9月12日 わかれみち

 校庭で開かれているミスターコンの結果発表が、かすかに聞こえてくる。終了時刻が近いこともあって、中庭にいる人はまばらだった。
 ベンチに腰掛けると、俺から少し距離を取りトートバッグを抱きしめるようにして彼女も座った。
 中学は共学だったし、少し前まで彼女もいたから、女子といても自然と会話できるはずだった。けれど彼女の緊張がうつり、なんだか上手く切り出せない。

「感想!なんですけど」

 突然彼女がしゃべりだし、思わず腰を浮かせてしまう。

「どんな物語が浮かんでくるかなって思いながら、展示してある写真を見てました。『9月12日 わかれみち』を見た瞬間……吸い込まれました」

 彼女の口からすらすらと飛び出す言葉を同じ速さで理解できず、瞬きを繰り返した。トートバッグを抱きしめる腕がゆるんでいく様を、呆然と眺める。

「見上げると、ビルの隙間からキレイな夕焼けが応援するようにのぞいていて」
「ごめんなさい。物語って……」

 彼女はきょとんと黒目を揺らし、顔を赤くしてうつむいた。

「……わたし、趣味で小説を書いていて。写真とか絵から物語を考えることが多いんです……ごめんなさい」
「いや、あやまらなくても……なんか、ごめんなさい」

 ふたりして小さく丸まり、しばらくしてから小さく笑い合った。
 秘密を分かち合ったような親密な雰囲気がふわり、優しく包みこまれる。

「小説、書いてるなんてすごいですね」
「わたしからしてみたら写真だって」
「写真は、あるものを切り取って保存することだから。一から作り上げる小説とは違うんだろうなって思います」
「わたしは……写真も小説も、自分の想いを形にしてるだけだと思ってます」

 言い切った彼女が、はにかむように笑ってから正面に視線を戻した。
 横顔を眺めるうち、胸の内で曖昧なまま漂って抜けていかなかったものが、輪郭を伴っていくのを感じた。

「……形にしたら、見せたくなる」
「ですよね。だからわたしも、小説サイトに投稿しちゃったりして」
「表に出したら、自分と同じように感じてほしいって思いませんか? いいねって思われたいって」

 再びこちらを見た彼女の瞳の奥に、自分と似たような光を見た。どこか諦めたような表情も、自分と同じだった。
 ミスターコンが終わったのか、歓声と拍手が流れてくる。自分たちとは遠いところで鳴り響く、夢見た世界の音のように。

「わかります。自分が読みたいものが書けたからいいやって思い直しても、ブクマもいいねも欲しいです。フォローもされたい。でも現実は、PVがゼロとかざらだし。矛盾してますよね」
「俺もさ、具体的なこと言っちゃうと……君がいいねって言ってくれた写真は、落書き同然に扱われて全然見てもらえなかったよ。撮ったときの感情が丸ごと詰まってる、思い入れのある写真なんだけど……評価されなくて。だから君がいいねって言ってくれたこと、まじですげーうれしかった」
「そんな、あの写真すごい良かったです! 胸に迫るものがあって、長い時間見ていられなくて。思わず涙ぐんじゃいました。夕焼けが、自分の選んだ道を明るく照らしてるみたいで」
 
 ふっと、目の前に透明な黒い布を被されたように、視界がくもる。

「選んだ……もしかして『わかれみち』って、分離のほうの分かれるって思いました?」
 
 遠慮がちに頷かれ、急激に胸の温度が下がっていく。
 あれは彼女と別れた帰り道の写真。つまり別離のほうの別れるを想定してつけた。別れとダイレクトに書くとみんなに詮索されるから、わざと平仮名で書いた。分離だと誤解されるとは思わなかった。

 これが伝わらない写真ってことか。

 あの日。エリが、大好きだった彼女が遠ざかっていく。耐えられなくて見上げた夕焼けが綺麗だった。それはふたりで過ごした日々の全てで、手繰り寄せたくて手を伸ばしても、ビルと電線が邪魔をする。そのとき感じた痛みを伝えたくて撮った写真なのに。
 何も伝わらない。
 
「……大丈夫、ですか?」

 心配そうな声で我にかえったあと、なんだか不思議なくらい笑いがこみ上げてきた。

「もしよかったら、小説、読ませてもらえますか?」
「え、読んでくれるの?」

 戸惑うように笑う彼女と、焦点が合っていないとわかりつつも笑顔で頷く。
 写真も小説も、どうでもいいや。この子けっこうかわいいし、これがきっかけで仲良くなるのもいいかもしれない。彼氏持ちだったら、誰か紹介してもらうのもいい。
 ポケットからスマホを出そうとしたところで、聞きなれない単語が流れてきた。

「え?」
「わたしが投稿してる小説サイトです」

 ポケットに突っ込んだ手の行き場を失ったまま、連呼された呪文みたいな単語が頭の中のメモリーに書き込まれる。

「タイトル、そのまま借りても大丈夫ですか?」
「う、うん」
「ありがとうございます! たぶん、一か月から二か月くらいかかりますが、完成したら公開します!」
「あ、うん。ていうか」

 絶妙にかみ合わない会話は、文化祭終了のアナウンスに遮られた。彼女がすっと立ち上がり、手を振りながら遠ざかる。
 ロボットのように手を振り返しながら、人混みに消えていく背中を眺めていた。