再会した幼なじみが、怖い不良になっていた

 進学塾の自動ドアを出ると、むわっとした熱気が肌にまとわりついた。
 日は暮れたのに、外の空気はちっとも涼しくなっていない。

 冷房で芯まで冷え切った身体がゆっくりと暑さに馴染んでいく。

「あーあ、明日も一限目から小テストかぁ。勉強ばっかでつまんねぇ」

 隣を歩く佐野拓海が口を尖らせた。

「全く。嫌になるよね」

「そう言いながら、新堂はいつも余裕じゃん」

 コンビニの横を通ったとき、視線を感じてそちらを見た。

 店の前で一人の男が煙草を吸っている。ツナギを着て、頭にタオルを巻いた体の大きな男。
 その姿を見た途端、俺の心臓が、大きく跳ねた。

 彼の切れ長な目が俺を見ている。
 
 熊澤は無表情のまま視線を逸らせた。
 気だるそうに片手をポケットに入れて、煙を吐き出す。

 俺の視線を追った佐野が呟く。
 
「あれって、E組の熊澤じゃねぇ?」

 そう、同じ学校の熊澤豪だ。
 高身長で屈強な肉体。あんな男はなかなかいない。
 知らない人が見たら高校生だとは思わないだろう。それぐらい彼の風貌には貫禄がある。

「そうだね」

 煙草を吸っているところを目撃してしまった。

 やっぱり彼は不良なんだ……。

 反射的に俺は下を向いた。でも、思い直してもう一度熊澤を見る。
 
「注意なんてするなよ、生徒会長。関わると面倒だ」
 
「わかってるよ」

 行こうぜ、と歩き出した佐野を追いかける。
 
「いいよな、普通科の奴らは気楽で。受験なんて関係ないんだから」

 佐野は鼻をフンと鳴らした。

「……そうかな」

 足を止め、ちらりと熊澤を振り返る。

 彼はこちらを気にすることなく、煙草を吸いながらスマホを見ている。

 小さい頃、よく一緒に公園で遊んだ幼なじみがいた。
 
「チビは砂場から出ていけ! 俺たちが使うんだよ」
 
 内気で小柄だった俺はいじめっ子たちにたびたび遊び場所を奪われていた。

 そんなとき、助けてくれたのが”豪くん”だ。
 豪は同じ学年の子より頭一つどころか二つくらい大きい。
 力が強くて、町内のちびっこ相撲大会では年上の子たちに勝って優勝した。
 
「おい、砂場は俺たちが先に使ってただろ!」
 
 いじめっ子は豪に睨まれただけで一目散に逃げだした。
 
「ひぃ、松本豪だっ。逃げろ」
 
 二人きりになると豪は俺の隣にしゃがみ込んで、黙って砂の山を作るのを手伝った。
 彼は強さを鼻にかけることがなかった。口数は少なかったけれど、俺には優しい奴だった。
 
 豪といると俺はとても安心できた。
 彼が隣にいるだけで、怖いものなんて何もないような気がした。

 けれどある日を境に、豪は公園に来なくなった。
 遠くへ引っ越してしまったのだ。
 
 俺はまたいつか会えたらいいなと思っていた。
 
 高校に入学して、廊下で熊澤豪を見かけた瞬間、衝撃を感じた。
 名字が違うものの、幼なじみの”豪くん”なんじゃないかと思ったのだ。

 しかし話しかけることはできなかった。
 
 熊澤は、学校中の誰もが恐れる存在だった。
 長身で筋肉質、長い前髪から覗く冷たい目でいつも人を睨むように見下ろしている。
 
 目が合っただけで半殺しにされる。
 キレると何をするかわからない。

 とにかく関わるなと、噂されていた。
 
 彼は変わってしまったのだろうか。
 いや、そんなはずはない。
 
 豪は昔から体が大きくて、周りには怖がられていた。
 でも、俺には優しかった。
 
 しかし熊澤が俺の知る”豪くん”だという確証はなかった。
 
 迂闊に声をかけて違った場合、ただでは済まないだろう。
 
 そう思うと、似ている気がした熊澤の横顔は”豪くん”とは全く別人なようにも思える。
 そもそも髪が長くて、よく顔が見えないのだ。

 クラスは違うけど、校内ですれ違うことは日常的にあった。

 俺は勇気を出して熊澤の顔をなるべくじっと見つめる。
 
 熊澤がこちらを見てくれるのを期待した。
 もしも彼が豪くんなら、目が合えば俺のことを思い出してくれるような気がするから。

 けれど、熊澤は俺が近づくと決まって顔を背けてしまうのだ。

 それがどういう意味なのか、俺にはわからない。
 ただ、拒絶されたような寂しい気分になった。

 熊澤が幼なじみの豪だという確証はどこにもない。
 思い切って声をかけても、全くの別人という可能性だってある。

 仲良しだった豪くんは、熊澤豪じゃないく松本豪だから。
 
 全ては俺の勝手な思い込みかもしれない……。
 
 それでも俺は諦めきれなかった。熊澤がいるとつい目で追ってしまう。
 
 ――俺は豪くん以上に心を開ける人間と出会ったことがないから。
 
「……どうしたんだよ。帰ろうぜ」

 なかなか歩き出そうとしない俺に、佐野が痺れを切らした。

「ああ」
 
 それでも俺は、もう一度振り返る。

 熊澤の長い前髪が揺れていた。

 まるで、慌てて顔を背けたように見えた。