9月12日 わかれみち

「ちょ、ちょっと海人。やばい人いるんだけど」

 上野が耳打ちしながら椅子に座ろうと体を詰めてくる。

「ちょっと、なに」
「やばいんだって」
「なにが」
「制服着てないからどこの学校かわかんないんだけど、ひとりの女子がさ!」

 制服を着ていない女子。やたら緊張してそうな雰囲気の女子をカウントしたのは、だいぶ前だったはず……。

「すげー写真、凝視してんの! どの写真も1枚あたり5分以上はいる。こう、引いて見たり近寄って見たり……どっかの審査員かな!?」
「でも女子高生でしょ、それ」
「おそらく」

 入り口からそっと覗き見る。首を傾げたり、腕組みしたり、口に手を当てたり。まるで会話してるみたいだ。

 この子、俺の写真の前ではどんな顔するんだろう。

 彼女が高2の写真展示エリアに入る。無理を言って上野と受付を交代してもらい、そっと教室に入った。
 さりげなく近くに寄ると、たまに「あ」とか「そう」とか声が出ているのに気づいた。彼女の前には、柴犬がドアップであくびしている写真がある。この作品から、なにを感じているんだろう。
 しばらくして俺の写真の番になったところで、「どれもすごくきれいですね」と、小学生を連れたお母さんから話しかけられてしまった。
「わたしも学生のころ、写真を撮っていて」と、昔の自分と対話するように話し込むお母さんを無視できず、相槌を打ちながら話を合わせているところで、誰かが後ろを通り過ぎる気配を感じた。
 彼女だった。
 感想ノートの前で立ち止まり、さらさらと一言書いたあとは、逃げるように教室を出て行ってしまった。
 
 はやい。俺のだけ……。

 お母さんと話していたから時間を短く感じたわけじゃない。実際に、彼女が俺の写真を見ている時間は短かった。素通りされたかもしれない。
 お母さんの話が終わり、感想ノートの前に行く。新しいページになっていたので、そっとページをめくって前のものをのぞいたとき、

――わかれみち 好きです

 モノクロだった世界が急に色づいて、
 あざやかな色彩に押されるようにして、教室を飛び出した。