9月12日 わかれみち

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「展示する写真を差し替えたい?」

 机の上には、来週に控えた文化祭に向けて拡大印刷した写真が並べられていた。
 部長はその中から俺の写真を取り、「うまくできてると思うんだけど」と呟く。
 夏の撮影旅行で撮った海の写真。朝、昼、夕方、夜と時間だけ変えて、同じアングルで撮影したものだった。
 『海人(かいと)の海シリーズ』といわれ、ありがたいことに写真部内でも評判が高かったけれど。

「来月の写真展ではだめなの?」
「あ……はい。できれば」
「そう。で、どんな写真?」

 抱えていた封筒から、展示用に拡大印刷した写真を差し出す。
 部長はわずかに眉をしかめたあと、犯行現場の写真でも確認するように目を凝らした。

「……これ、フィルムカメラで撮った?」
「ちがいます」
「なんでレタッチしてないの。わざと?」
「……はい」

 レタッチ、被写体の魅力を最大限に引き出すために、細部を修正する作業。色や明るさの調整、不要物の除去なども含まれる。この高校に入ってからカメラを始めたので、そのあたりのいろはは先輩たちに叩き込まれた。
 けれど今回は、たいした補正もせず現像しただけだった。
 
「わざとは、なんで?」
「……残したくて」
「残す?」
「レタッチしたら、シャッターを切ったときの衝動とか全部、消えてしまう気が……したんです」

 9月12日、学校からの帰り道だった。中学卒業からつき合いだした彼女から「別れてほしい」と言われた。
 第一志望だった都立高に自分だけ落ちて。受かった彼女はそこで、新しく好きな人ができたから。
 
 ありがちな理由に、あっけなく壊された青春。
 
 遠ざかる彼女の背中から目を逸らし、たまらなくなって空を仰いだ。
 立ち並ぶ灰色のビル、張り巡らされた電線の隙間から見えた夕焼け。
 ありふれた都会の景色で、ものすごく綺麗だと思ったわけじゃない。
 ただ残しておきたかった。

 糸が引きちぎれる瞬間の、痛みを。
 
 鞄の中からカメラを出し、夢中でシャッターを切った。
 震える指先で。滲む視界のまま。
 
「……思い入れのある写真なのはわかったけど、なんていうか……今回の目的は、展示して来場者の方に鑑賞してもらうことだから」

 自分のアルバムを、他人に見てもらう会じゃない。

「これじゃだめですかね……」
「だめっていうわけじゃない。ただ、この写真だけじゃ伝わらない」

 伝わらない写真からは、心を揺らすような感動も生まれない。ただの紙切れと同じ。
 だけど。
 部長から写真を戻されたものの、素直に手が出ない。
 
「……そこまで言うなら、海シリーズと一緒に展示すればいいよ。文化祭には数点展示するやつもいるし」
「でも、俺だけそんなに多くて大丈夫ですか?」
「うん。ただ、海シリーズは4枚でひとつの額装に変更して。で、この写真のキャプションは?」

 展示する写真ごとに、キャプションという説明書きを添えることにしている。
 書くことは、もう決まっていた。


「『9月12日 わかれみち』です」