火曜日の六時間目。
教室にはまだ一週間が始まったばかり、という気だるい空気。
一方、窓の外からは教室と正反対な体育祭の練習をしている下級生の元気な声が聞こえてくる。
黒板に書かれた文字をノートに写しながら、私はぼんやり窓の外を見た。
もうすぐ、体育祭。
ということは、もうすぐ夏が終わる。
あと半年もすれば、私たちは卒業する。
そう考えると、急に時間が早くなったような気がした。
そんなことを考えていたときだった。
「ちょっと早いけど授業を終わりにして朝配り忘れてたもの配ります」
そう言って教卓の上に置かれていた紙の束を取る先生。
「第二回進路希望調査と資格確認書ね。提出日は一週間後の火曜日。ペン止めして出してね。
これから二ヶ月、じっくり考えて、最終的な進路を決めていくことになります。
一回目の調査よりとても重要で重みのあるものだから、今の時点での第一志望をしっかり親御さんと話し合ってきてください」
一週間。
一週間で、「今の第一志望」を決めなきゃいけない。
そう思ったとき、胸の奥が少しだけ重くなった。
一番上に大きく「第二回進路希望調査」と書かれている。
その下に、第一志望校を書く欄。
私はシャープペンシルを持ったまま、しばらくその欄を見つめた。
空欄。
私には、行きたい高校がないわけじゃない。
むしろ、いくつかある。
校風が好きで、夢が見つかるかもしれない海星高校。
仲のいい先輩がいる空桜高校。
大学との連携がある青葉高校。
家から通いやすい星川高校。
どこも、それぞれにいいところがある。
だからこそ、決められない。
「第一志望」
この四文字が、今の私にはやけに重かった。
そして、進路希望調査の下には、資格確認書も挟まっていた。
「資格持ってる人は書いておいてね。英検とか、漢検。コンテスト関係もあれば書いといてください」
周りから、ボールペンを走らせる音が聞こえてくる。
みんな、すぐに書ける自分のものがある。
「英検準二級って書いていいのかな」
「それ書いたほうがいいでしょ」
そんな会話も聞こえてきた。
私は、自分の紙を見る。
資格欄。
書けない。私には、何もない。
資格がないことが悪いわけじゃない。
そう分かっているのに、周りだけが未来のために何かを積み上げているように見えた。
第一志望も空欄。
資格も空欄。
紙の上に、二つの空欄が並んでいた。
そんなことを考えていると、もうSTは終わっていて、クラスメイトも少なくなっていた。
美羽も部活に行ってしまっていて、いなかった。
私は二枚の紙を鞄の中にしまって、図書室へと向かう。
そして、本を返却した後、机の方へ行き、英語の教科書を開いた。
一ページ目を読んだ。 二ページ目に進んだ。
......何も頭に入ってこない。
ずっと頭の中に進路希望調査と資格確認書の空欄が残っていて、集中することができない。
二枚の紙を鞄から取り出し眺める。
どんなに眺めたって空欄が埋まるわけじゃないけれど。
「もう、やめよう。帰ろ」
そして、机の上のものをすべて鞄にしまい司書さんに挨拶をして図書室を出る。
第一志望は、空欄のまま。
資格欄も、空欄のまま。
「重みのあるもの」
先生の言葉が、帰り道になっても頭に残っていた。
家に帰り、いつものようにご飯を食べて、お風呂に入って、弟たちも寝た頃。
「進路の紙、もらった?」
お母さんが聞いてきた。
「うん」
鞄から紙を出して、机の上に置く。
「第一志望、決めた?」
「......まだ」
「そっか」
お母さんは、それ以上「早く決めなよ」とも言わなかった。
私を急かさなかった。
「まあ、鈴音の人生だからね。自分で決めていいんだよ。
私たちがどうこう言う筋合いもないしね」
お父さんも、
「そうだよな。お父さんもお母さんも、鈴音が決めたことなら応援するから」
優しい言葉だった。
分かってる。
私のことを考えてくれている。
お母さんもお父さんも私を急かしたいわけでも、困らせたいわけでもない。
だからこそ、苦しかった。
「自分で決めていい」
その言葉は、自由であるはずなのに。
きっと、幸せなことなのだと思う。
でも、私には、
「自分で決めなきゃいけない」と聞こえてしまった。
「ありがとう、考えるね」
おやすみを言って紙を持ち、部屋へ戻る。
紙を机の上に置き、寝る支度を整える。
あとは、寝る前に本を読んでおしまい。
それだけだったけど。
ふと、机の上に置いた二枚の紙が目に入る。
第一志望の欄は、まだ空白のまま。
もちろんその下も。
自分が将来やりたいことも分からないのに決めてもいいのだろうか。
その選択が悪い方向にいかないか。
そんな疑問が頭に浮かぶ。
二ヶ月というタイムリミットだけが過ぎていって、タイムリミットが近づくたび、私の胸に重くのしかかる。
私はもう一度、紙に目を落とした。
白い空欄が、やけに大きく見える。
...どうしよう。
このままじゃ、いつまで経っても決められない。
どうしてみんな、決められるんだろう。
そう考えたとき、ふと美羽の顔が浮かんだ。
美羽は、もう進路を決めているのかな。
私はそう思いながら、机の上の紙をそっと伏せた。
「明日、美羽に聞いてみよう」
そして、そう呟いた。
