俺は伊緒さんの隣に座った。すぐにゲームが再開される。
以前はゲームのキャラを文字通り駒のように扱い、戦略重視の戦い方をしていた伊緒さんだったけど、今は違った。
仲間との連携、協力プレイを使い、死にそうな仲間には回復アイテムを使う。誰も取りこぼさない完璧な戦いを見せる伊緒さんに、俺からのアドバイスは何もなかった。
「伊緒さん……すごいよ、その調子!」
伊緒さんはゲームに集中しているのか、返事はなかった。
やがて、ゲーム内で必ず起きるイベントが発生する。仲間たちが次々と離脱していく場面だ。
「君を置いていけないよ、ミリア!」
「バカね……私以外にここを抑え切れる人なんていないでしょ」
ミリアは罠によって押しつぶされそうになる天井を一人で支えると言い出し、その間に主人公とリリカには先に行けと強がる。
「モタモタしないで。私も後から必ず行くから」
「必ずだぞ……待ってるからな!」
「早く行きなさい」
ミリアは余裕の笑顔を見せる。しかし、主人公たちがいなくなると天井が一気に重みを増やし、彼女を押しつぶす。実はこの罠にかかる直前、彼女は密かに主人公を庇って背中に致命的な攻撃を受けており、生還は不可能だと覚悟していたのだった。
「最後まで……世話の焼ける人たちね……。あとは頼んだわよ、リリカ」
意地っ張りでツンツンしていたミリアが最後に見せた笑顔には、何度プレイしていてもグッと胸が熱くなる。
「ミリア……いい子だったよな……」
泣きそうになりながら呟くと、伊緒さんは「そうね」と初めて返事をした。
そっと伊緒さんの横顔を見ると、ほんの少しだけど瞳が潤っていた。
伊緒さんも多分、グッときてる。
そうだよな。三日間もひたすら一緒に戦ってきた仲間との別れだ。辛くないわけがない。
「俺、ミリアも好きだったよ。普段は強がっているけど、たまに優しくて実は一番仲間想いなんだよな……」
俺はその時ふと、思いついた。
「伊緒さんて、ミリアみたいだよね」
「は?」
「まあ、ミリアの方がデレる部分がある分、可愛いけど」
「どうせ私は可愛くないわ」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて」
──無駄よ。あんたみたいに可愛くない子、どんなに努力したってどうせ誰にも愛されやしない。
伊緒さんのお母さんの言葉が蘇って、胸の奥に苦い想いが広がった。
伊緒さんはいい人だ。
俺との約束を果たすため、触れたこともないコントローラーを握って必死に頑張ってくれた。
そんな人が、誰にも愛されないわけないだろ。
「そんなことないから」
俺は力強く言った。
「伊緒さん、絶対に可愛くなるから。俺が伊緒さんの可愛いところを必ず見つけてみせるよ」
「……は?」
伊緒さんの口から最大級の冷ややかな「は?」が出た。
「そんな恥ずかしいこと、よく素面で言えるね」
「くっ……。そういうところが可愛くないんだよ……」
俺はガクッと首を前に倒した。
「私は別に、可愛くなりたいなんて思ってない。自分を偽ったってどうせ疲れるだけだし。私はこのままでいい」
「でも……」
「寝ぼけたこと言ってると、エンディングを見逃すよ」
伊緒さんの言う通り、いつの間にかゲームは進み、ラスボスとリリカ&イオ隊長チームとのタイマン勝負になっていた。
しかし二人がいくら攻撃してもラスボスのダメージは楊枝の先でつついた程度のものでしかない。リリカたちは仲間を失った心のダメージにより、攻撃力が弱まっていたのだ。
「バカな者どもだ。愛などというくだらん繋がりがお前らの弱点だと気づかないとは」
「全くその通りね」
「ラスボスに共感すな!」
俺は伊緒さんの無表情な横顔をチラッと見た。
こんなに熱いドラマを見ていてよくそんなことが言えるよな。この三日間、彼女たちと過ごしていて何も感じなかったのか?
