「やっべ、やっぱ怖いよー! やめときゃ良かった!」
「霊体のくせにうるさいな」
マシンが動き出す。いきなりスピードが出てアップダウンする中、俺は伊緒さんの手が膝の上にあるのを確認した。
カタカタとローラーの音を立てながら、トロッコが最大の坂道を登っていく。右手にはくすんだ色の海と果てしない秋空だ。ここでしか見られない絶景には違いないけど、堪能する心の余裕はない。
「伊緒さん……!」
「何?」
「手、握ってもいい⁉︎」
「……だめ」
「俺、飛んでっちゃうかもしれない。不安だから、手、握ってもいい⁉︎」
半分本気でお願いしたら、伊緒さんの赤いチークがうつむいた。
「しょうがないな……」
伊緒さんがしぶしぶ手を出してくれたのは、坂のてっぺんに来た時だった。
「おっそ……!」
首が取れそうな勢いで落下しながら、俺は必死で伊緒さんの手を掴んだ。そんなことをしたってどうせ触れないと伊緒さんは思っているだろうけど、俺にも策がある。自分の手に地縛霊シールをこっそり隠し持ち、伊緒さんの手に接着させたのだ。
これでしばらくは伊緒さんと手を繋いでいられる。けど。
「ぎゃああああああ!!」
彼女の手の温もりが〜手汗が〜とかを想像してドキドキする余裕もなく、コースターは容赦ない軌道で何度も横回転し、落ちたり上がったりを繰り返し、俺の目をグルングルンと回転させた。
やっぱりこんなもの、一生に一度でいいや。
「伊緒さん、大丈夫っ⁉︎」
伊緒さんからは絶叫の声がしない。心配になって振り向くと、伊緒さんは口裂け女みたいに静かに笑っていた。
もしかして、楽しんでる⁉︎ っていうか、笑顔が怖い!
こうして、いろんな意味でエキサイティングだった絶叫コースターは160秒の旅を終えた。フラフラしながらおしりと背中のシールを剥がして降りる。コースターが一回転した時、本当に死ぬかと思った。青空が足元にあったから。
「面白かった? 伊緒さん」
「何これ。離れないんだけど」
「あ、うっかり」
伊緒さんと繋いだ手はそのままだった。
「シール貼った? 最低。さっさと剥がして」
「いいじゃん。しばらくすれば自然と剥がれるよ」
伊緒さんはムスッとした顔をする。
「……嫌じゃないの?」
「ん? 何が」
「私なんかと手を繋いで」
ムスッとしたように見えたのは俺の勘違いだった。繋いでない方の手で、伊緒さんが自分の頬を隠す。どうやら恥ずかしがっているようだ。
誰かと手を繋いだことがないのかな。
その初心な反応に俺の方が慌てて、急に恥ずかしくなってきた。
「もちろん、嫌じゃないよ!」
「私はやだ」
「誰にも見えないよ、俺」
「そういう問題じゃないの」
うん。そういう問題じゃないよな。自分でも何を言っているか分かんない。
浮かれすぎてるかな。ヤバい。
だって、幸せすぎるよ。
感触はないけど、あったかい気持ちになる。
「この間のこと、もっと怒ってると思ってた」
伊緒さんは俺の顔を見ずにそう言った。
手を繋いだまま、遊園地の中をあてもなく歩いているときに、ポツリと。
「私のこと、嫌いになったでしょ。もう会いたくないって言うと思ってた。それなのに、なんでそんなにテンション高いの?」
「ウザい?」
「うん。超ウザい」
口調はツンツンしているくせになんでこんなに可愛いんだろう。
手を繋いじゃっているせいか。顔が赤いせいかな。つい口元がニヤニヤしてしまう。
「ごめん、めっちゃ会いたかった。早く伊緒さんに会いたくて昨日は眠れなかったくらい」
「なんで? あなたの気持ちが分かんない。私だったら、私みたいなやつはほっとくと思う。面倒くさいしつまんないし可愛くないし。自虐ばっかでウザいし、人のことも褒めないし、ひどいこと言うのに謝らないし、意地っ張りだし、偉そうだし、嫌われる要素しかないのに」
「よくそこまで自分を下げられるなあ」
俺は思わず笑った。
どこまで自分が嫌いなんだよ。
不器用すぎるその横顔を抱きしめたくなる。
「いま伊緒さんが挙げたところ、俺は全然気にならない。むしろ伊緒さんはそうじゃなきゃとさえ思う。そのメイクだって可愛いよ」
