親の同僚というだけで、熊澤が岡部を知っていたと判断するのは、早合点なようにも感じる。
俺自身、自分の父親の会社の人なんて誰も知らない。
そもそも俺は父とはあまり会話をしないから。
それとなく、熊澤に聞いて確かめようと思った。
うまく聞けるだろうか。聞くのが少し怖い気もする。
昼休み、弁当を持って体育館裏へ向かう。
昨日と同じ裏口の階段に熊澤はいた。
長い足を投げ出して、寝そべるようにだらしなく座って焼きそばパンを齧っている。
「おう」
俺を見ると片手を上げて表情を緩めた。
俺が来るのを待っていたのだろう。
なにしろ俺たちは『友達』だ。またあの頃のように。
嬉しくなって、俺は熊澤に寄りかかるように隣に腰を下ろす。
「おい、近いって」
口ではそう言いながら本気で嫌がっている態度ではない。
だから俺はさらに熊澤にすり寄った。
「いいじゃん。仲良くしようぜ」
「暑苦しいだろ」
熊澤のワイシャツから微かに煙草の匂いがした。
どうして煙草なんて吸うんだろう……。
少しだけ寂しく感じた。やっぱり熊澤は不良なんだ。
そう思った瞬間、田中の言葉が蘇った。
『熊澤とは関わらない方がいい』
そう言われた時、俺は悔しくてたまらなかったのに……。
熊澤の手に目をやる。
傷だらけだ。噂通り、誰かと殴り合いの喧嘩をするのだろうか。
熊澤について、知らないことが多すぎる。
そう思うと胸が痛むんだ。
俺は階段へ座り直して、弁当箱を手提げから出した。
「今日、弁当なんだな」
「うん。毎朝、母さんが作ってくれるんだ」
いつもと違う行動を取るな、と言ったのは熊澤だ。
今朝は普段通りに母さんから弁当を受け取った。
「そっか」
しかし蓋を開いて「うっ」となった。
弁当箱いっぱいにぎっしり詰まったかつ丼。
昨夜の夕飯のとんかつの残りで作ってくれたのだ。
母さんのとんかつはおいしい。いつもならそう思う。
けれどあんな事件があってから、食欲を失っている俺には揚げ物がきつい。
正直、まだ昨夜のとんかつで胃がもたれているのに……。
「無理して食わなくていいぞ」
熊澤がぶっきらぼうにそう言った。
「え?」
「食いたくないって顔に書いてある。俺が代わりに食ってやろうか?」
驚いた。だけど助かる。
「じゃあお願い。あんまり食欲なくてね」
「パンでよければ、どれでも食っていいぞ」
有難い。パンなら食べられそうだ。なぜだか、熊澤が食べているパンはおいしそうに見えるから。
俺は袋の中から、クリームパンを選んで食べた。
「ご馳走様。うまかった」
熊澤はガツガツとかき込むようにして弁当を瞬時に平らげた。
空の容器を受け取ろうと俺は手を伸ばす。
その手を熊澤がちらりと見た。
「……手、どうした?」
「え?」
「ここ」
熊澤が俺の右手を取る。
「爪、食い込んでる」
昨日、田中に苛ついたときの……。
「ああ……ちょっとね」
「何かあったのか?」
「たいしたことじゃない」
熊澤はそれ以上なにも聞かなかった。
俺の手のひらの傷あとを指の腹で撫でる。労わるように優しく。
彼の大きな手に包まれ、じんわりと温かくなった。
体育館の裏を爽やかな風が吹き抜ける。
何を話すでもなく俺たちは青い空を眺めていた。
聞かれたくないことを、無理に聞かないでくれる。
昔から熊澤といると居心地がいいと感じる理由はきっと複数あるが、それも大きな理由のひとつだ。
岡部のこと。
家庭のこと。
俺も熊澤に色々聞きたい。
だけど、無理に聞かないでおこうと思った。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、俺たちは校舎へ戻った。
