死にたがりの君に捧げる10の約束


 やがて伊緒さんは俺を連れて超高層マンションが立ち並ぶ住宅街へとやってきた。
「まさか、ここ?」
「そう。24階」

 住人の共通スペースと思われる公園みたいな広場を抜け、ここだけで車何台駐車できるんだよっていうスペースがあるエントランスにやってきた彼女は、指紋認証のプレートに親指を押し付けてロックを解除し、中扉の奥のエレベーターへと移動した。

「伊緒さんてもしかして……お嬢様?」
「別に。普通」

 いや、普通じゃない。普通っていうのは俺みたいな家のことを言うんだ。
 伊緒さん、感情だけじゃなくて常識もぶっ飛んでんな。




「お邪魔しまーす」
 
 伊緒さんの後について、彼女のお宅にお邪魔した。
 女子の家に入るのは初めてだ。心臓なんてないのにドキドキする。
 
 ツルツルした硬い床の廊下の先には、壁の一面が全部窓みたいなリビングが現れた。パノラマで見渡せる街の夜景の大迫力に、俺は思わず「ひえええ」と息を漏らした。白い木目のフローリングには高級そうなラグが敷かれ、壁には立派な額縁の絵や骨董品が飾られている。
 部屋の中央には革張りの大きなソファー。そして、そのソファーの正面には壁に嵌め込まれたようなでかいテレビ。これは何インチあるんだろうか。電気屋でしか見たことのないサイズだ。
 
 俺は確信する。
 やっぱり伊緒さんは超がつくほどのお嬢様だ!

「あの……伊緒さま」
「何? 気持ち悪い」

 急に態度が召使い風になった俺に、彼女は冷たい視線を浴びせる。その偉そうな態度も頷けるよ、この背景なら。

「ご両親は何をされている方なんですか?」
「父は個人で起ちあげた貿易会社の社長。海外にいることが多くて家にはほとんどいない。母はどうせお気に入りのホストのところね。最近たまにしか会わないの。私が学校に行ったあとで朝帰りしてくるから生活サイクルが合わなくて」

 伊緒さんは淡々としている。冗談とかではなさそうだ。

「じゃあ、伊緒さんはここにほとんど一人で……?」
「可哀想だとかくだらないこと言わないでね。それはあなたの価値観だから」
「いや、なんか……住む世界が違いすぎてどう言ったらいいのか分かんない」

 最初は豪華なリビングにテンションが上がったけど、伊緒さんがひとりで使うにはこの部屋は広すぎる。窓に映る彼女の姿は果てしない宇宙の中にポツリと浮かぶ孤独な月のようだ。


「それでいいの。余計なことを考えないで。さっさとゲームを終わらせましょ。配線がわかんないんだけど、どこを繋げばいいの?」


 伊緒さんがゲーム機を持って途方に暮れているのを見て、俺はふと我に返った。

「このデカいテレビでゲームするの? なんか恥ずかしいなー!」
「大丈夫。この窓、マジックミラーで外からは中の様子が見えないの」
「24階の高さじゃどうせ誰も覗いたりできないだろ!」

 言い合っていても仕方がないので配線を指示する。
 やがて、ほぼホームシアターのような大きさの画面で、俺の持ってきたゲーム『スペースガールズ大戦〜戦場に咲いた花たちへ〜』が始まった。

 アニメ画の女子が歌い踊るオープニングを冷めた瞳で見つめる伊緒さん。これは……予想以上に恥ずかしいぞ!


「何これ。どういうゲーム?」
 伊緒さんがいつもよりクールな瞳で呟く。

「恋愛育成シミュレーションとロボット同士のコマンドバトルが合体したSRPG……かな」
「全く分かんないわ」
「伊緒さんは分かんなくていいの! 俺がやりたいんだから、伊緒さんは俺の言う通りに操作して!」
 
 とはいえ、ゲームの設定くらいは伊緒さんに説明した方がいいだろう。

 このゲームは、宇宙の彼方から襲来してきた謎の宇宙生命体から地球を守るため、戦闘員として選ばれた5人のヒロインの女の子たちとロボットを操ってバトルする戦闘シミュレーションゲームだ。ターン制のコマンドバトルで作戦を考えるのも楽しいけど、なんといってもこのゲームの醍醐味は5人の個性溢れるヒロインとの恋愛が楽しめるところにある。