「どこが、こんなの──」
「俺は、伊緒さんの毅然としているところとか真面目で律儀なところとか不器用だけど優しいところが好きだよ」
サラリと告白してみたら、伊緒さんの肩がピクッと動いた。
きっとこの小さな頭の中はパニックになっている。
俺の言葉で混乱している伊緒さんが可愛くてたまらない。
好きだって気づいた瞬間から、本当に全てが愛しく思えたんだ。
今までのことも、君といるこの世界も、全てが綺麗に色づいて、もう味わえるはずのなかった感動を俺に思い出させる。
君の髪の匂いが金木犀のように優しいことも、握ったこの手の温もりも、高鳴る胸の鼓動も全部分かるよ。
伊緒さんにも早く気づいてほしい。
君は俺のヒロインなんだって。
「だからこれからもよろしくね、伊緒さん」
……俺の時間が切れてしまう前に。
伊緒さんの手を握りしめたら、横顔がちょっとだけ振り向いた。
もっと振り向いてよ。
でもそんな意地悪な君も好きだ。
「遊ぼう、伊緒さん。難しいこと考えないで、楽しむことを楽しまなくちゃ!」
「……うん」
彼女の手を引っ張っていく。頭上で絶叫する人の声がする。さっきのコースターの走行コースが近いのか、別の絶叫マシンの声か。
右手にはメリーゴーランド、左手にはティーカップが前方に見えた。
「あれ?」
俺はふと立ち止まった。
「どうしたの? 急に」
「うん……ごめん。すごく見覚えのある景色なんだ、ここ……」
そう。この構図は──Kといつも一緒にいる遊園地そのものだった。
昨日、俺が乗っていた木馬が動いている。Kがタバコを吸っていたティーカップも。
見れば見るほど同じだ。
「ここって……実在していたのか……?」
すごく不思議な気持ちだ。
夢と現実が混じり合って、過去と現在も入り乱れているような、おかしな感覚。
そこに俺と伊緒さんがいることでまた混乱する。
ここは本当に現実だよな?
「何やってんの? 早く行こ」
今度は伊緒さんが俺の手を引いて歩き出した。
「う、うん……」
現実だ。ここは間違いなく、実在している場所だ。
理由は分からないけど、Kがこの場所をコピーして雲の上に再現しているらしい。ここに何か深い思い入れがあるんだろうか。
人間界に思い入れだなんて……まるでKの前世は人間だったみたいじゃないか?
そういうこともあるのかな。人として死んでから死神になったとか。
そういえばKって俗っぽいしな。人間のことにやたら詳しいし。
俺もいつか死んだら、死神になってKの弟子になるっていうのもいいかな。寂しくなさそう。
「ねえってば」
ぼんやりしていた俺の前に、伊緒さんの膨れっ面が現れた。
「ここは子供向けのエリアみたい。つまんないからさっきのところに戻って別の絶叫に乗りましょ」
「えっ⁉︎ まだ乗るの⁉︎」
伊緒さんの言葉に驚いて、俺は我に返った。
伊緒さんは可愛い表情で俺を睨んでいた。
「あんたが絶叫乗りたくて来たんでしょ。一回だけじゃ元取れないよ」
「もしかして……ハマってる?」
「別に」
伊緒さんはそう言いながらも、その後5か所もの絶叫マシンに連続で乗ろうと言い出し、俺を何度も恐怖の谷に突き落とした。
全然楽しくないはずなのに、俺は伊緒さんの命令を拒否できなかった。
伊緒さんが初めて楽しそうな顔をしていたからだ。
笑顔とまではいかなかったけど、表情が柔らかい。躍動している。彼女は、生きている。
二人を繋ぐ地縛霊シールの効果はとっくに切れていた。それでも何故か、魔法にかかったみたいに俺たちの手は繋がれていた。
ここにいたいんだって、俺の手が彼女の手を求める。彼女の手もきっと。そうでなければ、こんなに長い間魔法が続くはずはない。
俺はそう思うけど、伊緒さんはどうなんだろう。
「お腹すいた。焼肉行かない?」
「うん! 行こう行こう!」
吹っ切れたようにノリが良く、伊緒さんが俺を誘う。
まるで普通の友達になったみたいに。
いや、まるで──恋人になったみたいに。
ないはずの胸が弾んで、身体中が炭酸ガスみたいに泡になってしまいそうだった。
いつまでも夏でいいのに。
