バイクは俺たちの暮らす町へ近づいていく。
大きくて逞しい背中に、俺はぎゅっと体を押しつける。
この手を離したくないと思った。
なんだかもう熊澤と離れ離れになってしまう気がして、ぞわぞわと胸の奥が騒ぐ。
信号で止まったとき、横道を見た。道の先にはあの雑木林がある。
そこに何台ものパトカーが停まっていた。
――っ!
あんな人気のない場所に、警察が集まるなんて。
間違いない。岡部の遺体が見つかったんだ……。
バイクのエンジンの振動も、道を行く車の音も、セミの鳴き声も、一瞬全てが聞こえなくなった。
「俺の家に着いたら、荷物を持ってすぐに帰れ」
次の信号に止まったとき、熊澤は早口でそう告げた。
その声はさっきまでとは別人のように冷たい。
ついさっきまで、俺たちは楽しく笑い合っていたのに。
アパートの前にバイクを停める。
俺はヘルメットを外して熊澤を見たが、彼は俺と目を合わせようとしなかった。
部屋に入っても熊澤は俺を見ない。
「きっと遺体が見つかったってことだよな」
「ああ、……たぶんな」
熊澤は下を向いたまま返事をした。
「だとしたら俺たち終わりだ! 俺は警察に行って全部を正直に話して来る!」
いつまでも隠し通せるわけがない。
警察がこの辺りの防犯カメラ映像を調べれば、俺と岡部が会っていたことがわかる。
そうなれば俺が岡部を殺して、熊澤が遺棄したことなんてすぐバレに決まっている。
「勝手なことをするなっ!」
熊澤は俺を睨み上げた。
「まだアレが見つかったと決まったわけじゃねぇ。余計な真似は絶対にするなよ」
「余計な真似だと!? だって、このままじゃお前まで死体遺棄容疑で逮捕されるぞ。捕まるなら、俺一人で十分だ。そうだ、死体は俺が埋めたことにしよう。俺とお前はあの夜会ってないってことにして――」
俺の言葉に激情した熊澤が拳を振り上げた。
――殴られる。
そう思って目を瞑る。
殴ればいい。お前には迷惑をかけ過ぎた。
最初から、俺のことなんて放っておいてくれてよかったんだから。
けれど、いつまで経っても覚悟した痛みと衝撃がない。
恐る恐る目を開ける。その瞬間、あごを掴まれた。
鋭い眼差しが俺の瞳を覗き込む。
「勝手に出頭したら本当に殴るぞ」
俺はその場にへたり込んだ。
「もう学校で会っても、無視しろよ。友達ごっこは終わりだ」
「……なんで?」
「お前と関わってると、俺まで疑われるからに決まってんだろ」
熊澤は吐き捨てるように言った。
「頼むから、もう俺に近づかないでくれ。迷惑だ」
その目は彼がいつも俺以外の者へ向ける冷たく鋭いものだった。
いつも優しかった熊澤がこんな目で俺を見るなんて……。
胸の奥がズキンと痛む。
「さっさと帰ってくれ。お前と関わったこと自体、間違いだったんだ」
熊澤は自分が逃げ切ることしか考えていないのだろうか。
確かに俺たちの接点を警察が見つけられなければ、彼は捕まらないかもしれない。
俺と熊澤の仲を知る人間なんて、学校にもほとんどいないだろう。
捕まりたくない。それが熊澤の望みならば、俺は自ら警察へ行くことはしないでおこうと思った。
もし俺が警察に捕まっても、熊澤のことは黙秘しよう。
俺が熊澤にしてやれることはそれだけだから。
ゆっくりと立ち上がり、俺は部屋の隅に置いたカバンを取りに行った。
そのとき、戸棚の引き出しが少しだけ開いていることに気づいた。
閉めようと近づいた引き出しの中を、何気なく覗く。そこにあった一枚の紙。
10年前の日付の借用書だった。
熊澤の父が岡部に100万円を貸したという内容だ。
岡部は熊澤の父から金を借りていたのか?
「おい、どうしたよ?」
支度が遅いと思ったのか、熊澤が声をかけてきた。
「ううん……、じゃあな」
「ああ。さっさと行け。もう二度と来るな」
玄関を出る瞬間、熊澤を振り返った。
もしかしたら彼が今とても傷ついた顔をしているんじゃないかと思って。
だけど熊澤の瞳は俺を冷たく睨みつけたままだった。
「なんだよ、早く出ていけって」
俺は熊澤に何か言おうと思った。だけど俺が口を開く前に彼はきっぱり言い放った。
「本音を言うと……俺はお前と友達になったことを後悔してる」
ショックだった。
俺はアパートのドアを静かに閉める。
少し歩いて、部屋を振り返った。
当然、熊澤は見送りに出てきていない。
大きくて逞しい背中に、俺はぎゅっと体を押しつける。
この手を離したくないと思った。
なんだかもう熊澤と離れ離れになってしまう気がして、ぞわぞわと胸の奥が騒ぐ。
信号で止まったとき、横道を見た。道の先にはあの雑木林がある。
そこに何台ものパトカーが停まっていた。
――っ!
