死にたがりの君に捧げる10の約束



 きゃああああっ!

 と女性が叫ぶ声が遠くで聞こえる。
 閉じていた目を開けると、そこは遊園地だった。
 自分の真上を後ろ向きに走るジェットコースターが横切る。自分が乗っていないにも関わらず、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の悲鳴を聞いただけで肝が冷える。

 左右前方にはメリーゴーランドとティーカップというオーソドックスで平和的な乗り物が待ち構えていた。どこか懐かしさを感じさせる風景だ。

「何だここ」

 おかしい。
 自分がさっきまでいた場所とは全然違う。遊園地自体も最後に行ったのは小学生の時だ。本当は行きたいと思っていたんだけど、思春期になってからは親と出かけるのが鬱陶しくなって、遊びに連れて行ってほしいなんて自分からは言えなくなって。

 いつものメンツでダラダラとチャリ漕いで、誰かんちでゲームやって、ゲーセン行って、カラオケ行って。バーガー食って。

 そんな普通の高校生活の毎日だったはず。

「そうだよ。おかしいって。高校行かなきゃ。やべ、二度寝しちゃったのかな」
「へー。夢の中だってことは気づいたんだ」

 知らない男の声がして、驚いて振り向くと。
 そこには真っ黒いスーツを着た30代半ばくらいの男が立っていた。


「意外と頭いいじゃん」
「何なんすかあんた……何者?」

 男は青白い顔をして、タバコを咥えていた。見るからに不健康そうだが、顔立ちは整っている。


「死神K」


 気だるげに低音を響かせて、男が言った。
「し……にがみ?」
「藤牧倫也(ふじまきともや)16歳、高校二年生……で合ってる?」


 なんかヤバい。
 本能が逃げ出せと言っている。
 死神と名乗る男からダッシュで逃げ出そうとした瞬間、右手にあったメリーゴーランドから木馬が破壊音と共に飛び出してきて、俺の行く手を塞いだ。
 嘶(いなな)く木馬の背に、死神Kが跨(またが)っている。


「俺から逃げられると思うなよ? 死神ナメんなコラ」




 カウボーイのような投げ縄さばきで、死神Kは俺を捕縛した。

「や、やめろ! 何で俺が!」
「記憶ねえか。まあ、交差点で出会い頭にトラックとぶつかりゃ無理もねえか」
「は……⁉︎」
「ブレーキかけなかったお前も悪いんだぞ。あの下り坂、チャリで爆走すんのが気持ちいいのは分かるけど」

 そう言われて、少しずつ頭の中にその時の光景が蘇った。
 俺の家は心臓破りの坂の上にある。
 毎朝、チャリで学校へ通う時、寝ぼけながらその坂を下っていく。冬は地獄だけど、他の季節だったら風を切って気持ちいい。
 遅刻しそうな時は車の音が近づいてないと耳で判断して、一時停止の確認をせずそのまま通りを突っ切ることもある。

 今日も、多分そうやって。


「運が悪かったなあ。可哀想に。俺にもお前くらいの年の子どもがいるから同情しちゃうわ」
「嘘つけ! あんたそんな歳じゃないだろ。俺のダチの親父は50越えてるぞ」
「メンズエステ行ってんだよ。知ってるか? 小顔矯正。めちゃくちゃ痛ってえの。あれこそ地獄だわ」

 死神ジョークか。笑えない。

「俺……死んだの? ここは地獄……?」
 それにしては楽しそうな光景なんだけど。
 さっきから聞こえる悲鳴がそれっぽいと言えばそれっぽい。ジェットコースターに乗っている人は、その無限ループから脱げ出せない地獄に陥っているのだろうか。

「それなんだけどさ」

 死神Kは急に歯切れが悪くなり、タバコの煙を吐き出した。

「実はお前はまだ、死んでない」
「……は?」
「死ぬのは時間の問題だけどな。意識不明の重体ってやつだ。見てみろ」

 死神Kがスマホを取り出し、画面を見せてくる。
 そこには包帯で頭部を覆われた俺がベッドに横たわる映像が映されていた。

「ちょっと待てよ……なに、この現代的な感じ。やらせ動画みたいで信憑性ねえな! 連れてけよ、ここに!」

 俺は何とか立ち上がってKに迫った。

「肉体に魂が戻れば生き返るはずじゃないか? 解放しろよ!」
「素人はこれだから困る。肉体が回復してねえところに戻ったら激痛に耐えられなくて即死ぬかもしれねえぞ?」
「即……⁉︎」
「あったりまえだ。だからお前は肉体から抜け出して魂だけになってんだろうが」

 Kは意地悪な笑みを浮かべる。

「もっと最悪なことを教えてやろうか。根性で痛みを乗り切ったとしても、しばらくは全然動けねえしつまんねえぞ。隣でダチがエロい雑誌読んでても覗き見もできねえぞ。地獄だぞ〜」

