結局、熊澤は俺のために遺体を処理してくれたんだ。
そんなことをしたら、自分だって死体遺棄の罪に問われてしまうというのに。
やっぱり優しい。
俺ももっと熊澤を支えてやりたい。そう思った。
放課後。廊下の窓から外を見たとき、自転車置き場に熊澤の姿を見つけた。
可愛らしい丸いヘッドライトの原付の横にしゃがみ込んでいる。
車体のふたをあけて、修理しているみたいだ。
熊澤の原付なのか?
俺は自転車置き場へ行ってみることにした。
正面玄関で靴へ履き替えて外へ出ると、熊澤の声が聞こえた。
「礼なんかいらねぇって」
誰か一緒にいるのか?
壁に体を隠して、俺は声のする方を覗き見た。
「でも、本当に助かったから」
女子生徒が熊澤にペットボトルのジュースを差し出している。
「熊澤君の手、汚れちゃったし」
「これぐらいなんでもねぇよ。それに俺の手は元から油まみれだ」
熊澤は苦笑いを浮かべて断わるが、相手は引かない。
なんかいいムードじゃないか。
俺は静かに玄関へ戻った。
息苦しくて、自分のワイシャツの胸元をぎゅっと握る。
誰にでも優しいんだな……。
女子に微笑んだ熊澤の横顔が蘇り、心がざわざわと騒いだ。
友達の少ない熊澤が誰かと交流するのは喜ばしいことじゃないか。
なのに、どうして彼の優しさが他人に向くのが嫌だと思うのだろう。
突然、雨が地面を叩く音がした。
大雨が降ってきたようだ。
外の様子を見ようとしたとき、熊澤が正面玄関へ駆け込んできた。
「よう」
熊澤が俺を見て足を止めた。
さっきもらったペットボトルを小脇に挟んでいる。
それを見た瞬間、ズンと胸が重くなった。
色々聞きたい気持ちを堪える。
「雨降ってきたんだね」
降りしきる雨を見ながらそう言った。
「そうだな」
玄関前のタイルを雨がザーッと叩く音が響く。
「さっきの子、濡れちゃったかな?」
仲いい子なの? という疑問を込めて聞いた。
熊澤は俺の目を見た。
「知らねぇ。どうでもいい」
どうでもいい。その言葉に安堵した。
彼は原付が壊れて困っていた相手を助けただけなのだ。
熊澤には暴走族だという噂がある。それでバイクや原付に詳しいのだろうか。
「まだ帰れねぇの?」
「ううん、今日はもう帰るよ」
「じゃあ雨止むの待って、一緒に帰ろうぜ」
その一言で天にも昇る気持ちになった。
「うん、帰ろう」
ちょっと待ってて、と言って俺は生徒会室に置いていた自分の傘を取ってきた。
「なんだ、お前傘持ってたのかよ」
「そうだよ、一緒に入ろう」
大きいタイプのビニール傘だ。
「え、いいよ。そんなつもりで一緒に帰ろうって言ったんじゃねぇもん」
嫌がる熊澤を無理やり傘に入れて、学校を出た。
背の高い相手との相合傘は難しい。手が攣りそうだ。
それに気づいて、熊澤が「俺が持ってやる」と言って柄を掴んだ。
「ありがとう。豪くんの家まで送るよ」
熊澤との相合傘を少しでも長く続けたい。
そんな気持ちから俺はそう言った。
「いいよ、走って帰るから」
「遠慮するなって。それとも俺が行っちゃ迷惑か?」
顔を見上げると、彼は目元をぽっと赤くした。
「別に迷惑ってこたぁねぇけどよ……」
熊澤の自宅は古いアパートだった。
「せっかくだ。上がっていけよ」
熊澤のことなら何でも知りたい。
それが本心だから嬉しくてドキドキしながら部屋に上がる。
「お邪魔します」
思わずそう声をかけた。
「誰もいねぇよ。家族はいねぇんだ」
古くて狭い部屋だけど、物がほとんどなくきれいに掃除されている。
奥の畳の部屋に俺は腰を下ろした。
「一人暮らしなの?」
「まあな」
熊澤が冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を取り出す。
「親父が亡くなった後、離婚した母親に引き取られたんだ」
言いながら二つのコップへ注いだ。
「それで名字が違うのか」
「ああ」
コップを両手に持ってきて、片方を俺に差し出す。
「ありがと。お母さんは一緒に暮らしてないの?」
熊澤はお茶を一口飲んで頷いた。
「中学の頃、お袋は俺を置いて男と逃げた。俺は叔父さんとこに引き取られたんだけど、三つ下の娘も奥さんも俺のこと怖がって。仕方ねぇよな、こんな大男誰だって怖いに決まってる」
やるせない気持ちになった。
熊澤のことをちゃんと知れば、怖くなんてないのに。
だけどその思いを口にしたら、薄っぺらい励ましにしかならない気がして、何も言えなかった。
部屋にはバイクの雑誌がたくさんある。
「バイク好きなの?」
さっき原付を直していたことを思い出した。
「ああ。バイクの修理屋でバイトしてるんだ」
そういえば熊澤は学校の外ではいつもツナギを着ている。
「あのツナギはその店の制服なの?」
「まあな。じいさんが一人でやってる小さい店だから、暇なら行って手伝ってるんだ。家にいても暇だしよ」
「へー、格好いい」
俺は勉強と学校のことばかりで趣味なんてない。
熊澤の中は、俺の知らない世界が広がっているように思えた。
そういえば、あの雑木林にも古い原付やバイクが投棄されていた。
「もしかしてあの廃墟を知っていたのって……?」
「ああ、あそこに捨てられているバイクの部品を拝借したことがあって」
なるほど。一つ謎が解けた。
そんなことをしたら、自分だって死体遺棄の罪に問われてしまうというのに。
やっぱり優しい。
俺ももっと熊澤を支えてやりたい。そう思った。
放課後。廊下の窓から外を見たとき、自転車置き場に熊澤の姿を見つけた。
可愛らしい丸いヘッドライトの原付の横にしゃがみ込んでいる。
車体のふたをあけて、修理しているみたいだ。
熊澤の原付なのか?