俺自身、自分の父親の会社の人なんて誰も知らない。
そもそも俺は父とはあまり会話をしないから。
それとなく、熊澤に聞いて確かめようと思った。
うまく聞けるだろうか。聞くのが少し怖い気もする。
昼休み、弁当を持って体育館裏へ向かう。
昨日と同じ裏口の階段に熊澤はいた。
長い足を投げ出して、寝そべるようにだらしなく座って焼きそばパンを齧っている。
「おう」
俺を見ると片手を上げて表情を緩めた。
俺が来るのを待っていたのだろう。
なにしろ俺たちは『友達』だ。またあの頃のように。
嬉しくなって、俺は熊澤に寄りかかるように隣に腰を下ろす。
「おい、近いって」
口ではそう言いながら本気で嫌がっている態度ではない。
だから俺はさらに熊澤にすり寄った。
「いいじゃん。仲良くしようぜ」
「暑苦しいだろ」
熊澤のワイシャツから微かに煙草の匂いがした。
どうして煙草なんて吸うんだろう……。
少しだけ寂しく感じた。やっぱり熊澤は不良なんだ。
そう思った瞬間、田中の言葉が蘇った。
『熊澤とは関わらない方がいい』
そう言われた時、俺は悔しくてたまらなかったのに……。
熊澤の手に目をやる。
傷だらけだ。噂通り、誰かと殴り合いの喧嘩をするのだろうか。
熊澤について、知らないことが多すぎる。
そう思うと胸が痛むんだ。
俺は階段へ座り直して、弁当箱を手提げから出した。
「今日、弁当なんだな」
「うん。毎朝、母さんが作ってくれるんだ」
いつもと違う行動を取るな、と言ったのは熊澤だ。
今朝は普段通りに母さんから弁当を受け取った。
「そっか」
しかし蓋を開いて「うっ」となった。
弁当箱いっぱいにぎっしり詰まったかつ丼。
昨夜の夕飯のとんかつの残りで作ってくれたのだ。
母さんのとんかつはおいしい。いつもならそう思う。
けれどあんな事件があってから、食欲を失っている俺には揚げ物がきつい。
正直、まだ昨夜のとんかつで胃がもたれているのに……。
「無理して食わなくていいぞ」
熊澤がぶっきらぼうにそう言った。
「え?」
「食いたくないって顔に書いてある。俺が代わりに食ってやろうか?」
驚いた。だけど助かる。
「じゃあお願い。あんまり食欲なくてね」
「パンでよければ、どれでも食っていいぞ」
有難い。パンなら食べられそうだ。なぜだか、熊澤が食べているパンはおいしそうに見えるから。
俺は袋の中から、クリームパンを選んで食べた。
「ご馳走様。うまかった」
熊澤はガツガツとかき込むようにして弁当を瞬時に平らげた。
空の容器を受け取ろうと俺は手を伸ばす。
その手を熊澤がちらりと見た。
「……手、どうした?」
「え?」
「ここ」
熊澤が俺の右手を取る。
「爪、食い込んでる」
昨日、田中に苛ついたときの……。
「ああ……ちょっとね」
「何かあったのか?」
「たいしたことじゃない」
熊澤はそれ以上なにも聞かなかった。
俺の手のひらの傷あとを指の腹で撫でる。労わるように優しく。
彼の大きな手に包まれ、じんわりと温かくなった。
体育館の裏を爽やかな風が吹き抜ける。
何を話すでもなく俺たちは青い空を眺めていた。
聞かれたくないことを、無理に聞かないでくれる。
昔から熊澤といると居心地がいいと感じる理由はきっと複数あるが、それも大きな理由のひとつだ。
岡部のこと。
家庭のこと。
俺も熊澤に色々聞きたい。
だけど、無理に聞かないでおこうと思った。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、俺たちは校舎へ戻った。
