次の日曜日は遠かった。
雲の上の世界は退屈で日曜が待ち遠しすぎたので、その間に母さんや拓巳や裕樹の様子を見に行ったり、自分の椅子に座って勝手に授業を受けたりした。俺の席はまだ残っていて嬉しかった。
俺が死んだらなくなるんだろうけど。
伊緒さんの様子を見るのは我慢していた。勝手に覗き見をした罰として、自分の中で戒めていたのだ。でも本当は会いたくて仕方なかった。
髪を染めた後の同級生の反応とか、意地悪な母親にまた何か言われなかったかとか、心配はたくさんあった。伊緒さんの魅力に誰かが気がついて、彼女を好きになるんじゃないかってことまで考えた。いつもの塩対応でいてくれないと困る。せめて俺が生きている間は、俺の伊緒さんでいて欲しかった。
そうしてようやく日曜の朝が来た。俺は胸を弾ませながら急いで伊緒さんのマンションに彼女を迎えに行った。
会ったら真っ先に、この前のことを謝ろう──と思っていたのに。
「伊緒さん……どうしたの? その顔」
彼女の顔を見て、俺はいきなり驚いた。
「何?」
俺を睨むその目の周りは真っ黒で、頬には濃いチークが乗せられ、唇には真っ赤な紅がついていた。もうすぐハロウィンだから……って、ゾンビの仮装をしているわけじゃないよな?
「もしかして、誰かに殴られたの⁉︎」
「は? あなたがメイクしろって言ったからメイクしたんじゃない。なんか文句あるの?」
「いえ、ありません」
俺は思い切り首を左右に振った。
「地雷メイクっていうんだって」
「地雷……確かに、踏んだらこうなりそうだよね」
もしかして、わざとか?
これは俺に「可愛い」と言わせない作戦なのか?
だとしたら効果は抜群だ。先週と同じ服を着ているのに、あの可愛さはどこへ行ったんだろう。
でももし真面目にやってこの仕上がりなんだとしたら……あんまりイジるのも可哀想だし。
「じゃあ行きましょ」
「ほ、本当にそれで行くの?」
ジロリと睨まれ、俺は首をすくめた。どうやら本気のようだ。
電車の中でも伊緒さんは他人の視線に晒され続けた。あからさまに二度見したり、笑ったりするひどいカップルもいて、そんな奴らには俺の方が思わず腹を立てた。
見えないことをいいことに、男の方の鼻の穴に指を突っ込んでやったり、サンドバッグみたいに連打してやったりしてみせると、伊緒さんはこっちをチラッと見て、鼻で笑った。
なんだか爽快だった。
伊緒さんの初メイクは衝撃だったけど、完璧に可愛かった時と比べて俺の楽しさが減るようなことはなかった。
むしろ見慣れてくると親しみがあって愛らしいとさえ思えてきた。
彼女はこれで良いんだ。
どんな顔だって、伊緒さんは伊緒さんなんだから。
絶叫マシンだけで17箇所もあるという海沿いの巨大な遊園地に到着すると、俺たちはさっそく一番怖いと評判のコースターへと直行した。
最大勾配は80度と言われているけど、それはもう直角と等しい。地面に直撃する角度で落ちるなんて、尋常じゃない世界だ。それを求める奴らの気が知れない。幽体の身でも震えてくる。
そう、実を言うと、俺は絶叫系が大の苦手で一度も乗ったことがない。
それでもリストに入れたのは、恐怖を克服したいと思ったから。今まで避けていたものに、死ぬ前に一度くらいは正面からぶつかってみるのもいい思い出になると思ったからだ。
「伊緒さんは絶叫乗ったことある? 好き?」
「乗ったことないから分かんない」
コースターの行列に並びながら、伊緒さんは呑気なことを言う。
「死ぬほど怖いらしいよ」
「へえー」
「怖くない?」
「さあ。それは乗ったあとで考えればいいんじゃない」
さすが伊緒さんは肝が据わっている。
「絶叫コースターに乗るのはいいけど、あんたはどうやって乗るの?」
行列に並びながら、伊緒さんがボソッと言った。周りの人に怖がられないようにしているのか、顔は正面を向いたままだ。
「シートに座っても、体が突き抜けるでしょ?」
「うん。電車とかならまだ乗ったことがあるイメージで車両の中に体を固定できたけど、イメージできない乗り物にはスピードについていけないかもしれないってKが言ってた」
「Kって?」
「死神のおっさん。俺が死んだらあの世に連れて行ってくれる人だよ」
「ふーん」
伊緒さんは興味なさそうな顔をしている。
「じゃあどうするの? 私一人だけ乗って、あとでまた感想聞くわけ?」
「それはつまんないから、とっておきの死神道具を借りてきたよ」
俺は自分の制服のポケットからあるものを取り出した。大阪万博のマスコットみたいなモコモコした形をしたシールだ。
「地縛霊シールっていうんだ。魂を固定したいところに貼り付けると、一時的にそこから離れなくなるんだって」
「ふーん」
そうこうするうちに俺たちの番が来た。手荷物は確実に落ちるから、コースター横に設置されているロッカーに入れる。そんなルールがあるのは本当にヤバいコースターだという証だ。
俺たちの前後がちょうどペア同士だったため、伊緒さんの隣に相席する人はいなかった。俺はその空いているシートのお尻と背中の部分に地縛霊シールを貼り付け、乗り込んだ。
いよいよ、恐怖との対面。ガチンコ勝負だ。