俺は自転車置き場へ行ってみることにした。
正面玄関で靴へ履き替えて外へ出ると、熊澤の声が聞こえた。
「礼なんかいらねぇって」
誰か一緒にいるのか?
壁に体を隠して、俺は声のする方を覗き見た。
「でも、本当に助かったから」
女子生徒が熊澤にペットボトルのジュースを差し出している。
「熊澤君の手、汚れちゃったし」
「これぐらいなんでもねぇよ。それに俺の手は元から油まみれだ」
熊澤は苦笑いを浮かべて断わるが、相手は引かない。
なんかいいムードじゃないか。
俺は静かに玄関へ戻った。
息苦しくて、自分のワイシャツの胸元をぎゅっと握る。
誰にでも優しいんだな……。
女子に微笑んだ熊澤の横顔が蘇り、心がざわざわと騒いだ。
友達の少ない熊澤が誰かと交流するのは喜ばしいことじゃないか。
なのに、どうして彼の優しさが他人に向くのが嫌だと思うのだろう。
突然、雨が地面を叩く音がした。
大雨が降ってきたようだ。
外の様子を見ようとしたとき、熊澤が正面玄関へ駆け込んできた。
「よう」
熊澤が俺を見て足を止めた。
さっきもらったペットボトルを小脇に挟んでいる。
それを見た瞬間、ズンと胸が重くなった。
色々聞きたい気持ちを堪える。
「雨降ってきたんだね」
降りしきる雨を見ながらそう言った。
「そうだな」
玄関前のタイルを雨がザーッと叩く音が響く。
「さっきの子、濡れちゃったかな?」
仲いい子なの? という疑問を込めて聞いた。
熊澤は俺の目を見た。
「知らねぇ。どうでもいい」
どうでもいい。その言葉に安堵した。
彼は原付が壊れて困っていた相手を助けただけなのだ。
熊澤には暴走族だという噂がある。それでバイクや原付に詳しいのだろうか。
「まだ帰れねぇの?」
「ううん、今日はもう帰るよ」
「じゃあ雨止むの待って、一緒に帰ろうぜ」
その一言で天にも昇る気持ちになった。
「うん、帰ろう」
ちょっと待ってて、と言って俺は生徒会室に置いていた自分の傘を取ってきた。
「なんだ、お前傘持ってたのかよ」
「そうだよ、一緒に入ろう」
大きいタイプのビニール傘だ。
「え、いいよ。そんなつもりで一緒に帰ろうって言ったんじゃねぇもん」
嫌がる熊澤を無理やり傘に入れて、学校を出た。
背の高い相手との相合傘は難しい。手が攣りそうだ。
それに気づいて、熊澤が「俺が持ってやる」と言って柄を掴んだ。
「ありがとう。豪くんの家まで送るよ」
熊澤との相合傘を少しでも長く続けたい。
そんな気持ちから俺はそう言った。
「いいよ、走って帰るから」
「遠慮するなって。それとも俺が行っちゃ迷惑か?」
顔を見上げると、彼は目元をぽっと赤くした。
「別に迷惑ってこたぁねぇけどよ……」
熊澤の自宅は古いアパートだった。
「せっかくだ。上がっていけよ」
熊澤のことなら何でも知りたい。
それが本心だから嬉しくてドキドキしながら部屋に上がる。
「お邪魔します」
思わずそう声をかけた。
「誰もいねぇよ。家族はいねぇんだ」
古くて狭い部屋だけど、物がほとんどなくきれいに掃除されている。
奥の畳の部屋に俺は腰を下ろした。
「一人暮らしなの?」
「まあな」
熊澤が冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を取り出す。
「親父が亡くなった後、離婚した母親に引き取られたんだ」
言いながら二つのコップへ注いだ。
「それで名字が違うのか」
「ああ」
コップを両手に持ってきて、片方を俺に差し出す。
「ありがと。お母さんは一緒に暮らしてないの?」
熊澤はお茶を一口飲んで頷いた。
「中学の頃、お袋は俺を置いて男と逃げた。俺は叔父さんとこに引き取られたんだけど、三つ下の娘も奥さんも俺のこと怖がって。仕方ねぇよな、こんな大男誰だって怖いに決まってる」
やるせない気持ちになった。
熊澤のことをちゃんと知れば、怖くなんてないのに。
だけどその思いを口にしたら、薄っぺらい励ましにしかならない気がして、何も言えなかった。
部屋にはバイクの雑誌がたくさんある。
「バイク好きなの?」
さっき原付を直していたことを思い出した。
「ああ。バイクの修理屋でバイトしてるんだ」
そういえば熊澤は学校の外ではいつもツナギを着ている。
「あのツナギはその店の制服なの?」
「まあな。じいさんが一人でやってる小さい店だから、暇なら行って手伝ってるんだ。家にいても暇だしよ」
「へー、格好いい」
俺は勉強と学校のことばかりで趣味なんてない。
熊澤の中は、俺の知らない世界が広がっているように思えた。
そういえば、あの雑木林にも古い原付やバイクが投棄されていた。
「もしかしてあの廃墟を知っていたのって……?」
「ああ、あそこに捨てられているバイクの部品を拝借したことがあって」
なるほど。一つ謎が解けた。
