あっという間に1時間が経った。
伊緒さんが捻くれているせいで、王道ヒロインのリリカはどんどんいじけてモブ扱いされていった。その代わり、リリカのライバルのツンデレヒロイン、ミリアはぐんぐん親密度が上がっていった。
リリカをちょっとでも気にかけるとミリアの親密度は一気に下がる。ピーキーなキャラだから難易度は一番高いんだけど、誰とも仲良くしないという選択を取り続ける伊緒さんにミリアの好感度は爆上がりしている。
このままじゃ、俺の見たかったエンディングを見るなんて不可能だ。
「だんだん操作が分かってきたわ」
そう呟く伊緒さんの横で、俺はため息をつく。
「でも、さっきの戦闘でリリカにダメージ与えすぎて撤退させちゃったよ……」
「一人くらい撤退しても、結果的には勝利したからいいじゃない」
「ダメだよ! 撤退させたら好感度がガタ落ちして、親密度上げるのが難しくなっちゃうんだから!」
「うるさいな。人にやってもらってるくせに文句言わないでよ」
「俺だって、自分の体でできるなら自分でやってるよ!」
思わず、この下手くそ! と怒鳴りつけたくなってしまう。
だけど、伊緒さんがいなかったらゲームがクリアできないのも事実だ。
怒りを必死で堪え、「ごめん……」と謝ろうとした時だった。
「だいたいこのヒロイン、主役のくせに一番弱くて精神も未熟よね。結局ヒーローに助けられるのを待ってるただのお姫様って感じ。やる気がないならチームから出ていってほしい。すぐ泣くし、うざいわ」
伊緒さんがつまらなそうにため息をついた。
「ぐっ……!」
俺は奥歯を噛みしめた。
危ねえ。俺のお気に入りのヒロインをここまでボロクソに言われて堪忍袋の緒が切れそうになったけど、根性で堪えた!
「男って結局こういう女が好きなんだよね。可愛こぶって綺麗事並べているだけで何の役にも立たないくせにチームの真ん中でもてはやされてるなんて私は納得いかないけど。シナリオもセリフもテンプレだし、全然面白くない」
「ぐ、おおおおお……!」
ダメだ、耐えろ! 必死で自分に言い聞かせるが、そんな俺の目の前でリリカがまた撤退寸前の体力になってしまった。
「伊緒さん、かばうのコマンド使って! リリカが死んじゃうよ!」
「いいわ、こんな足手まとい。敵の攻撃をこの子に受けてもらって、相手の1ターン消費させちゃえばこっちの有利に……」
「バカヤロウ!! そんなに簡単に命を捨てさせるな!!」
俺は伊緒さんの指の上に透明な指を重ね、コントローラーを握った。
「リリカは、今は未熟だけどストーリーを積み重ねていくとどんどん成長して強くなるんだよ!! 彼女だって大切な戦力なんだ! たかがゲームかもしれないけど、この子たちは必死で生きてんだ! 命を雑に扱うな!」
俺の魂の叫びが広すぎる部屋にこだました。
その直後、反動のように静けさが広がる。
「あ……」
ふと気がつくと、俺は伊緒さんに後ろからハグしているような重なり方をしていた。俺の手が彼女の両手を包み込んで、俺の胸が彼女の背中にくっついて、顔と顔がめちゃくちゃ近くにあった。
……ヤバい。伊緒さんの顔が真っ赤だ。
そして、手が震えている。
これはもしかして──大激怒しているかもしれない。
「ご、ごめん!!」
実際に触ったわけじゃないけど、俺はすぐに飛び退いた。
彼女は俺に背中を向けたまま、ボソッと呟く。
「熱くなりすぎよ。たかがゲームで……バカみたい」
「すみませんでした……」
「帰って」
冷たい声だった。いつも伊緒さんは冷たいけど、さらにマイナス何百度もある、これより低い温度は存在しないと言われている絶対零度よりも冷たい数値を俺の計測器が叩き出していた。
「う、うん」
無言の圧力でデータをセーブし、ゲームを片付ける伊緒さんに俺はもう一度「ごめんね」と言い残して彼女の部屋を出た。
……やってしまった。
ついエキサイトして、伊緒さんを怒らせてしまった。
伊緒さんを楽しませて賭けに勝たなくちゃいけないのに、喧嘩してどうするんだよ。
「でも、伊緒さんの方もリリカのことボロクソに言ってたしな」
反省はしつつ、ちょっぴりそう思う。
俺の大事なリリカを傷つけ、あそこまで雑に扱ったのはやっぱりひどい。伊緒さんからは人間としての情が全く感じられなかった。
あんな人を楽しませるなんて、俺にできるのか?
「先が思いやられるな……」
振り返って見上げたタワーマンションの窓は鉄壁の要塞みたいに、隙のない隊列で透明な俺を見下ろしていた。


