再会した幼なじみが、怖い不良になっていた

 アパートに着くと、熊澤は自分のケガそっちのけで、俺の頬を手当てしてくれた。
 消毒薬をしみ込ませたガーゼで、丁寧に傷口を拭く。ぴりっと染みる。

「痛むか?」
 
「……っ、平気だ。大した傷じゃないし」
 
 思わず肩を震わせてしまったことが気恥ずかしくて、俺は強がって見せた。
 
 熊澤からしたらこんな傷は日常だろうから。

「いや、顔だし目立つぞ。痕が残らないといいな」
 
「別にいいよ、男だし」
 
 さっき鏡で見たとき、頬の皮膚が数センチの切り傷ができていた。

「だけど、今日は帰れないな」

「どうして?」

「母さんが心配する。こんな傷を作って塾から帰ったら、なにごとだと思うだろう。塾に電話されたら困るな」

 どうしようと思いながら、俺は大きく息を吐く。
 
「ちょっと、じっとしてろ」
 
 熊澤が丁寧に軟膏を塗り、ガーゼを貼り付けた。

「お前のも手当てしてやる。シャツを脱げ」

「いいよ。小傷なんか慣れてる」

「消毒しないとダメだ。バイ菌が入ったらどうする」
 
 熊澤は渋々といった様子でTシャツを脱いだ。

 大人びた身体についた筋肉のなんときれいなことか。
 思わずドキッと胸が震える。

 俺は消毒液をしみ込ませたガーゼで傷を拭くことに意識を集中させた。

 熊澤の体は傷痕だらけだ。古いものもがほとんどだけど。

 背中やわき腹の柔らかい場所に、小さな火傷の痕がいくつかある。

「こんな場所をケガするなんて……」

 一体どういう状況でついた傷だろうと不思議に思う。

「それはお袋の男に煙草でやられた」

 ギュンと胸が詰まる。

 こんなに柔らかくて痛そうな場所、それも服で隠れる場所をあえて……?
 
「ずいぶん昔だ、もうほとんど残ってないだろ」
 
 熊澤は抑揚のない声でそう言った。

 彼の生い立ちを思うとショックでならない。
 俺は大きな背中にそっとおでこをつけた。涙が勝手に込み上げてくる。

「おいおい、もう痛くないんだぜ?」

 熊澤は笑うけど、俺の涙は止まらない。
 
 皮膚の傷が癒えていたって、心の傷まで癒えているとは思えないから。

 平凡に生きてきた俺なんかじゃとても理解できない苦しみや悲しみを抱えて、こいつはいままで生きてきたんだ。
 そう思うと俺は悲しくて悔しくて、たまらない気持ちになる。

「どうして泣くんだよ……」
 
 振り向いた熊澤が指先で俺の涙を払う。
 その表情が優しくて、胸が打ち震える。

 俺はぎゅっと熊澤にしがみついた。
 彼の腕が俺の体を抱き寄せる。

 俺たちは小さい頃も、こうして抱きしめ合ってお互いの寂しさを紛らわせた。

 ごく普通の家庭だけど、どうしても俺は家族内で疎外感を感じていた。
 ”豪くん”とこうして抱き合うと、胸がほんわり温かくなる。

 人肌のぬくもりはどうしてこんなにも心が落ち着くのだろう。
 
 熊澤も、苦しさがマシになったらいい……。
 
 俺たちはどれほどそうしていただろうか。
 窓の外はすっかり暗くなっていた。
 
 腹が減ったのか、熊澤は冷蔵庫の中を物色し始めた。

 今夜は熊澤と一緒にいたい、と思った。
 けれど、さすがに母に言えない。

 俺は少し逡巡してから電話をかけた。
 
「佐野の家に泊まっていい? 一緒に勉強したいんだ」

 一年の頃から友達で、外面のいい佐野のことを母は気に入っている。

「お家の方に迷惑かけちゃだめよ」

「わかってる。佐野の部屋に籠って夜通し問題集解くだけだから平気だよ」
 
 二つ返事で承諾してくれた。
 
 佐野の方にも連絡を入れる。

「大丈夫なのか?」

 熊澤が心配そうに声をかけてきた。
 
「平気だよ。佐野は彼女とデートする時、いつも俺の家で勉強すると親に嘘をつくから。それに佐野の家へ行ったことにすれば、この傷もエリザベスに引っ掻かれたんだって言えるし」

「エリザベス?」

「猫だよ」
 
 猫と言った瞬間、熊澤の目が輝いた。
 
 俺はスマホに保存された画像をさかのぼって、以前撮った写真を見せた。

 白いペルシャ猫。

「もうおばあちゃんだけどね。気分屋で、すぐ引っかくんだよ」

「へー、可愛いな」

 熊澤はエリザベスのブサかわな顔を見て、表情をだらしなく緩ませる。

 これが熊澤の本当の顔なんだよなと俺は思った。

「食べ物はなんもねぇ。買いに行くか」

 俺たちは近所のコンビニに向かった。
 大盛りパスタやおにぎり、スナック菓子、炭酸ジュース、それからアイスをそれぞれ選んでかごに入れる。

 バイト代が出たばかりだから、と言って熊澤が奢ってくれた。