教室にはまだ一週間が始まったばかり、という気だるい空気。
一方、窓の外からは教室と正反対な体育祭の練習をしている下級生の元気な声が聞こえてくる。
黒板に書かれた文字をノートに写しながら、私はぼんやり窓の外を見た。
もうすぐ、体育祭。
ということは、もうすぐ夏が終わる。
あと半年もすれば、私たちは卒業する。
そう考えると、急に時間が早くなったような気がした。
そんなことを考えていたときだった。
「ちょっと早いけど授業を終わりにして朝配り忘れてたもの配ります」
そう言って教卓の上に置かれていた紙の束を取る先生。
「第二回進路希望調査と資格確認書ね。提出日は一週間後の火曜日。ペン止めして出してね。
これから二ヶ月、じっくり考えて、最終的な進路を決めていくことになります。
一回目の調査よりとても重要で重みのあるものだから、今の時点での第一志望をしっかり親御さんと話し合ってきてください」
一週間。
一週間で、「今の第一志望」を決めなきゃいけない。
そう思ったとき、胸の奥が少しだけ重くなった。
一番上に大きく「第二回進路希望調査」と書かれている。
その下に、第一志望校を書く欄。
私はシャープペンシルを持ったまま、しばらくその欄を見つめた。
空欄。
私には、行きたい高校がないわけじゃない。
むしろ、いくつかある。
校風が好きで、夢が見つかるかもしれない海星高校。
仲のいい先輩がいる空桜高校。
大学との連携がある青葉高校。
家から通いやすい星川高校。
どこも、それぞれにいいところがある。
だからこそ、決められない。
「第一志望」
この四文字が、今の私にはやけに重かった。
そして、進路希望調査の下には、資格確認書も挟まっていた。
「資格持ってる人は書いておいてね。英検とか、漢検。コンテスト関係もあれば書いといてください」
周りから、ボールペンを走らせる音が聞こえてくる。
みんな、すぐに書ける自分のものがある。
「英検準二級って書いていいのかな」
「それ書いたほうがいいでしょ」
そんな会話も聞こえてきた。
私は、自分の紙を見る。
資格欄。
書けない。私には、何もない。
資格がないことが悪いわけじゃない。
そう分かっているのに、周りだけが未来のために何かを積み上げているように見えた。
第一志望も空欄。
資格も空欄。
紙の上に、二つの空欄が並んでいた。
そんなことを考えていると、もうSTは終わっていて、クラスメイトも少なくなっていた。
美羽も部活に行ってしまっていて、いなかった。
私は二枚の紙を鞄の中にしまって、図書室へと向かう。
そして、本を返却した後、机の方へ行き、英語の教科書を開いた。
一ページ目を読んだ。 二ページ目に進んだ。
......何も頭に入ってこない。
ずっと頭の中に進路希望調査と資格確認書の空欄が残っていて、集中することができない。
二枚の紙を鞄から取り出し眺める。
どんなに眺めたって空欄が埋まるわけじゃないけれど。
「もう、やめよう。帰ろ」
そして、机の上のものをすべて鞄にしまい司書さんに挨拶をして図書室を出る。
第一志望は、空欄のまま。
資格欄も、空欄のまま。
「重みのあるもの」
先生の言葉が、帰り道になっても頭に残っていた。
家に帰り、いつものようにご飯を食べて、お風呂に入って、弟たちも寝た頃。
「進路の紙、もらった?」
お母さんが聞いてきた。
「うん」
鞄から紙を出して、机の上に置く。
「第一志望、決めた?」
「......まだ」
「そっか」
お母さんは、それ以上「早く決めなよ」とも言わなかった。
私を急かさなかった。
「まあ、鈴音の人生だからね。自分で決めていいんだよ。
私たちがどうこう言う筋合いもないしね」
お父さんも、
「そうだよな。お父さんもお母さんも、鈴音が決めたことなら応援するから」
優しい言葉だった。
分かってる。
私のことを考えてくれている。
お母さんもお父さんも私を急かしたいわけでも、困らせたいわけでもない。
だからこそ、苦しかった。
「自分で決めていい」
その言葉は、自由であるはずなのに。
きっと、幸せなことなのだと思う。
でも、私には、
「自分で決めなきゃいけない」と聞こえてしまった。
「ありがとう、考えるね」
おやすみを言って紙を持ち、部屋へ戻る。
紙を机の上に置き、寝る支度を整える。
あとは、寝る前に本を読んでおしまい。
それだけだったけど。
ふと、机の上に置いた二枚の紙が目に入る。
第一志望の欄は、まだ空白のまま。
もちろんその下も。
自分が将来やりたいことも分からないのに決めてもいいのだろうか。
その選択が悪い方向にいかないか。
そんな疑問が頭に浮かぶ。
二ヶ月というタイムリミットだけが過ぎていって、タイムリミットが近づくたび、私の胸に重くのしかかる。
私はもう一度、紙に目を落とした。
白い空欄が、やけに大きく見える。
...どうしよう。
このままじゃ、いつまで経っても決められない。
どうしてみんな、決められるんだろう。
そう考えたとき、ふと美羽の顔が浮かんだ。
美羽は、もう進路を決めているのかな。
私はそう思いながら、机の上の紙をそっと伏せた。
「明日、美羽に聞いてみよう」
そして、そう呟いた。
