死にたがりの君に捧げる10の約束



「……声なんてかけなきゃ良かった」

 伊緒さんは俺の隣でボソッと呟いた。
 彼女の手には俺が考えたやりたいことリストが書かれた紙が握られていた。

 彼女と出会った翌日の昼だ。
 俺たちは彼女の通う高校の屋上にいた。幽体とは便利なもので、行きたいと思ったところに飛んでいくことができる。ナビもなしでひとっ飛びだ。

 彼女は俺が通っている公立の宮藤(くどう)高校ではなく、三谷(みたに)学園という私立校の生徒だった。ここには初めて来たんだけど、校舎は綺麗でデザインもかっこいいし、制服も俺の高校のブレザーよりジャケットの丈が短くてオシャレに見えるから羨ましい。
 本当は俺もこっちに通いたかったんだけど、親から死ぬ気で公立に行け! と言われて今の高校を受験させられたという苦い思い出がある。

 そんなことはさておき。

 昨日の夕方、俺は彼女に死ぬまでにやりたいことを書いてと言われた。でもよく考えたら俺は紙とペンを持てない体だから、当然文字を書くこともできない。
 それで、今日、改めて待ち合わせをして、俺が考えてきたリストを彼女自身に書いてもらうことにした。
 ひとつひとつ伝えていくうちに彼女の表情は曇り始め、ペンを持つ手が震え始めた。そして書き上げた途端にこの一言だ。
 
「こんなくだらないことがあなたのやりたいこと?」
「ダメ? 一晩中考えたんだけど」
「呆れた。死にかけてる人だから、もっとマシなことを考えるかと思ったのに」

 彼女は無表情のままため息をつく。
 俺が考えたリストは、とりあえず以下の7項目だ。

・絶叫コースターに乗る
・カラオケで100点出す
・オシャレをして街を歩く
・めちゃくちゃ高いパフェを食べる
・やりかけのゲームをクリアする
・一人焼肉で腹いっぱい食う
・見たことがない映画を見る

「あとの3項目はまだ考え中ってことで」
「あなた、本当にやる気あるの?」
「むしろやる気しかない。実行するのが楽しみだね、伊緒さん」
「は……?」

 伊緒さんはリストに落としていた目をこっちに向けた。

「実行って何? 私はただリストを考えてって言っただけなんだけど」
「せっかくだから実行させてよ! 考えているうちに後悔してきちゃったんだ。まだこんなにもやり残したことがあるってさ。本当は世界旅行とか書きたかったけど、ちゃんと伊緒さんでもできそうなことにしておいたからね」
「あっそ」

 伊緒さんは一瞬聞き流そうとした後で「え?」と目を剥いた。

「まさか私がやるの?」
「当たり前でしょ。だって俺、紙とペンさえ持てない体なんだよ? どうやって実行するんだよ。伊緒さんに協力してもらうしかないじゃん」
「は?」

 伊緒さんはピクリと眉毛を動かした。

「私がやるなんて、そんなつもりで言ってない。実行なんて冗談じゃない、こんなリスト何ひとつ興味持てない」
「やってみたら意外と面白いかもしれないだろ⁉︎」

 お願いします! と俺は屋上のコンクリートに頭を半分めり込ませながら頼み込んだ。

「どうせ死ぬなら、やりたいことやってから死にたいんだ」
「知らないよ、どうでもいい」
「これを書いたら、話を聞いてくれるって約束したよね?」
「聞くだけだってば。実行するのとは意味が違うでしょ」

「じゃあ、賭けをしてくれない?」

 土下座をしたまま、俺はぎゅっと目を閉じた。

「もしもこのリストを実行しても、最後まで伊緒さんがつまんないままだったら、俺は素直に成仏してもう二度と君の前に現れないって約束する。でも、もしこのうちのひとつだけでも伊緒さんを楽しませることができたら……俺の頼みを聞いて」
「あなたの頼み?」
「俺の代わりに……死んで欲しいんだ」

 馬鹿げた頼み。こんな酷い願い、聞いてくれるはずがないと思いながらも、もしかしたらとダメ元で言ってみた。

 土下座したまま、俺はずっと息を止めていた。
 どれくらいそうしていただろうか。
 伊緒さんがいるのかいないのか不安になってきた頃、頭上から声がした。

「そういう情に訴える頼み方、本当に嫌い」

 ゆっくり顔を上げると、いつもよりややドン引きした表情の彼女がいた。
 やっぱりダメか。
 そう思ったときだ。

「でも、その賭けはちょっと面白い。この下らないリストを実行し終えたら、私かあなたのどっちかが死ぬってことね」
 いいよ、と呆気なく彼女に言われて、俺は思わず立ち上がった。

「いいの……?」
「勘違いしないでよね。別にあなたが可哀想になったわけじゃないから」
「伊緒さん、死んじゃうかもしれないんだよ? それなのに、本当にいいの?」
「しつこい。こんなリスト実行したところで、楽しいわけないでしょ」

 彼女は冷めた瞳をしていた。

「さっさと終わらせて、早く私の前から消えてほしいからやるの」
「……うん!」

 諦めかけていた蜘蛛の糸が、再び俺の目の前にぶら下がってきた。
 伊緒さんがどこまで本気なのか分からないけど、これが正真正銘のラストチャンスだ。
 俺はさっそく伊緒さんの持っているリストから一つの項目を選んだ。

「じゃあ、これからやろうかな。『やりかけのゲームをクリアする』!」
「……それ、一番下らないと思ったやつだわ」

 彼女は早くもうんざりした気配だ。

「大丈夫。もうラストステージに突入してるから、ゴールは目の前だよ。やり方を教えるから、今日の放課後に俺の家に来て。ゲーム機ごと貸してあげる」


 俺がそう言うと、彼女は心底嫌そうに「……は?」と呟いた。