テレビを観ながら小さなテーブルで買ってきた夕飯を食べた。
熊澤のはカルボナーラとツナマヨおにぎり。俺のはたらこパスタと梅干しおにぎり。
昼休みもいつも思っていたが、熊澤は一口がデカくて食べるのが早い。
見ていて気持ちがいいほどだ。
「自炊はしないの?」
台所には炊飯器と片手鍋があった。
「たまに、かな。バイト先でばあさんが作ったもつ煮をもらうこともあるし。そんときは飯炊いて食う」
「偉いね」
「偉いのか?」
少なくとも俺は自分の家の台所で米を炊いたことがない。
専業主婦の母さんが毎日弁当まで作ってくれるから。
熊澤はあっという間にパスタとおにぎりを平らげた。
「デザート食うか」
そう言って、冷凍庫に入れておいたアイスを取ってきた。
熊澤はチョコミントのアイスバーで、俺はカップのバニラアイスを買っていた。
「それおいしいの?」
「うん、俺は好きだけど」
熊澤のチョコミントが気になってしかたがない。
「なあ、一口くれよ」
たたみにあぐらをかいて座る熊澤のそばに寄った。
彼が差し出したアイスに、俺は口をつけた。
その様子を熊澤はじっと見ていた。
不意に佐野の言葉が脳裏を過る。
『理恵奈を家に呼んで俺の部屋で……キスしたいんだ』
キス……。
そう思った瞬間、熊澤の視線と唇へ妙に意識が向いてしまった。
口の中に爽やかなミントの味が広がる。
「うーん……」
歯磨き粉だな、と思った。
「好みの別れる味だね」
言いながら俺は舌で唇を舐める。
熊澤の視線は、数秒の間俺の口元から離れなかった。
俺は少し焦った。
もしかして、俺が熊澤に友情以上の感情を抱いていることが伝わってしまっただろうか。
きっとそれはまずい。
熊澤は俺のことを友達だとしか思っていないはずだから。
「ああ、好きな奴は好きだろうけどな」
熊澤はなにごともなかったかのように、チョコミントのアイスをガツガツと齧る。
食べ終えると熊澤は布団を敷いた。
「一組しかねぇんだ、どうするか」
きっと誰かが泊まりに来ることなんてないのだろう。
「大丈夫、詰めれば二人で寝れるよ」
わざとなんでもないことのように言って、俺は布団の半分へ寝そべる。
しかし、熊澤はなにかを感じ取ったのか、しばらく黙って壁を見ていた。
「なあ、行きたいところがあるんだ。ついてきてくれないか」
「行きたいところって……?」
熊澤は押し入れから薄手のレインジャケットを二枚取り出して片方を俺に渡す。
「この暑いのに、上着?」
「まあ、いいから」
部屋の戸締りをして、道を歩いていく。
着いたのは高橋モーターというバイクの修理店だった。
古い民家の一階が店になっている、小さい店舗だ。
「もしかしてここでバイトしてるの?」
俺の胸は期待に高まる。
「ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
そう言いながら、熊澤は店の中へ入っていった。
言われた通りに待っていると、ガレージから一台のバイクを転がして出てきた。
「これが俺のバイク。いや、親父のバイクだけど」
ホンダのマークの入った黒い車体。
俺にはバイクの知識はない。でも思うことはある。
「すごい、カッコいいね」
正直な感想を述べると、熊澤は誇らしげな笑みを浮かべる。
その表情は公園のフェンスにしがみついて父親のトラックをいつまでも見ていた、あの頃の熊澤を連想させた。
「これ、使え」
フルフェイスのヘルメットと皮の手袋を渡される。
「遅いから、住宅街でエンジンかけると迷惑だからよ。大通りまでは歩きだ」
「うん」
大きな道へ出ると、俺はジャケットのファスナーを上げ、ヘルメットや手袋を装着した。
熊澤がエンジンをかける。大きな音を上げて唸り、振動を始める。
バイクに乗るなんて初めてだった。
熊澤に言われた通り、後部のシートへ跨る。
どこへ捕まればいいのだろう。シートの脇を掴んでみるが。
「もっとちゃんと掴まってろ」
そう言われて、遠慮がちに腰へ触れた手を熊澤に引っ張られた。
彼の腹の前で両手を組まされる。
体がぴったりと密着して、俺の心臓はドクンと鳴った。
「落ちると危ねぇからよ」
エンジン音にかき消されないように熊澤は声を張り上げた。
ヘルメットで表情は見えない。
車道の脇をバイクが走り出した。
夜風を切る。大きな熊澤の背中に阻まれて景色はあまり見えないけれど、すごい風圧と爽快感だ。
服越しの熊澤の背中に俺の胸の鼓動が伝わってしまっていないか心配になる。
それにしても熊澤の「行きたいところ」ってどこだろう。
信号で何度目かに止まったとき、思い切って俺は腹から声を出した。
「なぁ、どこへ行く気だ?」
一瞬間があったから、聞こえてないのかと思ったが、熊澤は肩越しに俺を見た。
ヘルメットに阻まれて表情は窺えない。
やがてくぐもった声が返ってきた。
「ラーメン屋」
え? ラーメン屋?
