第九話
弁木先輩と別れて、何だかやる気が無くなった僕はダラダラと道を歩いていたせいで、やっと家に着く頃に、真田先輩からメールが届いた。
『明日の朝、八時に剣道場に集合』
今まではやってなかったけど、三年生が一気に辞めたことで朝練でも始めることにしたのだろうか。
(……朝から痛いの嫌だな)
ふぅ、と重いため息を吐きながらも、真面目な僕はきっちり学校に行くんだろうな。
そんなことを考えていると、弁木先輩からも連絡が入り、僕はご機嫌で家の階段を登ったのだった。
そして、この日も――
僕は、寝落ち電話をすることになり、エア弁木先輩と一緒に寝るという贅沢な夜を過ごしたのだった。
翌朝、僕はいつもよりも早めに家を出た。
だって、今朝は弁木先輩に「凪、起きてるか?」という、僕の名前を呼ぶ声に起こされたからだ。
「悪い、また寝てたな。また後で学校でな」
そう言われたら、遅刻するわけにはいかないじゃないか。
朝から髪の毛を執拗に伸ばして、ピカピカになった状態で玄関へと向かうと、足元で豆柴のコロが嬉しそうに尻尾を振っていた。その頭を撫でてから扉を開け、強くなってきた日差しに目を細めながら通学路を急いだ。
部室に着くと、皆が不安そうな顔をしていた。
「だって、三年生が四人もいなくなったんだぜ、もっと厳しく指導しよう、とか言い出すかもしれないだろ」
「あり得るよな……」
部活が厳しくなると思ったのは、僕だけじゃなかったみたいだ。
「おはよ、凪」
後ろから掛けられる低い声――誰か、なんて顔を見なくても分かる。
「おはようございます」
朝から弁木先輩に起こしてもらえて、名前を呼んでもらえて嬉しくなってしまった僕は、犬のコロみたいに尻尾でも振りそうな気分で先輩の隣を歩きながら、いつも以上に軽い足取りで剣道場に向かっていた。
剣道場に集まっていたのは、弁木先輩を含んだ二年生が二人と、僕を含めた一年生が三人。
(……あれ? 何か少ない?)
元々、剣道部は三年生五人、二年生四人、そして新入部員の一年生が三人の、合計一二人の部だったはずだ。
三年生が四人やめて、残り八人のはずなのに。
今は六人しかいない。
不思議に思っていたら、真田先輩が剣道場の中へ一礼をしてから入ってきた。
「朝から悪いな。あれから二年生二人も辞めたいと言ってきて、今いるこの六人が剣道部の全員になった」
僕は真田先輩の言葉に、目玉をひん剥いていた。
(……僕が弁木先輩のまつ毛に気を取られてる間に、さらに二人も辞めただって!?)
(どうして入部して二週目から退部届を用意していた僕が未だに出せていないって言うのに、他の奴らはホイホイ出せるんだよ!)
僕だって、弁木先輩の誘惑さえなければ、今頃楽になっていたはずなのに。
思わず憤った僕に、何も知らない弁木先輩が、僕の肩をぽんと叩くと呟いた。
「部員が半分になった、ってことは、今度の大会どうなるんだろうな」
驚いて振り向いた時に、弁木先輩からふわりとシトラスの柔軟剤が香って、鼻をヒクつかせてしまう。
(あ〜、やば、これ、好きな匂い〜)
そして、瞬きをするたびに上下に動く短いまつ毛。
(……やっぱり短いまつ毛、好き)
完全に意識を逸らされた僕は、何も考えずに頷いていた。
「一年は大会出る予定なかったけど、凪も出れるかもな」
に、と八重歯を見せて笑う。
その顔を見てしまったら、「実は僕も、本当は退部届を出したい」なんて言えるわけがなかった。
(……退部届を出せないのも、全部、弁木先輩のせいなのに! シトラスの香りと弁木先輩のコンボが最強すぎて、離れたくない!)
