9月12日 わかれみち

 アラームに起こされたあと、カーテンを開けるより早く小説サイトの新着更新ページを開く。
 『9月12日 わかれみち』
 何度スクロールしても見つけられず、スマホを投げて再び布団に潜り込む。
 
 文化祭から数週間が経つが、彼女の物語は投稿されない。
 ペンネームくらい聞いておけばよかったか。ていうか、普通にインスタ交換しとけって。
 
 起き上がり、机に置かれたカメラを手に取る。
 カーテンの隙間からのぞく朝日に照らされた、写真集やカメラ関連本に焦点を合わせた。
 光の方向、被写体との距離の取り方など、いい写真を撮るために教えらえた知識を総動員してシャッターを切る。
 写真は、もっと自由に撮るものだと思っていた。
 そう、別れた彼女、エリがしていたみたいに。

 彼女は、親世代がノスタルジーを感じるような使い捨てカメラ(正確にはレンズ付フィルム)を持ち歩いていた。
 笑ってとか、撮るよなんて声をかけられたことは一度もなかったから、振り返ったらカメラ越しに目が合うなんてことがよくあったっけ。
 現像された写真は、どれもぼんやりと靄(もや)がかったような、リアルなざらついた質感さえ残っていて。
 俺のうしろ姿、海、溶けかけのアイス、ふたり並んだ足。
 まるであのときの瞬間がそのまま形になったような、切り取られた一瞬の美しさ、彼女の見た景色を感じられることの幸せ。
 どうしようもなく写真が好きになって、だから俺もカメラを始めた。

 写真部に入り、この世界はもっと奥深いことを知った。カメラもレンズも星の数ほどあるような気がしたし、撮ることと同じくらいレタッチすることの大切さを知った。作品をつくることの面白さも知った。
 ただなんだろう、俺の撮る写真はいつも、誰かの真似みたいに既視感があって。きれいなんだけど、それ以上の感情が呼び起こされない。
 エリの撮った写真のような、あたたかさが欲しかった。フィルムカメラで撮ればいいなんて、単純なものじゃない。
 
「エリのこと、忘れられないだけか……。ださ」

 うっかり声に出したことで意識してしまった空白を、

「カメラやめよっかな……」

 祈りにも似た切実さで埋めようとしても、おもしろいくらい塗り潰せない。


 写真を通して、自分の心と誰かの心を触れ合わせたい。想像したとおりに、誰かの心を揺らしてみたい。
 完璧な伝言ゲームが、なかなか存在しないのと一緒で、いや、そもそも言葉なしで伝わる想いなんてないかもしれない。
 それでも。
 思ったとおりに伝わってほしい、認められたい。
 俺のこと、わかってほしい。
 そう願うことは、わがままなんだろうか?