死にたがりの君に捧げる10の約束



 伊緒さんと並んで歩く、月明かりの下。
 俺の心は満たされていた。全てをやり切った幸福感と感動が全身を包んでいた。体はないから、あくまでただの比喩だ。

 俺たちの足は、二人が初めて出会った歩道橋に自然と向かっていた。階段を上がり、ビルの谷間に流れるヘッドライトの川を歩道橋の上から見下ろす。

 あの日あの時、俺はこの橋の上から絶望を見ていた。
 俺が見える人間なんていないって。もう死ぬしかないんだって思ってた。
 でもいま見える景色はなんて美しいんだ。
 月と、街の灯りと、目の前には可愛い伊緒さん。これ以上他に、何も要らない。
 
「最後は、何?」

 伊緒さんは可愛いピンクの髪を風に揺らしながら、俺の顔を見た。
「最後は……ほんの一瞬で終わる」
「え?」
「伊緒さん、今まで俺に付き合ってくれて、ありがとう!」

 俺は全力の笑顔を見せた。
 伊緒さんは目を丸くさせた。

「……それだけ?」

 長い沈黙の後で、伊緒さんが拍子抜けしたように呟いた。
「うん! 今まで付き合ってくれた伊緒さんに笑顔でお礼を言いたかったんだ。これは最後じゃなきゃできないだろ?」
「何よ、もったいぶって。そんなの……いつでも」

 伊緒さんの瞳がキラキラし始めたと思ったら、大粒の涙が目の端に盛り上がった。

「私の方こそ、ありがと」
 彼女は俺から目を逸らさずにそう言った。
 
「この一ヶ月……あなたのおかげで生まれ変わったような日々だった。私の知らなかったことを……生きる意味を教えてくれて、ありがと」

 素直になった伊緒さんは今までで一番可愛かった。
 俺は喉にせり上がってきた熱いものをぐっと飲み込んだ。

「やめて。泣かさないで。せっかく我慢してるんだから」
「我慢しなさいよ。せっかく最後くらいは素直になってあげようとしてるんだから」
 
 伊緒さんはそう言って不自然な笑みを浮かべた。
 ローマの休日のラストシーンでアン王女が見せた笑い方にそっくりだった。
 俺のために悲しみを隠す優しい笑顔だ。

「じゃあ俺も、素直になるよ」

 俺も同じように不器用に笑いながら、伊緒さんを愛しく見つめた。

「伊緒さんのこと、最初はすごく無表情だし可愛くないと思っていた。こんな感情のない子にリストを実行してもらっても楽しめるかどうかめっちゃ不安だった」
「否定はしないけど」
 伊緒さんは苦笑いする。

「だけど……今は伊緒さんと出会えて、すごく感謝してる。感謝しかない。本当に毎日楽しくて、伊緒さんに会うのが楽しみで仕方なかった。一日でも長く生きて、伊緒さんと一緒にいられたらいいなって……」

 伊緒さんが透明な俺の体に抱きついた。感触はなかったけど、確かに伊緒さんの想いを感じた。

「そっちこそ、泣かさないで」
「ごめん」

 俺は闇に消えそうな手で彼女を抱きしめた。
 悲しみじゃない、あたたかい涙が溢れてくる。
 我慢していたのに。伊緒さんの意地悪。
 こんなことをされたら、涙腺崩壊だよ。

 
「君は、生きてて」

 やっとの思いで俺が呟くと、彼女は大きな瞳で俺を見上げた。そして、緊張で息を止めたのを感じた。

 さよなら、俺の恋した人。


「俺は、伊緒さんが」