再会した幼なじみが、怖い不良になっていた

 田中の逮捕で学校中が大騒ぎになった。
 臨時の全校集会や保護者説明会が行われた。

 翌日の昼休み。
 体育館裏のいつもの場所へ行ったが、熊澤の姿がない。

 時間が早かっただろうか?
 しばらく待つが、彼は来ない。

 今日はたまたま休みなのかもしれない。
 
 そう思って、俺は誰もいない生徒会室で弁当を食べた。
 食べ終えると、黙々と溜まっていた仕事を片付ける。

 不意に、窓から見える白い雲に目が留まった。
 熊澤の横顔を思い出した。
 いつもパンを食べ終えると空を眺めているから。
 
 なんだか一人でいることがつまらないと思った。
 熊澤と体育館裏で過ごすようになる前は、毎日こうしていたのに。
 むしろ俺はひとりが気楽だと思う質だったはずだ。
 
 昼休みの終わりに二年E組の前を通った。
 さりげなく教室の中を覗く。

 熊澤はいない。いればすぐにわかるから。

 今日は休みなのか?

 それとも――何かあったのだろうか。

 メッセージを送ってみようかとスマホを操作しかけて、やめる。
 
 E組の生徒はサボりがちだ。

 俺は真面目なお前とは違うんだよ、そう言って笑う熊澤の顔が頭に浮かんだ。

 けれど結局、田中の逮捕以来、熊澤を校内で見かけることはなかった。
 
 そうしているうちに、夏休みに入った。
 
 熊澤はどうしているだろう。
 バイクに乗せてやると言われたとき、もっとちゃんと返事をすればよかった。
 
 塾の授業が終わって教科書をカバンにしまいながら、俺は大きなため息を吐く。

「何だよ新堂、元気ないな」

 隣の席の佐野がニヤニヤと顔を歪めていた。
 明日から塾がお盆休みだから浮かれているのだろう。

「別に。お前は楽しそうでいいな」

「まあね。お袋も親父も昨日から帰郷して、一週間の一人暮らしを満喫中よ」

「ほーん。彼女でも呼べば?」

「そう、それを考えてたとこ」

 よくぞ聞いてくれた、と佐野が身を乗り出してきた。

「お盆休み中に、理恵奈を家に呼んで俺の部屋で……キスしたいんだ」

「キ、キス……!?」
 
 心臓がドクンと鳴った。
 思わず想像してしまったのだ。熊澤の形のいい唇を。

 顔がカァっと熱くなる。

「はは、新堂はウブだな」

「ウブじゃねぇよ。俺だって……」

 体育館の裏。飲んでいいと言われた熊澤のペットボトル。その甘い紅茶の味を思い出した。

 いやいや、あれは別になんでもないことだったじゃないか。
 
「新堂も彼女いるのか?」

「いないよ」
 
 熱い顔のまま俯いた。
 
「いやいや、その反応はいるだろ。なんだ、そうならそうと言えよ。モテるもんな、生徒会長」
 
「別にそんなんじゃ……」
 
 俺たちは塾を出て歩き出した。
 まだ外は明るい。電柱に止まった蝉が威勢よく鳴いている。
 
「相手は誰よ? 同じ学校? もしかして生徒会関係の誰か?」

 佐野は興味津々にあれこれ聞いてきた。
 
 言えるわけがない。熊澤を相手にこんな気持ちになっているなんて。

 っていうか、俺は変だ。熊澤は”友達”じゃないか。
 なんでキスって言葉で、熊澤が思い浮かぶんだ?
 
 このことを熊澤が知ったらどう思うか。
 
 佐野と別れ、自宅に向かう。あの公園の前で足を止める。

 ――もしかして熊澤がいるんじゃないか。

 妙な期待が湧き起こり、中を覗かずにいられない。

 すぐに異様な空気に気がついた。

 公園に入ってすぐの場所に、たくさんのバイクや原付が停まっているのだ。
 
 ベンチの近くに、10人以上の男が集まっていた。

 その集団に取り囲まれて、熊澤が立っている。

 男たちは鉄パイプや金属バットを手にしている。

 片や熊澤は丸腰だ。

 いくら熊澤でも圧倒的に不利なのは目に見えていた。

 こんなのもはや、集団リンチじゃないか――!

