「せっかくオシャレしたんだし、このまま帰るのはもったいないよね」
というわけで、俺たちは3つ目のリストも実行することにした。
それがこの、『めちゃくちゃ高いパフェを食べる』というやつだ。
「期間限定のハロウィンパフェになります」
「うわあ〜!」
店員さんが持ってきたパフェに俺は思わず拍手した。
かぼちゃと紫芋のアイスの上に、かぼちゃのモンブランと季節のフルーツが派手に乗っていて豪華可愛い。チョコでできたコウモリの飾りがハロウィンらしくてさらに良い。
「美味しそう! 見た目も映えるね! これが噂の名店のパフェかあ……。一生に一度食べてみたかったやつ!」
「自分は食べられないのになんでそんなにテンション高いの?」
「いいの! 目の前にあるってだけで幸せなんだから」
きっと素材も一級のものを使っていて味も最高なんだろうな。
まさに夢のパフェだ。
「いただきます」
「うお、待てー!」
いきなりスプーンを持った伊緒さんを全力で止める。
「何ようるさい」
「まずは写真だろ⁉︎ この感動を思い出に残さなきゃ!」
「は? なんで私のスマホで撮らなきゃいけないの? あなたの思い出でしょ」
「俺がスマホ持ってないの、見てわかるよね⁉︎」
背景が透けて見える俺にはスマホどころかスプーンだって持てやしない。
「どうやって撮ったらいいか分かんない」
「それも初めてか! しょうがない、無料の写真アプリ教えてあげるからそれダウンロードして」
「いいよ面倒くさい」
何やかんやで一悶着してから、俺は伊緒さんに写真アプリをダウンロードしてもらい、いろいろな角度からパフェを撮ってもらった。
「伊緒さんがパフェを食べてる姿も撮って欲しいんだけどな」
正面から伊緒さんとパフェが同時に映る画も欲しい。
まさに、俺が今見ている画だ。
俺が選んだ服を着て、幸せそうにパフェを食べる伊緒さんを一枚の画角に収めたい。
「それは無理ね。一人じゃ」
「撮りましょうか?」
その時、大学生風の男が伊緒さんに声をかけた。明るい茶髪の毛束をツイストさせて、モテメガネをかけている爽やかなイケメンだ。
着ている服もオシャレで高そうだし、伊緒さんと同じ富裕層の匂いがする。
「食べてるところ、正面から撮ってあげますよ。ここ、良いですか?」
彼はそう言って、俺が座っている椅子を指差した。
この人が座っちゃったら、俺と丸かぶりになる。
俺の視界はこの人で遮られ、伊緒さんの顔が見られなくなる。
俺の人生最後の願いを、この人はただ生きているというだけで簡単に奪えるんだ。
そのことに……俺の胸は戦慄を覚えた。
「ダメだよ、断って伊緒さん!」
「ダメです。もう人がいるので」
伊緒さんはスンとした表情で、俺の言う通りに断ってくれた。
「連れがいたんですか? それとも、これから来るのかな」
「さっきからいます。そこに」
伊緒さんが俺を指差す。彼が不思議そうに俺を見る。
「……どこ?」
この人は死を意識したことがないみたいだ。
「ほら、冗談言ってると、アイス溶けちゃいますよ」
男はそんなこと言って、強引に俺のいる椅子に座ってきた。
「可愛い笑顔、こっちにください」
椅子に浅く座り、前屈みになって自分のスマホを構え、伊緒さんとパフェをカメラに収めようとする男。
こいつ……さては伊緒さんをナンパする気だな⁉︎
自分のスマホで撮影しておいて、写真を送るので連絡先を教えてくださいとか言って繋がろうとする、ナンパの常套手段に違いない。
「伊緒さん、こんな男相手にしちゃダメだよ!」
伊緒さんの表情は、男の背中に遮られて見えない。
照れているのか、笑っているのか、怒っているのか、何も分からない。