 それは辛そうだ。って、笑い事じゃないんだってば。



「それでも、戻りたいよ。何とかならないのかよ……」
「ダメだな」
「なんで⁉︎」
「俺がめんどくさい。肉体に戻すといつ死んでもおかしくねえ状態になるから、魂を回収し損ねる可能性がある。そうなったらお前はこの世に未練を残す悪霊になって、お前の魂を回収できなかった俺の落ち度になる。つまり、俺の給料が下がる」
「全部あんたの都合⁉︎」
「しょうがねえだろ、こっちは忙しいんだ。お前が死ぬ瞬間までつきっきりじゃいられねえんだよ」

 なんて死神だ。
 悪口を言いたくて地団駄を踏んでいた時、Kのスマホから気になる話が聞こえてきた。

『ひとつ、保護者の方にお伝えしておかなければならないことがありまして』
『はい……?』
『実は、加害者のドライバーが外国人だったんです。しかも無保険のまま運転をしていたようで……通常でしたら相手方の保険会社から賠償金の対応をしてもらって、相手方に医療費や治療費を負担していただくのですが、どうやらそれが難しそうなんです』

 担当医と思われる白衣の男と、俺の母親の会話だ。
 なんか、すごく雲行きが怪しい。

『……と言いますと?』
『お子様の意識はいつ戻るか分かりません。もしもあと数ヶ月もこのような状態が続けば……残念ながら被害者様のご家族に長期の入院費と治療費で数百万のご負担をお願いすることになります』
『えっ⁉︎ うちは被害者なのに⁉︎ そんなの困ります! うち、家のローンがまだ20年あるんですけど……何とかならないんですか⁉︎』

 母親のリアルな声が出た。

『弁護士を雇って加害者と直接交渉をしていただいて、示談金をいただくのがいいかと思うのですが、弁護士にも費用がかかりますので……そこはよくお考えいただき、判断してください』
『そんな……。うちは母子家庭で、正直全然お金ないんです! そんな長い間入院費なんて払えない。どうしよう……もう、倫也のバカ! 意識不明だなんて何やってんのよほんとマジで。最悪!』

「ひっでー母親だな。あはは」
「笑い事じゃねえ!」
 
 これはリアルな問題だ。
 確かに、俺の家は母子家庭だ。俺が五歳の時、マイホームを買った直後に父親が急死して、それ以来母親の女手ひとつで育てられてきた。
 幸い、祖父母が割と裕福だったから今まで普通に不自由なく暮らしてはこれたけど、今後はその祖父母が介護を必要とするようになるだろう。それを考えるとうちの貯蓄額は結構ヤバい。俺の大学費用に残していた金を除けば、ほとんど残らないんじゃないかと思う。

 意識不明の俺の入院費をいつまでも払い続ける経済的な体力は、うちにはない。



『こちらもできる限りの手を尽くして意識の早期回復を試みますが、もしもの時は……いつまでの延命を希望されるか現実的に考えておいてください。では……』

 医師が母親に頭を下げて、病室を出て行こうとする。

「まあ、そういうことだ。諦めようぜ」
 Kが軽く言って、俺の肩を叩いた。その重みで、俺の膝はカクンと折れた。


 ダメか。
 やっぱり死ぬんだ。

 そりゃそうか。二人だけの家族だったのに、今まで親孝行らしいことなんて何もやってこなかったしな。
 まだ若いと思って、くだらないことしかしないで毎日ダラダラ過ごしてた。
 来年辺りから本気出して、大学行きながらバイトもやって、彼女作って、結構イージーモードで人生乗り切れるんじゃないかと思ってた。

 けど、人生はそんなに甘くなかった。

「可哀想だがこれも運命だ。早めに割り切って、母親の負担を軽くしてやれよ」

 Kが項垂れたままの俺をどこかに連れて行こうとする。
 その時だった。


『待ってください……!』
 スマホの中から泣き叫ぶような母親の声がした。


『治療費も入院費も何とかするので……できるだけ長く倫也を生かしていてください!』

 俺はそっと顔を上げた。

『この子の人生、まだこれからなんです……!』
「母……さん」

 俺の目頭が熱くなり、不意に涙がこぼれた。

「なんだ。お前の母ちゃん、結構いい女じゃんか」
 Kがニヤリと笑った。
「うるさいな……」
 涙を拭きたいのに、投げ縄に捕縛されているせいで拭けない。そのうち鼻水まで垂れてくる。

「とはいえ、実際は一ヶ月程度だろうな。なにしろお前は重体だ。生命維持だけで毎日万単位の金が飛ぶだろうよ」
「一ヶ月……」

 俺が延命してもらえるのはあと一ヶ月か。

「俺の肉体にはどのくらいで戻れる?」
「死なないラインだとそれもだいたい一ヶ月くらいかな」
「ギリギリだな……」
「お前、復活するつもりでいるの?」
「当たり前だ。まだ俺、親孝行してないし。先に逝くなんて最大の親不孝だろ」

 それを聞いて、呆れ顔だったKの表情にだんだんと笑みが浮かんだ。

「しょうがねえなあ。お前の母ちゃんに免じて、お前の魂は取らないでおいてやるよ」
「マジで⁉︎」
「ただし、条件がある」

 Kは咥えていたタバコを捨て、急に真面目な口調で言った。


「ノルマがあるんでな。お前の魂を取り損ねる代わりに、別の魂を狩って納めなきゃなんねえんだ。お前の代わりに死んでくれる奴をお前が探して、俺のところに連れて来い」