。

 じいさんは「そうしてやれ」と頷いた。
 奥からクマのキーホルダーのついた鍵を取ってきて俺の手のひらに乗せる。

「あんたが持ってろ」
 
 それから俺は、ちょくちょく店にやって来て、熊澤のバイクに乗った。

 風を切ると、熊澤への気持ちが蘇ってくる。幸せと悲しさが同時に込み上げるのだ。

 あれから、熊澤は少年院に入った。
 俺は大学に進学して、もうすぐ二年生になる。

 いつものように熊澤のバイクでその辺を走り回って高橋モーターに戻った。
 
 じいさんは店の奥で煙草を吸っている。
 
「豪、来週戻ってくるぞ」

 心臓が跳ねた。

「え、本当ですか……!?」

「ああ、仮退院だ。さっき豪の叔父さんが来て、うちじゃ引き受けられないって言ってたな」

 奥さんと娘から怖がられたと以前熊澤から聞いた。
 殺人と死体遺棄で少年院に入ったのだからなおさら自宅へ引き取るなんてできないのだろう。

「じゃあ、豪くんはどうするんです」

 身寄りがいないわけじゃないのに、行き場がない。
 そんな熊澤を思うと、胸が痛んだ。

 俺を庇って少年院に入った。そのことが彼の更なる足かせになる気がしてならない。

 悔しくてたまらなくなり、俺は右手のこぶしをぎゅっと握った。

「前みたいに、そこのアパートに一人で住むって言ったな。働き口はうちで面倒見てくれって」
 
 老人は紫煙を長く吐いた。

「引き受けたんですか?」

 ニヤッと笑い、頷く。

「腰が痛くて重いもんが持てねぇんだから、豪に戻ってきてもらわねぇとどうしようもねぇんだ」

 ああ、このじいさんも、熊澤を見捨てないんだ。

 そう思ったら嬉しくて涙が溢れそうになった。

 そして、今日が仮退院の日だ。

 桜の木の下にバイクを止める。

 フルフェイスのヘルメットを脱ぎ、桜を見上げる。
 
 満開の桜ってきれいすぎて、現実感がないと思うのは俺だけだろうか。

 高い塀に囲まれた少年院の建物。
 面会は血縁者のみだから俺はあれから一度も熊澤に会っていない。

 ――やっと会える。

 まず何から話そう。

 胸の鼓動が高鳴っている。

 施設の門が開いて誰かが出てくる気配がする。

 背の高い男だ。

 少しだけ痩せた気がする。髪も短い。

 でも、間違えるはずがない。
 
 ――熊澤だ。

 視線が絡み合う。
 熊澤は歩き出そうとした足を止めた。

 暖かな風が俺たちを包み込んだ。桜の花びらが散る。

「桜のトンネルに案内してくれよ。……約束だろ?」

 俺はヘルメットを差し出した。

 熊澤は目頭を押さえて下を向く。

「参ったな……」

 その声を聞いた瞬間、俺の目にも涙が滲んだ。


――おわり。