 元気で可愛い王道ヒロインから、そのライバルでちょっと高飛車なツンデレヒロイン、妹系、不思議系、ボーイッシュ系と様々なタイプの女子を落としていく過程がとにかく面白い。親密度を高めればそれだけ戦闘力も上がり、特別な合体必殺技なんかも使えるようになってオリジナルムービーが楽しめる仕様。ラストにはもちろん、それぞれのヒロインとのマルチエンディングが待っている。

 楽しみは最後にとっておくタイプの俺は、王道ヒロイン以外のエンディングはすでに見てしまっていた。残るは彼女とのラストバトルと、他のヒロインとの悲しい別れが待つシーンだけだ。

 残酷なシナリオだが、俺に選ばれなかったヒロインたちはラストバトルを前に敵と相討ちになったり俺たちがラスボスへ辿り着くための時間稼ぎで犠牲になったりして次々と死んでいくことになる。
 
 最後は俺とヒロインの愛の力で奇跡を起こし、全員蘇ることになるのは分かっているんだけど、それでも一度は愛した子たちが死んでいく姿を見るのは辛いものだ。

 このまま王道ヒロインとのエンディングも見られず、他のヒロインたちが死んでも復活させてあげられないままじゃ死んでも死にきれない。というわけで死ぬまでにしたいことリストに入れさせてもらった。

「くっだらない」

 伊緒さんはそれを聞いて一言そう吐き捨てたけど、俺は真剣だ。


「伊緒さんも最初からプレイしたら分かるよ。すげえ泣けるんだから」
「あっそ」

 絶対泣かなそうな顔をして、伊緒さんがコントローラーを握る。

「ラスボスの本拠地に行く手前でセーブしてあるから、順調にいけばあと2時間以内には全部クリアできるはずだよ。戦闘はターン制だから落ち着いて正しいボタンを押せばいける!」

「はいはい。どのボタン?」

 と言いながら、伊緒さんは適当にボタンを押してメニューボタンを開いてしまう。セーブかロードかデータ消去を選ぶ画面だ。

「左手の上下のボタンで選択して、右手の丸ボタンで決定。ロード押してね」
「これね」

 伊緒さんはボタンを連打して行きすぎ、データ消去を選んでしまった。
「待って、それはだめ!」
「えっ?」
 本当に消去しますか? ってゲームが確認してくれたにも関わらず、伊緒さんは連打して決定してしまった。

「ぐああああああ!!」

 俺の30時間のセーブデータが一気に消えた。それと同時に、俺の魂が一瞬天に召しかけた。

「伊緒さああああん!! 何やってんだよーー!!」
「ダメね、このゲーム。さっぱり分かんない」

 最初からやり直しになったゲームをわけが分からないまま進めていく伊緒さん。もしかして、ゲームをしたことがない?
 伊緒さんにやらせた俺がバカだった。
 主人公の名前入力もトモヤじゃなくイオにしてしまったので、可愛い女の子が「トモヤさん……♡」って微笑んでくれたシーンも「イオさん……♡」に変わって没入感がすっかり遠のいた。

『イオさん、一緒に戦闘訓練してくれる?』 

 王道ヒロインのリリカが頬を染めながら誘ってくれているシーンも、会話選択で親密度が変わるから重要なのに、

『一人でやるからいい』

 を選択して彼女を『そう……残念』と凹ませてしまった。

「そこは『もちろん、喜んで!』を選ぶべきだろ!」
「は? だって一人の方が気楽じゃない」
「伊緒さんはそうだろうけど、この主人公は女の子を思いやるいい奴なの! 頼まれたことは必ずやり遂げる、責任感のあるリーダーなんだよ!」
「私、そうやってみんなにいい顔する奴、嫌い」

 伊緒さんはどんなにいい奴でも嫌いって言いそうだ。
 彼女の難易度が一番高いぞ。