弁木先輩と別れて、何だかやる気が無くなった僕はダラダラと道を歩いていたせいで、やっと家に着く頃に、真田先輩からメールが届いた。
『明日の朝、八時に剣道場に集合』
今まではやってなかったけど、三年生が一気に辞めたことで朝練でも始めることにしたのだろうか。
(……朝から痛いの嫌だな)
ふぅ、と重いため息を吐きながらも、真面目な僕はきっちり学校に行くんだろうな。
そんなことを考えていると、弁木先輩からも連絡が入り、僕はご機嫌で家の階段を登ったのだった。
そして、この日も――
僕は、寝落ち電話をすることになり、エア弁木先輩と一緒に寝るという贅沢な夜を過ごしたのだった。
翌朝、僕はいつもよりも早めに家を出た。
だって、今朝は弁木先輩に「凪、起きてるか?」という、僕の名前を呼ぶ声に起こされたからだ。
「悪い、また寝てたな。また後で学校でな」
そう言われたら、遅刻するわけにはいかないじゃないか。
朝から髪の毛を執拗に伸ばして、ピカピカになった状態で玄関へと向かうと、足元で豆柴のコロが嬉しそうに尻尾を振っていた。その頭を撫でてから扉を開け、強くなってきた日差しに目を細めながら通学路を急いだ。
部室に着くと、皆が不安そうな顔をしていた。
「だって、三年生が四人もいなくなったんだぜ、もっと厳しく指導しよう、とか言い出すかもしれないだろ」
「あり得るよな……」
部活が厳しくなると思ったのは、僕だけじゃなかったみたいだ。
「おはよ、凪」
後ろから掛けられる低い声――誰か、なんて顔を見なくても分かる。
「おはようございます」
朝から弁木先輩に起こしてもらえて、名前を呼んでもらえて嬉しくなってしまった僕は、犬のコロみたいに尻尾でも振りそうな気分で先輩の隣を歩きながら、いつも以上に軽い足取りで剣道場に向かっていた。
剣道場に集まっていたのは、弁木先輩を含んだ二年生が二人と、僕を含めた一年生が三人。
(……あれ? 何か少ない?)
元々、剣道部は三年生五人、二年生四人、そして新入部員の一年生が三人の、合計一二人の部だったはずだ。
三年生が四人やめて、残り八人のはずなのに。
今は六人しかいない。
不思議に思っていたら、真田先輩が剣道場の中へ一礼をしてから入ってきた。
「朝から悪いな。あれから二年生二人も辞めたいと言ってきて、今いるこの六人が剣道部の全員になった」
僕は真田先輩の言葉に、目玉をひん剥いていた。
(……僕が弁木先輩のまつ毛に気を取られてる間に、さらに二人も辞めただって!?)
(どうして入部して二週目から退部届を用意していた僕が未だに出せていないって言うのに、他の奴らはホイホイ出せるんだよ!)
僕だって、弁木先輩の誘惑さえなければ、今頃楽になっていたはずなのに。
思わず憤った僕に、何も知らない弁木先輩が、僕の肩をぽんと叩くと呟いた。
「部員が半分になった、ってことは、今度の大会どうなるんだろうな」
驚いて振り向いた時に、弁木先輩からふわりとシトラスの柔軟剤が香って、鼻をヒクつかせてしまう。
(あ〜、やば、これ、好きな匂い〜)
そして、瞬きをするたびに上下に動く短いまつ毛。
(……やっぱり短いまつ毛、好き)
完全に意識を逸らされた僕は、何も考えずに頷いていた。
「一年は大会出る予定なかったけど、凪も出れるかもな」
に、と八重歯を見せて笑う。
その顔を見てしまったら、「実は僕も、本当は退部届を出したい」なんて言えるわけがなかった。
(……退部届を出せないのも、全部、弁木先輩のせいなのに! シトラスの香りと弁木先輩のコンボが最強すぎて、離れたくない!)
