死にたがりの君に捧げる10の約束



 夕食は俺の行きつけの焼肉屋で食べることにした。
 そこは全国どこにでもあるチェーン店で、特に高級なわけでもない。食べ放題の100分コースがあり、店の名前がついたコースメニューから好きな肉を選んで、好きなだけ食べることができる。

「一人焼肉は初めて?」
「うん」
「じゃんじゃん食べて。俺のおすすめはすき焼きカルビだよ。生卵に潜らせて食べると美味しいんだ」

 一人焼肉は男の俺でもちょっとハードルが高いと思っていたけど、肝の据わっている伊緒さんは涼しい顔でタッチパネルから注文を終えた。
 すぐに一品ずつ時間差で生肉が届く。まずはネギタン塩にレモン汁をかけて。
 
 これが俺にとって人生最後の焼肉かもしれない。
 自分が味わえるわけじゃないけど、味わう気分で焼けていく肉を見つめた。

「ここはあなたにとってどういう場所なの?」
「俺がテストで100点取れた日とか、部活で活躍した日とか、入試に合格した日とか卒業式の日……そういう特別なお祝い事があった時に限って母さんがここに連れてきてくれたんだ。いわば俺の人生のスポットライトみたいなところかな」

 どこかの誰かがビールで乾杯する音が聞こえる。楽しそうな笑い声も。
 ここに来ると母さんもよく笑って、美味しそうにビールを飲んでたっけ。それでいつか俺も大人になったら、子供を連れてきて家族で楽しく焼肉食べるんだって……そういう普通の未来を夢見てた。
 
 ヤバい。またちょっと泣きそうになる。

 伊緒さんが髪を耳にかけ、焼けた肉を上品に食べている。その姿を目に焼き付けて、エモい気分を散らす。可愛い服に焼肉の匂いがついちゃうんじゃないかと心配になりながら。

 伊緒さんともいつか酒を飲む間柄になって、またこういうところでデートしたかった。
 二人で通って、食べ放題の料理をシェアしながら全種類コンプリートするんだ。
 楽しかっただろうな。

 ……って、またしんみりしてどうする。ここは楽しい場所なのに。

「食べられなくて残念そうね」
「うん。でも伊緒さんが食べてるのを見てるだけで満足だよ。お肉美味しい?」
「うん」
「良かった! 気に入ったらまた食べに来てよ。それで……たまには俺のことを思い出してくれると嬉しいな」
 
 伊緒さんはチラッと俺を見た。

「まるでもう死んじゃうような口ぶりね」
「え……」
「私を殺して自分が生き返るっていう賭けはどうなったの? もう諦めたの?」

 伊緒さんにそう言われて、俺は少し返事に困った。

「まだこれでやっと半分だよ。あと3個もリストは空白のままじゃない。私を楽しませてくれるって約束はどうしたの?」
「それは……」

 俺だって、復活をあきらめたくはない。
 だけど、その条件が伊緒さんを殺すことになるなら答えはNOだ。
 
 伊緒さんに死んでほしくない。

「俺は……伊緒さんに」
「あなたのお母さんはどうなるの? あなたがいなくなったらひとりぼっちになるんだよ」

 伊緒さんは俺の返事が分かっていたかのようにそう言った。
 俺はまた返事に困る。
 母さんの笑顔を思い出すと、辛くて息ができなくなる。
 
「……ごめん」
「勝手な人ね。残される人の気持ちも考えずに」
「か、考えてるよ! でも……」

 どうしようもない。
 俺はうつむいて、透明な拳を握りしめた。
 その時だった。


「今日は楽しかった」


 伊緒さんの声に、俺は驚いて顔を上げた。

「絶叫マシンがあんなに楽しいなんて知らなかった。賭けは私の負けね」
「伊緒さん……?」

 伊緒さんは無表情だった。

「聞こえなかったの? 私の負け。あなたは生き残って、また焼肉食べに来なさいよ。復活のお祝いに、お母さんと二人で」
「何言ってるの、伊緒さん」
「私が死んでも悲しむ人なんていないけど、あなたは違う。生き返るのを待ってる家族も、友達もいるんでしょ」
「待ってよ、伊緒──」


「死にたいの」


 伊緒さんがポツリとそう言った。

「あなたといると、苦しいの。だから早く消えてなくなりたい。早くあなたと離れて、楽になりたいの」

 俺は頭の中が真っ白になってしまった。
 分からない。
 伊緒さんの気持ちが分からない。
 本当に死にたいのか、嘘なのか。
 嘘だとしたら、どうして死にたいなんて言うのか。
 伊緒さんの幸せが、何なのか。
 俺にはさっぱり分からない。

「待って。何言ってんの、伊緒さん──そんなの嘘だろ?」
「嘘じゃない。もう満足したのよ私。この世に未練なんてサラサラない」
 伊緒さんは睨むように俺を見た。


「あなたの顔なんてもう見たくない。離れられて、せいせいするわ」

 
 伊緒さんは俺の目の前で、美味しそうに肉を頬張る。
 いつの間にか注文した肉は最後の一枚になっていた。

「全種類行きたかったけど無理ね。もうお腹がいっぱいだわ。残念」
 彼女はトングで、最後の肉を焼く。

「これを食べ終わったら、カラオケいこ」
「え?」
「カラオケで100点出す。その後はオールナイトで映画を見ましょ」

 俺はドキッとした。
 伊緒さんはナプキンで口元を拭き、鏡の前で練習していた笑顔を見せた。
 真っ赤な口紅が取れて、伊緒さんの本来の唇が艶やかに現れる。
 さっきまでの会話が嘘みたいに可愛い笑顔で、彼女が言う。


「今夜でリストを終わらせて、あなたとはさよならする」