だからって、俺がここから立ち上がるつもりは全くなかった。
ここは俺の席だ。
伊緒さんの正面で、彼女のパフェを食べる姿を見たいんだ。
「どけよ!」
男の背中を睨みながら怒鳴るけど、効果はない。
男には俺の声が届かない。
「それにしても君、可愛いね。高校生? どこ校? 俺はね、〇〇大の医学部で──」
男が勝手に自己紹介を始める。
……悔しい。
なんで俺、体がないんだろう。
もしも体があったら、こんな男を伊緒さんの正面に座らせたりしない。
喧嘩は弱いかもしれない。やったことないから分からない。
だけど、戦うよ。
伊緒さんよりは強いつもりだから。
何をされようと、この場所は絶対に譲らない。
体さえあれば……。
「食べないの? クリームが溶けちゃうって。ほら」
伊緒さん、まだ食べてないのか。
一口めの感想が知りたい。
「俺も同じやつ頼もうかな」
男がメニューに手を伸ばす。
ダメだ。居座られたらもう終わりだ。こいつの感想なんて聞きたくないのに。
俺は伊緒さんの食べるパフェの感想が聞きたいんだ。
こいつじゃダメなんだよ。
伊緒さんじゃなきゃ──。
「伊緒さん……」
「不愉快よ。消えて」
伊緒さんが苛立ちの声を出した。
「えっ?」
俺に言われたのかと思ったけど、違った。
「そこに人がいるって言ってるでしょ。勝手に座らないで!」
伊緒さんの声が店内に響いて、周りの人間がこっちに注目するのを感じた。その視線が痛かったのか、男は立ち上がってそそくさと店を出て行った。
すると今度は、伊緒さんに対する好奇の目とざわめきが彼女を襲った。
「あの席、誰もいないよね?」
「やだ、怖いんだけど」
「あんまり見ない方がいいって」
俺を場所を守った代償に、伊緒さんは店中の人間に「変なやつ」というレッテルを貼られることになってしまった。それなのに伊緒さんは平然としてスプーンを掴む。
「うるさいのがいなくなってせいせいした。これでやっと食べられるわ」
「……ごめん、伊緒さん。俺のせいで」
情けない。
涙が出る。
「俺……伊緒さんにこんなに助けてもらってるのに、いざという時に伊緒さんを守れない。守れなかった」
今も。
伊緒さんは変じゃないってことを証明できない。
霊体になって、こんなに悔しかったことはない。
「情けない顔しないでよ」
そっと顔を上げると、伊緒さんはちょっと怒った顔をしていた。
「あなたまで私を可哀想な人扱いするの?」
「ち……違うよ」
「私は誰が何を言おうと構わない。言いたい奴には言わせておけばいいの。あなたは何のためにここにいるの? 私を見世物にするため?」
俺は激しく首を振った。
「違う、俺は──」
伊緒さんの、パフェを食べる顔が。
一口食べてびっくりする瞳と、クリームのついた唇と、美味しさで思わず笑っちゃう──そんな顔が見たかった。
ほんの一瞬だけど、今、目の前にそんな顔があった。
「意外と美味しい」
チョコでできたコウモリの羽でかぼちゃのモンブランクリームをディップして、行儀悪く食べる伊緒さんの飾り気のない自然な表情が、目の前にあるよ。
写真に収めたかった、思い描いた通りの画がそこにある。
可愛いな、伊緒さん。
今、すごくいい顔している。
「美味しいだけじゃなくて、もっと伝えてよ。甘さが濃厚だとか、クリームが柔らかいとかさ」
俺は泣き笑いしながら彼女に突っ込んだ。
「うるさい。そんなの、勝手に感じなさいよ」
彼女は意地悪だ。俺に何も教えてくれない。
それはきっと、言葉にできないほど美味しいんだろう。想像を絶する美味さなんだろうな。いつも無表情だった伊緒さんが笑っちゃうくらい美味いんだ。
伝わるよ。
伊緒さんの不器用な表情をいつも見ていたから。


