9月12日 わかれみち

 来場者と生徒でごった返すなか、見えない糸に導かれるように足が動く。
 服は何色だった? たしかアイボリーっぽいパーカーに、ジーンズを合わせていたはず。あと生成りのトートバッグと、きっちりまとめた黒い髪。
 しばらくして、前方にそれらしき後ろ姿を見つけた。彼女のまわりが薄く発光して見えたのは、会いたいと強く願ったからかもしれない。

「あ、の」

 人混みを抜け、階段を下りようとした背中に声をかける。ふわりと撫でる風くらい細い声だったにも拘(かか)わらず、彼女が振り返った。

 え。泣いてる……?

 潤んだ目、鼻の頭は赤く、唇は嗚咽をこらえるような形で結ばれている。
 素朴な服装からは想像できなかった整った顔よりも、泣き顔に驚いて言葉が続かなくなる。
 なに、と潤んだ瞳で訊かれた気がして、しどろもどろになりながら、

「感想ノート見て。えっと、写真部です。わかれみち、は、俺の作品で……その、ありがとうございました」

 汗を拭いながら繋いだ言葉に、彼女が「え」と小さく声を漏らした。しばらくきょろきょろしたあと、顔を赤らめる。

「あ、最後の写真の」
「そうです! うれしくて……ごめんなさい、こんなに追ってきちゃって」

 ふたりしてうつむいているところを、生徒たちが意味深な視線を投げかけながら通り過ぎる。居心地が悪くなって「じゃあ……」と戻ろうとしたところで肩を叩かれた。部長だった。

「上野から聞いたよ。海人が脱走したって」
「あ、すみません、すぐに」
「交代の時間だから戻らなくていいけど」

 部長が隣にいる彼女を見て微笑む。

「僕、写真部の部長してます。長い時間かけて部員の作品を見てくださったって聞きました。ありがとうございます」

 さらりとお礼を伝える部長に惚れそうになった。写真部の部長をしつつ、華やかなテニス部にも所属していた先輩はなにもかもがちがう。
 彼女は緊張してるのか、トートバッグをぎゅっとつかんで体に寄せ、ぺこりと頭を下げた。

「せっかくだから、作品の感想をもっと聞かせていただけますか? とてもいい機会なので。な? 海人」
「ちょ、部長――」

 部長はうろたえる俺に構わず、爽やかな風のように階段を下りていった。
 どうしよう。迷う心の内側で、知りたいという衝動がむくむくと湧き上がる。
 誰の心にも留まらなかった作品を好きだと言ってくれた理由。そのわりに、すぐに立ち去った理由。最初、泣き顔だった理由も。

「……時間、大丈夫ですか?」

 勇気を振り絞って聞くと、はにかんだ彼女が小さく頷いた。ふわりと浮いた心地のまま、跳ねるように中庭へと向かった。