「死ね!」
「危ない、イオさん!」
ラスボスの攻撃をくらいかけたイオ隊長をリリカが庇った。彼女のライフはあと一撃で消えるほどまでに減ってしまった。
「イオさん……愛は決してくだらないものなんかじゃない。みんなが、イオさんがいたから……私はここまで生きてこられたの」
「そうだ、いいぞリリカ! 伊緒さんに教えてやれ!」
「うざ」
伊緒さんは嫌がっているけど、ここで感動の奇跡が起きた。
今までの戦いで失った仲間たちの魂がリリカに寄り添い、彼女たちの励ましでリリカが復活。さらに、彼女とイオ隊長は仲間たちの必殺技を同時に使いこなせるようになっていた。
仲間の絆と愛の力を借りて、悲しみを乗り越えたイオ隊長がラスボスを切り裂く。
「見たか……! これが俺たちの……愛の力だ!」(主人公のセリフ)
「さぶっ。鳥肌立ったわ」
「ちょ、感動シーン台無し!」
こうして、物語はこのあとラスボスが持っていた最終アイテム「蘇りの石板」を手に入れ、仲間たちを本当に復活させて大団円となった。
待ちに待ったエンディングでは、リリカとイオ隊長が結婚の約束を交わしてハッピーエンドとなった。
「お疲れ様! ちょっと感動をぶち壊されたところもあったけど、本当にありがとう!」
ハグしようとした俺から身をかわすように立ち上がった伊緒さんがゲーム機に近づく。
「やっと終わったわね」
消そうとしたそのゲーム画面にはデータがもう一つ存在していた。
「あれ……これは?」
そこにはリリカエンドと同じくらいのやり込み量を表す時間が刻まれていた。最終セーブゾーンはラスボスの城の中盤、仲間が死んでいく場面の直前だろうと思われる。
「別に、なんでもない」
「いやいや、ここまでやってるじゃん。別のヒロインでプレイしてたんでしょ? せっかくだからこっちもクリアすれば」
「……あなたの友達のゲームなんでしょ。早く返さなきゃ」
伊緒さんはうるさそうに俺を睨んだ。まるで隠していたテストを親に見つけられて逆ギレしているような態度だ。
「もしかして……ミリアエンド目指してた?」
伊緒さんが気に入ってやり込んでそうなヒロインといえば、あの子しかいない。
「……消すわ」
「いやいやいや! ダメだって!」
俺は慌ててテレビ画面の前に立ち塞がった。
俺の体は透けているけど少しは邪魔になる。
「いいじゃん、気に入ったキャラのエンディングが見たくなったって! 俺は全然恥ずかしいことだと思わないから、続けてよ!」
「邪魔よ。どいて」
「俺、嬉しいよ。伊緒さんが俺の好きなゲームをやりこんでくれてさ。楽しさを分かち合えた感じがして、すっごく嬉し……」
伊緒さんは急に目を吊り上げて、テレビのリモコンを振り上げた。
「楽しくなんかないって言ってるでしょ。そこをどかないなら、これであんたごとテレビを壊す!」
「やめろよ、何十万もするテレビだろ⁉︎」
「邪魔なのよ、もう……消えて!」
「どうしたんだよ、伊緒さん。なんで急に怒ったの?」
伊緒さんは振り上げた手を下ろさない。どうやら本気のようだ。
何でだよ。
伊緒さんは素直じゃない。
プレイ時間を見れば、ミリアをどれだけ愛しているか分かるのに。
その時、俺は伊緒さんの顔がちょっぴり赤くなっていることに気づいた。
……そっか。
伊緒さんはきっと一人でひっそりプレイしたいんだ。
本当は泣きたいし、感動したい。でもその姿を俺に見られたくないんだ。
だから邪魔だ、出て行けと喚いているんだ。
「わ、分かった……消えるよ。まあ、リストは残り9個もあるし、ゲームは焦って返す必要ないから、とりあえずまだ伊緒さんが預かっててよ」
俺はそう言って、テレビの前をそっと離れた。
「もう……いいって言ってるのに」
素直じゃない伊緒さんの呟く声を聞いて、俺は思わず笑みをこぼした。
本当に、可愛くないんだから。