高い空はあっという間に金色に変わる。
「霊体のくせにうるさいな」
マシンが動き出す。いきなりスピードが出てアップダウンする中、俺は伊緒さんの手が膝の上にあるのを確認した。
カタカタとローラーの音を立てながら、トロッコが最大の坂道を登っていく。右手にはくすんだ色の海と果てしない秋空だ。ここでしか見られない絶景には違いないけど、堪能する心の余裕はない。
「伊緒さん……!」
「何?」
「手、握ってもいい⁉︎」
「……だめ」
「俺、飛んでっちゃうかもしれない。不安だから、手、握ってもいい⁉︎」
半分本気でお願いしたら、伊緒さんの赤いチークがうつむいた。
「しょうがないな……」
伊緒さんがしぶしぶ手を出してくれたのは、坂のてっぺんに来た時だった。
「おっそ……!」
首が取れそうな勢いで落下しながら、俺は必死で伊緒さんの手を掴んだ。そんなことをしたってどうせ触れないと伊緒さんは思っているだろうけど、俺にも策がある。自分の手に地縛霊シールをこっそり隠し持ち、伊緒さんの手に接着させたのだ。
これでしばらくは伊緒さんと手を繋いでいられる。けど。
「ぎゃああああああ!!」
彼女の手の温もりが〜手汗が〜とかを想像してドキドキする余裕もなく、コースターは容赦ない軌道で何度も横回転し、落ちたり上がったりを繰り返し、俺の目をグルングルンと回転させた。
やっぱりこんなもの、一生に一度でいいや。
「伊緒さん、大丈夫っ⁉︎」
伊緒さんからは絶叫の声がしない。心配になって振り向くと、伊緒さんは口裂け女みたいに静かに笑っていた。
もしかして、楽しんでる⁉︎ っていうか、笑顔が怖い!
こうして、いろんな意味でエキサイティングだった絶叫コースターは160秒の旅を終えた。フラフラしながらおしりと背中のシールを剥がして降りる。コースターが一回転した時、本当に死ぬかと思った。青空が足元にあったから。
「面白かった? 伊緒さん」
「何これ。離れないんだけど」
「あ、うっかり」
伊緒さんと繋いだ手はそのままだった。
「シール貼った? 最低。さっさと剥がして」
「いいじゃん。しばらくすれば自然と剥がれるよ」
伊緒さんはムスッとした顔をする。
「……嫌じゃないの?」
「ん? 何が」
「私なんかと手を繋いで」
ムスッとしたように見えたのは俺の勘違いだった。繋いでない方の手で、伊緒さんが自分の頬を隠す。どうやら恥ずかしがっているようだ。
誰かと手を繋いだことがないのかな。
その初心な反応に俺の方が慌てて、急に恥ずかしくなってきた。
「もちろん、嫌じゃないよ!」
「私はやだ」
「誰にも見えないよ、俺」
「そういう問題じゃないの」
うん。そういう問題じゃないよな。自分でも何を言っているか分かんない。
浮かれすぎてるかな。ヤバい。
だって、幸せすぎるよ。
感触はないけど、あったかい気持ちになる。
「この間のこと、もっと怒ってると思ってた」
伊緒さんは俺の顔を見ずにそう言った。
手を繋いだまま、遊園地の中をあてもなく歩いているときに、ポツリと。
「私のこと、嫌いになったでしょ。もう会いたくないって言うと思ってた。それなのに、なんでそんなにテンション高いの?」
「ウザい?」
「うん。超ウザい」
口調はツンツンしているくせになんでこんなに可愛いんだろう。
手を繋いじゃっているせいか。顔が赤いせいかな。つい口元がニヤニヤしてしまう。
「ごめん、めっちゃ会いたかった。早く伊緒さんに会いたくて昨日は眠れなかったくらい」
「なんで? あなたの気持ちが分かんない。私だったら、私みたいなやつはほっとくと思う。面倒くさいしつまんないし可愛くないし。自虐ばっかでウザいし、人のことも褒めないし、ひどいこと言うのに謝らないし、意地っ張りだし、偉そうだし、嫌われる要素しかないのに」
「よくそこまで自分を下げられるなあ」
俺は思わず笑った。
どこまで自分が嫌いなんだよ。
不器用すぎるその横顔を抱きしめたくなる。
「いま伊緒さんが挙げたところ、俺は全然気にならない。むしろ伊緒さんはそうじゃなきゃとさえ思う。そのメイクだって可愛いよ」
「どこが、こんなの──」
