駅前の通りを歩く。すれ違う人々は俺を見上げて、さっと道を譲った。
「ひっ……怖っ」
「ばか、聞こえるって」
何もしていないのに、恐れられて避けられる。昔からずっとそうだった。
別に構わない。仕方がないことだと、とっくに諦めている。
でも、俺を見た目で判断しなかった人間が、この世に一人だけいた。
上目遣いで俺を見つめるキラキラした瞳。
抱きしめられた瞬間、ふわっと香った懐かしい匂い。
思い出しただけで、俺の胸は温かくなる。
入学して同じ学校に慧人がいると気づいてから、俺は遠くからずっと見ていた。
いかにも優等生らしい凛とした清楚な容姿。
成績トップで、生徒会長。俺とは住む世界が違う人間だ。
声をかけたいとは思ったものの、できるはずがない。
慧人は俺のことなんて覚えていないだろうと思った。色々あって名字が変わったからなおさらだ。
再会できただけでも奇跡なんだ。陰ながら見守るだけで充分だと考えた。
内心では、学校行事で生徒代表の挨拶をするあいつの、緊張で強張る背中を抱きしめたいと何度思ったことか。
慧人の陰口を言う奴をぶん殴ったことは何度かある。もちろん別の理由をつけて。
あいつは塾で帰りが遅くなる。コンビニか公園でその姿を見送るのが、バイト帰りの俺の日課になった。
用心棒をしているつもりはない。ただ慧人の顔を遠くからでも一目見るだけで満足だった。
その習慣のおかげで、あの夜慧人を助けられたのだからよかったと思う。
あんな男のせいで慧人の人生がめちゃくちゃになっていいはずがない。
今日の昼休み、本当は体育館裏で、慧人を突き放すつもりだった。
適当な理由をつけて「二度と声をかけてくるな」と言う覚悟をしていた。
岡部の遺体が見つからない保証なんてない。
だから、俺たちの接点は誰にも知られない方がいいのだ。
頭ではわかっている。
なのに慧人を前にしたら、用意していた冷たい言葉が喉の奥に引っ込んだ。
あろうことか、「友達になってくれ」と言ってしまったのだ。
――俺はバカだ。
親しくなるつもりなんてなかったじゃないか。
だけど、あの状況で突き放すなんてできなかった。
「チッ……」
自分の意志の弱さに苛立ち、舌打ちする。
その瞬間、前から歩いてきた男と肩がぶつかった。
いや、わざとぶつかられたんだ。
「どこ見て歩いてんだ」
金髪坊主の男が俺を睨む。日に焼けたその体は筋骨隆々だ。
「あ?」
無視して通り過ぎればいいものを、足を止めて返事をしてしまった。
視線が絡み合う。
「テメェ、なにガンくれてんだよ」
男が一歩俺へ歩み寄った。
「そっちがぶつかってきたんだろうが」
俺も負けじと啖呵を切る。
「んだと? やんのかコラ?」
「はっ、ちょうどいい。俺は今むしゃくしゃしてんだ」
俺はにやりと口角を上げた。
相手が俺の顔を目掛けて殴りかかってきた。
それをさらりとかわして、思い切り腹を蹴り飛ばす。
「ぐわっ!」
金髪坊主の体が宙を舞い、地面に倒れた。
たった一撃で伸びてしまったようだ。
「フン、口ほどにもねぇな」
喧嘩を売ってくるぐらいだから、もう少しできるかと思ったのに。
俺はポケットに手を突っ込んで歩き出した。
慧人と仲良くなりたい。
だけど、遺体が見つかったときのことを考えると、俺たちは親密じゃないほうがいい。
やっぱり突き放すのが正解なのだろう。
クソ。あの岡部のことさえなければ、何も気にせず慧人と仲良くできるのに。
慧人の顔を思い出したら、口の中に昼の紅茶の味が蘇った。
思わず唇を舐める。
……間接キスしてしまった。
胸の奥が甘く痺れる。
ビルのガラスに映った自分の顔を見た。
まるでのぼせたように赤い。
昔もそうだったように、慧人は俺を素直に受け入れてくれる。
俺の渡したメロンパンを食べ、飲み物を飲んだ。
他の人間はいつも俺との間に壁を作る。
慧人にはその壁がない。
それどころか、普段はクールなのに、俺の前では少しだけ無防備になる。
だから俺は、自分が特別なんじゃないかと思ってしまう。
前からカップルが歩いてきた。
腕を組んで楽しそうに何かを囁き合っている。
いいな、俺もあんな風に慧人と歩けたらいいのに……。
そう思いながらぼんやり眺めた。
俺の視線に気づいた男が「ごめんなさいっ」と謝り、逃げるように角を曲がった。
……んだよ、何も言ってねぇってのに。
優しい慧人は、俺の気持ちを知ったら受け入れてくれるかもしれない。
俺たちは恋人同士になれるかも……。
いや、それは俺の勝手な妄想だ。
慧人の気持ちは昔と変わらない単なる友情だろう。
……でも慧人も俺と同じ気持ちだったら?