 一人の男が先陣を切って熊澤にバットで殴りかかる。
 熊澤はそれを交わして長い足で男の腹を蹴り飛ばす。

 すごい、やっぱり強い。

 俺は陰から固唾を呑んで見守っていた。

 武器も持たない熊澤が次々に男を倒していく。

 しかし、熊澤だって生身の人間だ。疲労からか体の動きが鈍り出す。そして、鉄パイプが彼の頬を直撃した。

 巨体が倒れ込む。

 この隙とばかりに一人の男がバットを振り上げ熊澤に叩きつけようとした。

 ――危ない!

 俺はカバンを投げ捨てて、走った。

 落ちていた鉄パイプを拾い上げ、熊澤の前に躍り出る。

「な、なんだよ。熊澤には仲間なんていねぇんじゃねぇのか」
 
「誰がそんなこと言った! 俺が仲間だ!」

 男たちは顔を見合わせて笑った。
 
「フン、がり勉野郎が何ぬかしてんだ」

 相手は体勢を立て直してバットを振り上げる。
 俺はどうにかそれを鉄パイプで受け止めた。

 ガキンッと大きな音がした。手が痺れるほどの衝撃だ。
 
「はっ、運のいい奴め。だが容赦しねえぞ」
 
 殺意のこもった視線にゾッとする。
 バットを捨てた男の手にはサバイバルナイフが握られていた。

 脅しなんかじゃない。
 そう思った瞬間、急に怖くなって俺は一歩後ろへ下がった。

 相手はナイフを構えて、今まさに俺に斬りかかろうと腕を振り上げる。

 俺は何とか交わしたが、刃は頬をわずかにかすった。

 痛みが走り、頬に血が滴る。

 相手は血走った目で再びナイフを構える。
 
 どうする。このまま避け続けるのはむりだ。
 
 そう思ったとき、俺はなにかにつまずいて転んでしまった。

 切っ先が俺の顔を目掛けて襲い掛かる。
 
 ――殺される。

 そう思って目を瞑る。

「慧人っ!」

 誰かが俺を呼ぶ声がした。
 
 斬られる覚悟をしたのに、いつまで経っても身体に衝撃も痛みも起きない。

 その代わりにドカッ、と鈍い音がした。
 
 恐る恐る目を開けると、熊澤が倒れた男へ馬乗りになって顔をボカボカと殴っている。

「うあっ……、ぐはっ……」

 男の鼻や口から出た血で熊澤のこぶしは真っ赤に汚れている。

「や、やめろよ、熊澤っ! 死んじゃうぞ!」

 いつまでも殴るのをやめない熊澤の腕を掴んだ。

「止めるな。こいつは慧人を殺そうとしたんだ。許せねぇ! 俺の慧人を!」

 熊澤の目に怒りの色が浮かんでいる。

 こんな熊澤は今まで見たことがなかった。

 本気でこの男を殺してしまいかねない。直感的にそう思って、ゾッと全身が粟立った。

「頼む。もうやめてくれ、お前を殺人者にしたくない。俺からの頼みだ」

 熊澤の手の動きが止まった。憤ったままの瞳が俺に向けられる。
 その目にはわずかに怯えの色が浮かんでいた。

 熊澤は怖かったんだ。
 俺が殺されてしまうと思って。
 
「俺はお前のそばからいなくならない。約束する」

 熊澤の目から怒りや怯えの色が消えた。
 子供のように無垢な瞳で、彼は俺を見つめる。

「だから、もうやめてくれ。俺もお前がいなくなったら耐えられない」

 熊澤はゆっくりと男の上から腰を上げた。
 
 顔面血だらけの男は、地面にぐったりと寝たまま動かない。

 俺と熊澤が公園を出ていこうとしたとき、残った男たちが倒れている男を抱き起こしていた。