なんだ、腹が減ってたのか。
そうならそうと最初に言えばいいのに。
道沿いにラーメン屋の看板が見えるたびに「ここか」と思ったが、バイクはひたすら道を進んでいく。
がっかりなんてしない。むしろ内心嬉しかった。
できることならいつまでもこの逞しい背中に体を預けて、空を飛ぶように心地良い風の中にいたかったから。
熊澤のはカルボナーラとツナマヨおにぎり。俺のはたらこパスタと梅干しおにぎり。
昼休みもいつも思っていたが、熊澤は一口がデカくて食べるのが早い。
見ていて気持ちがいいほどだ。
「自炊はしないの?」
台所には炊飯器と片手鍋があった。
「たまに、かな。バイト先でばあさんが作ったもつ煮をもらうこともあるし。そんときは飯炊いて食う」
「偉いね」
「偉いのか?」
少なくとも俺は自分の家の台所で米を炊いたことがない。
専業主婦の母さんが毎日弁当まで作ってくれるから。
熊澤はあっという間にパスタとおにぎりを平らげた。
「デザート食うか」
そう言って、冷凍庫に入れておいたアイスを取ってきた。
熊澤はチョコミントのアイスバーで、俺はカップのバニラアイスを買っていた。
「それおいしいの?」
「うん、俺は好きだけど」
熊澤のチョコミントが気になってしかたがない。
「なあ、一口くれよ」
たたみにあぐらをかいて座る熊澤のそばに寄った。
彼が差し出したアイスに、俺は口をつけた。
その様子を熊澤はじっと見ていた。
不意に佐野の言葉が脳裏を過る。
『理恵奈を家に呼んで俺の部屋で……キスしたいんだ』
キス……。
そう思った瞬間、熊澤の視線と唇へ妙に意識が向いてしまった。
口の中に爽やかなミントの味が広がる。
「うーん……」
歯磨き粉だな、と思った。
「好みの別れる味だね」
言いながら俺は舌で唇を舐める。
熊澤の視線は、数秒の間俺の口元から離れなかった。
俺は少し焦った。
もしかして、俺が熊澤に友情以上の感情を抱いていることが伝わってしまっただろうか。
きっとそれはまずい。
熊澤は俺のことを友達だとしか思っていないはずだから。
「ああ、好きな奴は好きだろうけどな」
熊澤はなにごともなかったかのように、チョコミントのアイスをガツガツと齧る。
食べ終えると熊澤は布団を敷いた。
「一組しかねぇんだ、どうするか」
きっと誰かが泊まりに来ることなんてないのだろう。
「大丈夫、詰めれば二人で寝れるよ」
わざとなんでもないことのように言って、俺は布団の半分へ寝そべる。
しかし、熊澤はなにかを感じ取ったのか、しばらく黙って壁を見ていた。
「なあ、行きたいところがあるんだ。ついてきてくれないか」
「行きたいところって……?」
熊澤は押し入れから薄手のレインジャケットを二枚取り出して片方を俺に渡す。
「この暑いのに、上着?」
「まあ、いいから」
部屋の戸締りをして、道を歩いていく。
着いたのは高橋モーターというバイクの修理店だった。
古い民家の一階が店になっている、小さい店舗だ。
「もしかしてここでバイトしてるの?」
俺の胸は期待に高まる。
「ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
そう言いながら、熊澤は店の中へ入っていった。
言われた通りに待っていると、ガレージから一台のバイクを転がして出てきた。
「これが俺のバイク。いや、親父のバイクだけど」
ホンダのマークの入った黒い車体。
俺にはバイクの知識はない。でも思うことはある。
「すごい、カッコいいね」
正直な感想を述べると、熊澤は誇らしげな笑みを浮かべる。
その表情は公園のフェンスにしがみついて父親のトラックをいつまでも見ていた、あの頃の熊澤を連想させた。
「これ、使え」
フルフェイスのヘルメットと皮の手袋を渡される。
「遅いから、住宅街でエンジンかけると迷惑だからよ。大通りまでは歩きだ」
「うん」
大きな道へ出ると、俺はジャケットのファスナーを上げ、ヘルメットや手袋を装着した。
熊澤がエンジンをかける。大きな音を上げて唸り、振動を始める。
バイクに乗るなんて初めてだった。
熊澤に言われた通り、後部のシートへ跨る。
どこへ捕まればいいのだろう。シートの脇を掴んでみるが。
「もっとちゃんと掴まってろ」
そう言われて、遠慮がちに腰へ触れた手を熊澤に引っ張られた。
彼の腹の前で両手を組まされる。
体がぴったりと密着して、俺の心臓はドクンと鳴った。
「落ちると危ねぇからよ」
エンジン音にかき消されないように熊澤は声を張り上げた。
ヘルメットで表情は見えない。
車道の脇をバイクが走り出した。
夜風を切る。大きな熊澤の背中に阻まれて景色はあまり見えないけれど、すごい風圧と爽快感だ。
服越しの熊澤の背中に俺の胸の鼓動が伝わってしまっていないか心配になる。
それにしても熊澤の「行きたいところ」ってどこだろう。
信号で何度目かに止まったとき、思い切って俺は腹から声を出した。
「なぁ、どこへ行く気だ?」
一瞬間があったから、聞こえてないのかと思ったが、熊澤は肩越しに俺を見た。
ヘルメットに阻まれて表情は窺えない。
やがてくぐもった声が返ってきた。
「ラーメン屋」
え? ラーメン屋?
なんだ、腹が減ってたのか。
そうならそうと最初に言えばいいのに。
道沿いにラーメン屋の看板が見えるたびに「ここか」と思ったが、バイクはひたすら道を進んでいく。
がっかりなんてしない。むしろ内心嬉しかった。
できることならいつまでもこの逞しい背中に体を預けて、空を飛ぶように心地良い風の中にいたかったから。