あんな人気のない場所に、警察が集まるなんて。
間違いない。岡部の遺体が見つかったんだ……。
バイクのエンジンの振動も、道を行く車の音も、セミの鳴き声も、一瞬全てが聞こえなくなった。
「俺の家に着いたら、荷物を持ってすぐに帰れ」
次の信号に止まったとき、熊澤は早口でそう告げた。
その声はさっきまでとは別人のように冷たい。
ついさっきまで、俺たちは楽しく笑い合っていたのに。
アパートの前にバイクを停める。
俺はヘルメットを外して熊澤を見たが、彼は俺と目を合わせようとしなかった。
部屋に入っても熊澤は俺を見ない。
「きっと遺体が見つかったってことだよな」
「ああ、……たぶんな」
熊澤は下を向いたまま返事をした。
「だとしたら俺たち終わりだ! 俺は警察に行って全部を正直に話して来る!」
いつまでも隠し通せるわけがない。
警察がこの辺りの防犯カメラ映像を調べれば、俺と岡部が会っていたことがわかる。
そうなれば俺が岡部を殺して、熊澤が遺棄したことなんてすぐバレに決まっている。
「勝手なことをするなっ!」
熊澤は俺を睨み上げた。
「まだアレが見つかったと決まったわけじゃねぇ。余計な真似は絶対にするなよ」
「余計な真似だと!? だって、このままじゃお前まで死体遺棄容疑で逮捕されるぞ。捕まるなら、俺一人で十分だ。そうだ、死体は俺が埋めたことにしよう。俺とお前はあの夜会ってないってことにして――」
俺の言葉に激情した熊澤が拳を振り上げた。
――殴られる。
そう思って目を瞑る。
殴ればいい。お前には迷惑をかけ過ぎた。
最初から、俺のことなんて放っておいてくれてよかったんだから。
けれど、いつまで経っても覚悟した痛みと衝撃がない。
恐る恐る目を開ける。その瞬間、あごを掴まれた。
鋭い眼差しが俺の瞳を覗き込む。
「勝手に出頭したら本当に殴るぞ」
俺はその場にへたり込んだ。
「もう学校で会っても、無視しろよ。友達ごっこは終わりだ」
「……なんで?」
「お前と関わってると、俺まで疑われるからに決まってんだろ」
熊澤は吐き捨てるように言った。
「頼むから、もう俺に近づかないでくれ。迷惑だ」
その目は彼がいつも俺以外の者へ向ける冷たく鋭いものだった。
いつも優しかった熊澤がこんな目で俺を見るなんて……。
胸の奥がズキンと痛む。
「さっさと帰ってくれ。お前と関わったこと自体、間違いだったんだ」
熊澤は自分が逃げ切ることしか考えていないのだろうか。
確かに俺たちの接点を警察が見つけられなければ、彼は捕まらないかもしれない。
俺と熊澤の仲を知る人間なんて、学校にもほとんどいないだろう。
捕まりたくない。それが熊澤の望みならば、俺は自ら警察へ行くことはしないでおこうと思った。
もし俺が警察に捕まっても、熊澤のことは黙秘しよう。
俺が熊澤にしてやれることはそれだけだから。
ゆっくりと立ち上がり、俺は部屋の隅に置いたカバンを取りに行った。
そのとき、戸棚の引き出しが少しだけ開いていることに気づいた。
閉めようと近づいた引き出しの中を、何気なく覗く。そこにあった一枚の紙。
10年前の日付の借用書だった。
熊澤の父が岡部に100万円を貸したという内容だ。
岡部は熊澤の父から金を借りていたのか?
「おい、どうしたよ?」
支度が遅いと思ったのか、熊澤が声をかけてきた。
「ううん……、じゃあな」
「ああ。さっさと行け。もう二度と来るな」
玄関を出る瞬間、熊澤を振り返った。
もしかしたら彼が今とても傷ついた顔をしているんじゃないかと思って。
だけど熊澤の瞳は俺を冷たく睨みつけたままだった。
「なんだよ、早く出ていけって」
俺は熊澤に何か言おうと思った。だけど俺が口を開く前に彼はきっぱり言い放った。
「本音を言うと……俺はお前と友達になったことを後悔してる」
ショックだった。
俺はアパートのドアを静かに閉める。
少し歩いて、部屋を振り返った。
当然、熊澤は見送りに出てきていない。