「俺は、伊緒さんの毅然としているところとか真面目で律儀なところとか不器用だけど優しいところが好きだよ」
サラリと告白してみたら、伊緒さんの肩がピクッと動いた。
きっとこの小さな頭の中はパニックになっている。
俺の言葉で混乱している伊緒さんが可愛くてたまらない。
好きだって気づいた瞬間から、本当に全てが愛しく思えたんだ。
今までのことも、君といるこの世界も、全てが綺麗に色づいて、もう味わえるはずのなかった感動を俺に思い出させる。
君の髪の匂いが金木犀のように優しいことも、握ったこの手の温もりも、高鳴る胸の鼓動も全部分かるよ。
伊緒さんにも早く気づいてほしい。
君は俺のヒロインなんだって。
「だからこれからもよろしくね、伊緒さん」
……俺の時間が切れてしまう前に。
伊緒さんの手を握りしめたら、横顔がちょっとだけ振り向いた。
もっと振り向いてよ。
でもそんな意地悪な君も好きだ。
「遊ぼう、伊緒さん。難しいこと考えないで、楽しむことを楽しまなくちゃ!」
「……うん」
彼女の手を引っ張っていく。頭上で絶叫する人の声がする。さっきのコースターの走行コースが近いのか、別の絶叫マシンの声か。
右手にはメリーゴーランド、左手にはティーカップが前方に見えた。
「あれ?」
俺はふと立ち止まった。
「どうしたの? 急に」
「うん……ごめん。すごく見覚えのある景色なんだ、ここ……」
そう。この構図は──Kといつも一緒にいる遊園地そのものだった。
昨日、俺が乗っていた木馬が動いている。Kがタバコを吸っていたティーカップも。
見れば見るほど同じだ。
「ここって……実在していたのか……?」
すごく不思議な気持ちだ。
夢と現実が混じり合って、過去と現在も入り乱れているような、おかしな感覚。
そこに俺と伊緒さんがいることでまた混乱する。
ここは本当に現実だよな?
「何やってんの? 早く行こ」
今度は伊緒さんが俺の手を引いて歩き出した。
「う、うん……」
現実だ。ここは間違いなく、実在している場所だ。
理由は分からないけど、Kがこの場所をコピーして雲の上に再現しているらしい。ここに何か深い思い入れがあるんだろうか。
人間界に思い入れだなんて……まるでKの前世は人間だったみたいじゃないか?
そういうこともあるのかな。人として死んでから死神になったとか。
そういえばKって俗っぽいしな。人間のことにやたら詳しいし。
俺もいつか死んだら、死神になってKの弟子になるっていうのもいいかな。寂しくなさそう。
「ねえってば」
ぼんやりしていた俺の前に、伊緒さんの膨れっ面が現れた。
「ここは子供向けのエリアみたい。つまんないからさっきのところに戻って別の絶叫に乗りましょ」
「えっ⁉︎ まだ乗るの⁉︎」
伊緒さんの言葉に驚いて、俺は我に返った。
伊緒さんは可愛い表情で俺を睨んでいた。
「あんたが絶叫乗りたくて来たんでしょ。一回だけじゃ元取れないよ」
「もしかして……ハマってる?」
「別に」
伊緒さんはそう言いながらも、その後5か所もの絶叫マシンに連続で乗ろうと言い出し、俺を何度も恐怖の谷に突き落とした。
全然楽しくないはずなのに、俺は伊緒さんの命令を拒否できなかった。
伊緒さんが初めて楽しそうな顔をしていたからだ。
笑顔とまではいかなかったけど、表情が柔らかい。躍動している。彼女は、生きている。
二人を繋ぐ地縛霊シールの効果はとっくに切れていた。それでも何故か、魔法にかかったみたいに俺たちの手は繋がれていた。
ここにいたいんだって、俺の手が彼女の手を求める。彼女の手もきっと。そうでなければ、こんなに長い間魔法が続くはずはない。
俺はそう思うけど、伊緒さんはどうなんだろう。
「お腹すいた。焼肉行かない?」
「うん! 行こう行こう!」
吹っ切れたようにノリが良く、伊緒さんが俺を誘う。
まるで普通の友達になったみたいに。
いや、まるで──恋人になったみたいに。
ないはずの胸が弾んで、身体中が炭酸ガスみたいに泡になってしまいそうだった。
いつまでも夏でいいのに。
高い空はあっという間に金色に変わる。


