死にたがりの君に捧げる10の約束


「伊緒さん……どうして俺のこと全然信用してくれないのかな。これだけ一緒にいたのにさ。少しくらい信じてくれてもいいのに……。もしかして、俺のことが嫌いになったのかな……」

 調子に乗りすぎて、いろいろ要求しすぎたから? 
 半透明で、何もできないから?
 ナンパ男も撃退できない、情けない奴だから?

 それが真実なんだとしたら、すごく辛いかも。

「なるほど」
「え。何かわかったの?」 
「ああ。お前がすげーバカだってことが」
「……はあ⁉︎」

 また揶揄ってると思って睨みつけようとしたけど、Kは意外と真面目な顔をしていた。

「お前、あの子の気持ちなんも分かってねえな」
「Kには分かるの?」
「伊達に歳は取ってねえからな」

 俺は自分の木馬から降りて、Kの乗っている木馬の前に回り込んだ。

「教えて! どうやったら伊緒さんに俺の誤解を解いてもらえる⁉︎」
「誤解を解くのはお前の方だよ」
「な……」
「あの子はお前を信じてねえわけじゃねえ。自分が信じられねえんだ」

 Kはタバコを取り出してジッポーで火をつけた。

「お前があの子を褒めるたびに、あの子はこう思ってる。『自分にそんな価値はない』」

 可愛くない子だって伊緒さんに罵倒を浴びせていた彼女の母親が俺の頭に浮かんだ。

「お前に褒められても、自分にそんな価値があると思ってない。だからお前の言葉を否定する。わざと可愛くないことを言って、ますます自分が嫌いになる。やっぱり自分は可愛くない、好きじゃないって思う。それでまたお前のことも疑い出す。こんな可愛くない自分と一緒にいて、こいつは本当に楽しいのか? 楽しいんだとしたらバカじゃねえのか? そうやって疑う自分が嫌いだって堂々巡りする」

 俺が褒めると、伊緒さんはいつも怒ってた。
 あの時伊緒さんは、俺に怒っているんだと思っていたけど……自分のことを責めていたのかな。

「そんなの、苦しいよ。俺と一緒にいても楽しいわけがない……」
「そうだな。いっそのこと、お前に嫌われた方が楽になるかもしれねえって思ったんじゃねえか? お前が自分にかまってるのは自分にしかお前が見えないせいで、好意的に見えるのは打算のせいって思えば楽になる。そうやってあの子は今までも近づこうとしてきた人間を振り落としてきたんだろう。ま、お前が打算で近づいたっていうのは当たってるけどな」
「それは……最初の方だけだ! 今はそんなこと考えてないのに──」

 俺は項垂れた。
 Kが言っていることは正しい気がする。
 
 伊緒さんは打算で近づいた俺のことを、まだ疑っているんだ。
 俺がいくら伊緒さんを褒めたって、信じられるわけがない。
 でもそれは……伊緒さんが悪いわけじゃない。
 人を信じられなくなったのは伊緒さんのせいじゃない。育ってきた環境のせいだ。
 伊緒さんだって苦しんでる。
 あの涙がきっとその表れだ。
 彼女の心は俺を信じたいと思っているはずなのに。
 
 失ったはずの胸が痛い。
 俺は伊緒さんの孤独を癒すどころか、傷を抉るだけの存在なんじゃないだろうか。
 俺を傷つけることで、伊緒さん自身が傷ついてしまう。そばにいればいるほど、伊緒さんが壊れていくような気がする。

「俺、どうしたらいいんだろう……伊緒さん、今頃また泣いてるんじゃ……」
「そんなにあの子が心配か?」
「当たり前だよ!」
「じゃあ、ルール違反だが、見てみるか」

 Kはそう言って笑って、スマホを出した。

「何を?」
「自宅に戻ったあの子が今何をしているか、だよ」

 ピンと来ないでいるうちにスマホに伊緒さんの家が映る。

「これって、覗き見じゃん! ダメだよ!」
「生着替えでも見られるかな」
「ダメだって! いいよ、そんなの見たくない! 俺は見ないから!」
「おお。マジか。あの子があんなことをね……」
「やめろってば、変態オヤジ!」

 俺は両目をつぶって画面を見ないようにした。でもその状態は3秒ともたなかった。

「見ろよ。可愛いぞ」

 Kの言葉に釣られて、片目だけ開けてしまう。そこに飛び込んできたのは、洗面台の鏡の前で頬をつまんで引き上げている伊緒さんだった。

「……何してんの?」

 指を離すと、口元だけ笑った形ができる。頬が引き攣り、キープが難しそうだ。うまくいかなくてため息をつく。
「これってもしかして……」
「笑う練習、してんじゃねえか? あの子お前の言う通りだな。あ、今度はメイクの解説動画見始めたぞ。ちゃんと勉強しようとしてる。興味ないって言ったくせにな」

 見様見真似でアイラインを引こうとして失敗している。オイルで落としては、やり直す。何度も、何度も。


「大丈夫だよ。あの子、お前が思ってるよりずっと強い。そうそう、あの子がお前に罵声を浴びせたのにはもうひとつ単純な理由がある」
「えっ……何?」
「お前の言葉が嬉しくて、嬉しくて、嫌になるくらい照れてたんだろ。今流行りのツンデレってやつか?」
「もうそれ流行りじゃないよ……」

 そう言いつつも、緩む頬が我慢できない。
 ヤバい。嬉しい。
 俺のためにこんなこと。知らなかったよ、伊緒さん。

「可愛いじゃん、あの子」
「うん」

 伊緒さんは嘘つきだ。全然素直じゃない。
 でも、努力家で優しくて正しくて可愛い。

 俺はそんな伊緒さんが……大好きだ。