それから二日後の土曜日。
俺は伊緒さんの住むタワーマンションに再び訪れた。
伊緒さんがゲームをクリアしたかどうかは野暮だから話題にせず、さっそく本題に入る。
「今日のリストは『オシャレをして街を歩く』にしよう」
「オシャレ……」
伊緒さんはすぐにしかめっ面をした。
「何をもってオシャレと呼ぶのか謎だわ。お相撲さんのまわしだって外国人からはオシャレの極みと呼べるかもしれないじゃない。価値観の基準が分からない」
「はいはい。じゃあ価値観は俺に合わせてください! 俺のやりたいことリストなんで、俺がオシャレと思うものが正義です!」
「ますますやる気を失うわ」
「じゃあ伊緒さんはどんな格好がオシャレだと思う?」
「……分からないわ。興味ないもの」
そう言う今日の伊緒さんの服装は、上下黒のセットアップだ。細めの体がより細く見えて、ちょっと頼りない。まるで見習いの魔女みたいだ。
可愛いと言われることを全身で拒絶しているようにも見える。
「大丈夫。俺に任せて、伊緒さん。俺が伊緒さんをめちゃくちゃオシャレな女の子に変身させてあげるから!」
「マジでうざ」
全くやる気のない彼女を連れて、俺はとあるカリスマ美容師のいる美容院にやってきた。いつかこの人に施術されるんだ……と密かに憧れていた人だ。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けてすぐに声をかけてくれたこの人が、この店の店主でカリスマ美容師の灰士さんだ。両耳にジャラジャラついてるピアスがワイルドでかっこいい。
彼の手にかかればどんなにイメージの悪いヤンキーでも一目で女子を虜にする貴公子に変身させてくれると噂されている。ただちょっと治安が悪そうな外見だから、普通の高校生の俺はビビって入店することもできなかった。
「女の子のお客様は珍しいな。今日はどんなイメージにします?」
「灰士さんのセンスでやりたいようにやってください!」
俺はもう、ない心臓がドキドキしちゃって興奮が止まらない。
「おまかせで」
「ありがとうございます」
灰士さんが黒いケープを伊緒さんにかけ、彼女の髪に触る。
「うらやましー!!」
「やかましいわ」
「え? 何か?」
「なんでもありません」
鏡越しに、伊緒さんが俺を睨む。
すみません。黙って指を咥えて見てます。
「綺麗な髪だね。一度も脱色したり染色したりしてないんだ」
「はい」
「ちょっと色つけてもいい? 校則オッケーかな」
「自由なので、大丈夫です」
伊緒さんの髪にちょっと触っただけで灰士さんは彼女の髪質の特徴や似合う髪色まで想像できたに違いない。
ワイルドな唇がニヤリと笑う。
「じゃあ、遊んでみよっか」
灰士さんの一言で始まった伊緒さんの変身は、お遊びと呼ぶにはあまりにも芸術的で本格的なものだった。
一度ブリーチして金髪みたいになっちゃった時はハラハラしたけど、そこからまさかの鮮やかなピンク色に変わり、ただのおかっぱみたいだったボブヘアが前下がりで形のいいクールなショートボブになった。
鏡の中の伊緒さんも最初は起きているのか寝ているのか分からない表情だったけど、灰士さんのかける魔法によって変わっていく自分を見てだんだんと瞬きが多くなっていった。
「君は心の中に外側の自分とはまるで違うものを隠してるね」
鏡越しに、灰士さんが伊緒さんに話しかけた。
「……分かるんですか?」
「君に似た弟がいるんでね、何となく。可愛くて反抗的で人々の目をどうしても惹きつける強烈な魅力を持ってるくせに隠したがる。俺はそういう人が本来持ってる《《らしい色》》を探すのが得意なんだよ」
灰士さんの微笑みに、伊緒さんは恥ずかしそうに目を逸らした。
伊緒さんの派手なピンクの髪は意外にも伊緒さんにとてもよく似合っていた。以前の姿を忘れそうなほど伊緒さんらしさを表現している色。
「これは変身の第一段階だ。エクステつければもっと変わることもできるけど、どうする?」
伊緒さんが俺を見た。
選択権は俺にある。
今の伊緒さんも素敵だけど、まだクールさが残っている。もっと全然違う伊緒さんも見てみたい。
「じゃあもっとラブリーでスイートな感じにしてもらおうよ」
「は?」
「別人になっちゃおう、伊緒さん。今日だけの特別バージョンでいいからさ!」
伊緒さんは俺を睨み倒していたけど、灰士さんのかっこいい笑顔を見て戸惑ったように俯いた。
「伊緒さん、いま、照れた?」
「うるさい」
俺には氷のような声を出し、灰士さんには花のような声で呟く。
「今だけ……もっと全然違う私にしてください」
「了解」
イケメンっていいな。
俺のことは見下すように睨むのに、灰士さんには素直なのかよ。
ちょっと嫉妬する……かも。
モヤモヤしているうちに伊緒さんはピンクの色に合わせたロングストレートヘアーのエクステとカラーコンタクトとメイクを施され、まさに全然別人の誰これ? レベルの超可愛い美少女になった。
鏡の中の伊緒さんが驚いている。
俺もあごが外れそうな顔して鏡に映っている。
想像の100倍くらい可愛い。韓国のアイドルを見ているみたいだ。
「素材がいいから張り切っちゃった。エクステとカラコンは俺のサービスで施術代は取らないよ」
「いいんですか?」
「その代わり、また来てね」
灰士さん、最後までカッコ良すぎる。
彼はまさに理想のカリスマ美容師だった。