確かめてみたいという気持ちが湧き起こる。
しかし、今後のことを考えるとそれはまずい。
親しくなればなるほど、”最悪の事態”が起きたとき俺も慧人も苦しくなる。
だからこそ、俺の恋心を慧人に悟られてはいけない。
慧人のためなら俺は何だってできるんだ。
「ひっ……怖っ」
「ばか、聞こえるって」
何もしていないのに、恐れられて避けられる。昔からずっとそうだった。
別に構わない。仕方がないことだと、とっくに諦めている。
でも、俺を見た目で判断しなかった人間が、この世に一人だけいた。
上目遣いで俺を見つめるキラキラした瞳。
抱きしめられた瞬間、ふわっと香った懐かしい匂い。
思い出しただけで、俺の胸は温かくなる。
入学して同じ学校に慧人がいると気づいてから、俺は遠くからずっと見ていた。
いかにも優等生らしい凛とした清楚な容姿。
成績トップで、生徒会長。俺とは住む世界が違う人間だ。
声をかけたいとは思ったものの、できるはずがない。
慧人は俺のことなんて覚えていないだろうと思った。色々あって名字が変わったからなおさらだ。
再会できただけでも奇跡なんだ。陰ながら見守るだけで充分だと考えた。
内心では、学校行事で生徒代表の挨拶をするあいつの、緊張で強張る背中を抱きしめたいと何度思ったことか。
慧人の陰口を言う奴をぶん殴ったことは何度かある。もちろん別の理由をつけて。
あいつは塾で帰りが遅くなる。コンビニか公園でその姿を見送るのが、バイト帰りの俺の日課になった。
用心棒をしているつもりはない。ただ慧人の顔を遠くからでも一目見るだけで満足だった。
その習慣のおかげで、あの夜慧人を助けられたのだからよかったと思う。
あんな男のせいで慧人の人生がめちゃくちゃになっていいはずがない。
今日の昼休み、本当は体育館裏で、慧人を突き放すつもりだった。
適当な理由をつけて「二度と声をかけてくるな」と言う覚悟をしていた。
岡部の遺体が見つからない保証なんてない。
だから、俺たちの接点は誰にも知られない方がいいのだ。
頭ではわかっている。
なのに慧人を前にしたら、用意していた冷たい言葉が喉の奥に引っ込んだ。
あろうことか、「友達になってくれ」と言ってしまったのだ。
――俺はバカだ。
親しくなるつもりなんてなかったじゃないか。
だけど、あの状況で突き放すなんてできなかった。
「チッ……」
自分の意志の弱さに苛立ち、舌打ちする。
その瞬間、前から歩いてきた男と肩がぶつかった。
いや、わざとぶつかられたんだ。
「どこ見て歩いてんだ」
金髪坊主の男が俺を睨む。日に焼けたその体は筋骨隆々だ。
「あ?」
無視して通り過ぎればいいものを、足を止めて返事をしてしまった。
視線が絡み合う。
「テメェ、なにガンくれてんだよ」
男が一歩俺へ歩み寄った。
「そっちがぶつかってきたんだろうが」
俺も負けじと啖呵を切る。
「んだと? やんのかコラ?」
「はっ、ちょうどいい。俺は今むしゃくしゃしてんだ」
俺はにやりと口角を上げた。
相手が俺の顔を目掛けて殴りかかってきた。
それをさらりとかわして、思い切り腹を蹴り飛ばす。
「ぐわっ!」
金髪坊主の体が宙を舞い、地面に倒れた。
たった一撃で伸びてしまったようだ。
「フン、口ほどにもねぇな」
喧嘩を売ってくるぐらいだから、もう少しできるかと思ったのに。
俺はポケットに手を突っ込んで歩き出した。
慧人と仲良くなりたい。
だけど、遺体が見つかったときのことを考えると、俺たちは親密じゃないほうがいい。
やっぱり突き放すのが正解なのだろう。
クソ。あの岡部のことさえなければ、何も気にせず慧人と仲良くできるのに。
慧人の顔を思い出したら、口の中に昼の紅茶の味が蘇った。
思わず唇を舐める。
……間接キスしてしまった。
胸の奥が甘く痺れる。
ビルのガラスに映った自分の顔を見た。
まるでのぼせたように赤い。
昔もそうだったように、慧人は俺を素直に受け入れてくれる。
俺の渡したメロンパンを食べ、飲み物を飲んだ。
他の人間はいつも俺との間に壁を作る。
慧人にはその壁がない。
それどころか、普段はクールなのに、俺の前では少しだけ無防備になる。
だから俺は、自分が特別なんじゃないかと思ってしまう。
前からカップルが歩いてきた。
腕を組んで楽しそうに何かを囁き合っている。
いいな、俺もあんな風に慧人と歩けたらいいのに……。
そう思いながらぼんやり眺めた。
俺の視線に気づいた男が「ごめんなさいっ」と謝り、逃げるように角を曲がった。
……んだよ、何も言ってねぇってのに。
優しい慧人は、俺の気持ちを知ったら受け入れてくれるかもしれない。
俺たちは恋人同士になれるかも……。
いや、それは俺の勝手な妄想だ。
慧人の気持ちは昔と変わらない単なる友情だろう。
……でも慧人も俺と同じ気持ちだったら?
確かめてみたいという気持ちが湧き起こる。
しかし、今後のことを考えるとそれはまずい。
親しくなればなるほど、”最悪の事態”が起きたとき俺も慧人も苦しくなる。
だからこそ、俺の恋心を慧人に悟られてはいけない。
慧人のためなら俺は何だってできるんだ。
