再会した幼なじみが、怖い不良になっていた

 その日の放課後。俺は足取り軽く廊下を歩いていた。

『友達になってくれ』

 熊澤に言われたその一言を思い出すだけで、口元が勝手に緩んでしまう。
 昔のようにまた熊澤のそばにいられると思うと、それだけで嬉しくてたまらない。

 これからは毎日、二人でお昼を食べるのだろうか。
 
 考えるだけでワクワクしてしまう。

 生徒会室の手前で、誰かに呼び止められた。
 
「新堂くん」
 
 田中だ。
 まるで俺が来るのを待ち構えていたようだった。

 そっと息を呑んだ。
 俺と岡部との接点を知る田中の存在はずっと気がかりだった。
 
 しかし元々田中とはそこまで親しくはなかったので声をかけられずにいた。
 田中の方も俺と距離を置いていると感じていたからなおさらだ。

 たぶんあのことを気まずく思って、俺を避けていたのだろう。
 
「田中くん、何か用?」

 俺はできるだけそっけない返事をして田中の顔を見た。
 周りには誰もいない。

「あのさ、あの男のこと誰にも言ってないよね?」
 
 田中は俺以上に周囲に人がいないかを確認しながら言った。
 何かに怯えているみたいだった。
 
「安心して。誰にも言ってないよ」
 
「よかった。俺があんな男と知り合いだったことは絶対言わないでくれよ」
 
「ん? ……知り合いだったの?」

 てっきりあの場で会った相手だと思っていたのに。

 田中は一瞬”しまった”という顔をした。

「いや、まあ……前にも道で見たことがある程度の知り合いって意味だよ」

「道で見たことがある程度の知り合い?」

 妙な言い方をするなと思った。

「とにかく、絶対に言わないで! お願い!」

 この通り、と両手を合わせた。

「わかってる、言わないよ。そのかわり、田中くんもあの夜のことは内緒にしてね。俺だってガラの悪い人と一瞬でも関わったと知られるのは嫌なんだ。受験に響いたら大変だから」

 俺がそう言うと、田中は安心した様子で息を吐いた。
 
「そっか、そうだよね」

「あの人のことはお互い忘れよう」
 
「うん、そうしよう」
 
 安堵したのは俺も同じだった。
 この分なら田中の口からあの男と俺の関係が漏れる心配はなさそうだ。
 
 田中は俺があの男を殺したなんて夢にも思っていないだろう。
 
 じゃあ、と踵を返そうとした田中の動きが止まった。
 
「そういえばさ、新堂くんってE組の熊澤と仲いいの?」

 突然、熊澤の名前が出て胸が跳ねた。

「え? なんだよ、唐突に」

 田中にじっと見つめられ、背中に冷や汗が伝う。

「いや、たまたま昼休みに体育館の裏から二人が出てくるのを見たから。大丈夫、なんかされた?」

 優等生と不良。
 傍から見たら、俺が熊澤にシメられたと思うのが普通だろう。

「いやいや、何もされてないよ。田中くんこそ熊澤のこと知ってるの?」

「同じ中学だったから。クラスは違ったけど、噂は聞いていたよ。何しろ熊澤は目立つし」

 あれだけデカけりゃ目立つよな、と俺は笑った。

「見た目の話じゃないよ。中学の頃、あいつ色々あったんだ」

「色々って?」
 
 俺が言ったって言わないでよ、と前置きして、田中は話し始めた。
 
「あいつんちって変わってるんだよ。元々父親がいなかったし」

 父親がいなかった? そんなはずはない。
 公園で遊んでいたとき、熊澤にそっくりな父親を見たことがあったのだから。

 そう言いたいのを我慢して、軽く頷いた。

「ずっと母子家庭だったけど、中学の頃に母親が男と逃げちゃって。それで叔父さんの家に引き取られて、転校したんだ」

「……それで?」

「でも1か月もしないうちに戻ってきたんだ。叔父さんの家に馴染めなかったらしいよ。結局、今の家で一人暮らししてるって話」

「中学の頃から?」
 
 そんなことが可能なのだろうか。
 
「そう。表向きは叔父さんが面倒を見てることになってるらしいけど」

 体育館の裏で一人、購買のパンを食べていた熊澤の姿がまぶたに浮かぶ。

「とにかく普通じゃないから、熊澤とは関わらないほうがいいよ。悪い噂も多いし」

 田中は意地の悪い笑みを浮かべた。
 その顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。

 熊澤の何がわかるというのだろう。

 噛みしめた俺の奥歯がぎりっと音を立てた。

 田中の顔面を今すぐぶん殴りたい衝動に駆られ、右手を握り締める。

「そんなこと言うな」

 拳の代わりに冷たく言葉を投げつけた。
 
「え……? どうしたの、新堂くん?」
 
 田中はきょとんと俺を見ていた。
 
 熊澤の悪口を言うな!
 そう怒鳴りたいのをどうにか飲み込んだ。

「忠告ありがとう」
 
 俺は握り締めた拳を体の横に下ろした。
 誰かを殴りたいと思ったのは、生まれて初めてだった。

「じゃあ、俺は生徒会の仕事があるから」

 無理矢理に笑顔を作ったが、顔は引きつっていたかもしれない。
 
 部屋に入って、手のひらを見た。爪が食い込んで、血がわずかに滲んでいた。