死にたがりの君に捧げる10の約束


 ◇


 死神Kは異界の遊園地のティーカップに乗って、クルクル回りながら器用にタバコに火をつける。俺は彼の正面に座ってそれを見ていた。
 Kに会いたいと思うと、俺はいつでもここに戻ってこられる。ここが何なのかはよく分からないけど、Kのお気に入りの場所なんだろう。
 ハードボイルドな見た目のわりにはお茶目なところがあると思う。

「死ぬまでにしたい10のことリストね……。ま、良いんじゃねえの?」

 伊緒さんとの賭けをすると決めたことをKに話すと、彼は気怠げにそう言った。
「お前の命だ。残りをどう使おうとお前の勝手だ。ま、気が済んだらどちらかを狩ってやるから俺に言えよ」
「……うん」
「しかしお前、意外とやるよな」
「え?」
「勝率ゼロパーセントみたいな賭けじゃねえの? あっちが実際楽しんでても、楽しくなかったって言われたらそれで終わりだろ。圧倒的に不利な賭けだ」
「……うん」
「そうやって油断させておいて、賭けをさせること自体には成功したんだから大したもんだぜ。あとは仲良くなって向こうがちょっと心を開いたらもう一度頼み込んで魂を奪う──って作戦か?」

 俺はびっくりして首を激しく振った。

「そんな騙し討ちみたいな卑怯なこと考えてないよ! 伊緒さんがつまんなかったって言えば素直に俺が死ぬ。俺はただ……最悪この世界から消えても後悔しないように、最後まで一生懸命生きたいだけだよ」

 誰かに死ねとも、自分で死ぬとも言えない俺は、運を天に任せるしかなかった。
 俺の生死を、伊緒さんに決めてもらうしかないって、そう思ったんだ。
 そして、どうせだったら自分のやりたかったことを終わらせてからがいい。
 これでも充分わがままだと思っている。

「こんなに早く復活を諦めちまうなんてな。お前の母ちゃん、悲しむだろうな」
「まだ完全に諦めたわけじゃないってば。勝率0.1パーセントくらいの望みはあるよ」

 俺は少しだけ笑みを作った。

「ほんの少しの望みがあるだけでも……不思議と怖くなくなる。今はちょっと、ワクワクしてるよ。とにかく夢中になって全力で楽しまなくちゃ。本気を出さなきゃ、伊緒さんにも楽しさが伝わらない」

「全力で楽しむ、か」
 Kがタバコを燻(くゆ)らせながら俺を見た。
 
「じゃあ聞くが──もしあの子が死ぬことになっても、お前は本当に後悔しないか?」
「それは……」

 どうだろう。
 正直、どうなるか分からない。
 俺の代わりに死んでもらうんだ。胸が痛まないわけはないと思う。
 でも、伊緒さんはきっと俺のために死にたいわけじゃない。
 自分の意志で死にたいからそれを選ぶんだと思う。
 それは、俺にも止められない。
 俺の価値観で、伊緒さんは縛れない。

「伊緒さんがどうするかは、伊緒さんが決めることだから……」
「あんまりあの子のことを好きになるなよ。あとで辛くなるぞ」
「は……?」

 Kの言葉に俺は一瞬ポカンとしてから、思わず笑ってしまった。

「大丈夫だよ。あの子、全然俺の好みのタイプじゃない」
「あ。フラグおっ立てやがった」
「やめてよ。そういうこと言われると意識しちゃうだろ」

 俺は手で顔をパタパタと煽いで、からかう死神の乗るティーカップから降りた。
 そろそろ放課後だ。
 伊緒さんをうちに連れて行かないと。



 ◇



「さっきから、失礼じゃない?」

 隣を歩く伊緒さんが苦言を呈する。
 彼女を自分の家まで案内する道すがらに、彼女はもう違和感に気づいたらしい。
 
「何が?」
「どうして私の方を見ないの? 話している人の顔を見ないなんて失礼よ」
「それ伊緒さんが言う?」

 いつもは俺のことなんてまるで無視している人には言われたくない。
 多分、俺が露骨に伊緒さんを見ようとしないことに気づいて気持ち悪くなったんだろうけど。

「久しぶりに家に戻るからソワソワしてるだけだよ」
 俺はそう言ってごまかした。

 まったくもう。Kが余計なことを言うからだ。
 俺は素直だから、好きになるななんて言われたら好きにならないように意識してしまう。
 それに、また余計なことに気がついてしまったんだけど、伊緒さんは可愛くない態度を取ってはいるが決して可愛くないわけじゃない。
 黙っていれば美人だし、着飾ってメイクでもすればとんでもなく化けるポテンシャルを持っていると思う。
 
 危ない。そうやって、また意識してしまうところだった。

「あ、あれだよ。俺の家」
 心臓破りの坂の上。白壁の見慣れた二階建て家屋が見えてきたのをいいことに、俺は少し駆け足になった。



 そういえば、自分の家の呼び鈴を鳴らしたことってあんまりないなって。
 伊緒さんが俺の家の前でやった行動について、しみじみと思った。
 
 母さんは午前中仕事に出て、夕方ごろに一度戻ってきて早めの夕飯を食べてから夜の仕事にも出かけるようになった。
 俺の入院費を少しでも稼ぐためだ。
 この時間だったらちょうど家にいるはず。
 もうアラフィフだっていうのに、深夜にビルの清掃なんてさせて本当に申し訳ない。無理して体を壊さないようにするのだけは気をつけてほしい、なんて思っているとドアが開いた。

「あら!」
 伊緒さんを見て、母さんは目を丸くした。何故かちょっと嬉しそうだ。

「突然すみません。藤牧くんが事故に遭われたと聞きまして、以前彼が貸してくれると言っていたゲームを猛烈にやりたくなったんですが、貸してもらえないでしょうか」

 伊緒さんは俺が考えた言い訳をロボットみたいに正確に、抑揚もなく言葉に変換した。

「ええっ? 倫也があなたにゲームを? やだ、そんなに仲のいい女の子がいたなんて初耳なんだけどー!」
「仲は別によくありません」
「余計なこと言わなくていいんだよ。早く借りて!」
「余計なことでした。では失礼します」
「えっ? あ、あの?」

 戸惑う母さんの横を通り過ぎて、伊緒さんは俺の家の中に入ってくる。案内しているのは俺なんだけど、もうちょっと遠慮して? と言いたくなる強引さ。

 まるで脱税している犯人の家に査察に入る国税局員みたいだ。