判官贔屓の恋

第八話

 結局、弁木(わけぎ)先輩と向かったのは学校からほど近いファミレスだった。そこは、日本全国どこにでも存在するチェーン店であり、学生にも良心的な値段設定がお財布に優しいとは言われていた。だけど、ちょっとごちゃごちゃした店内が好きじゃなくて、あまり来たことがなかった。
 だけど、弁木(わけぎ)先輩と初めて一緒にご飯を食べた店、ということで、これからその事実を噛み締める度に再訪することが僕の中で決定したのだった。

 案内されたのは、ソファが置かれたボックス席。座る時に、弁木(わけぎ)先輩が斜めに座るのが不思議で、机の下を覗いてみると、足の長い弁木(わけぎ)先輩には納まりが悪いらしい。やむなくとばかりに、斜めに座る姿がちょっと新鮮だった。
 いつも真正面から僕を見る弁木(わけぎ)先輩の顔も、少し斜めから見るだけで、いつもよりも精悍さが増している気がして、慌ててメニューに目を落とした。

 僕はチラチラとメニューの隙間から弁木(わけぎ)先輩を盗み見る。
 すると、先輩の伏せたまつ毛が、案外短いことに気づいてしまう。世間では長いまつ毛の方が良いみたいな風潮があるけれど、僕はラクダみたいな長いまつ毛よりも、弁木(わけぎ)先輩のように短い方が好感が持てるのは何故なのか。

(弁木(わけぎ)先輩にくっついてるまつ毛だからかな……)

 瞬きをするたびに見えなくなるまつ毛が、非常によく見えるのは、僕の目が特別だからだろうか。
 無駄に感謝しながら、僕は結局メニューも見ないままに、適当な番号を注文していた。

 そして訪れた沈黙に、僕はメニューの端をいじいじと弄ってやり過ごそうとしていた。
 そんな時、ぽつりと弁木(わけぎ)先輩が呟いた。
 
「副将は、どうなるんだろうな」

 弁木(わけぎ)先輩から聞き慣れない呪文のような言葉が出て、僕はひとつ瞬きをした。
 それから、口の中だけで同じ言葉を繰り返してみた。

(……副賞は、どうなるんだろうな)

 繰り返して見たけれど、言ってる意味が、さっぱり分からなかった。

(……剣道部の話、だよね?)

 僕が弁木(わけぎ)先輩の短いまつ毛に気を取られていたせいで、直前の話を聞いてなかったのかもしれない。
 でも「聞いてなかった」なんて言えるわけがない僕は、やむなく神妙に頷いて見せた。

「やっぱ、大将は真田さんだろ?」
(……大賞は真田先輩?)
「……そう、なるんですかね」

 弁木(わけぎ)先輩に合わせて言ってみたものの、本気で何のことを言っているのかが分からない。
 皆で真田先輩に「元気になって欲しいで賞」みたいなものを渡したい、ということなんだろうか。
 だけど、それも聞くこともできないままに僕は、この言葉にも神妙に頷きながら同意していた。

「となると、先鋒は俺か? でも、次鋒と中堅は」

(戦法が弁木(わけぎ)先輩? 時報は時間を聞く電話のことだよね? ってなると、忠犬はハチ公のこと? 待ち合わせの時間と場所の話かな)

 ぶつぶつ呟きながらスマホに目を落とした弁木(わけぎ)先輩をよそに、僕の目はまたしても先輩の短いまつ毛の長さについて考えていた。

(……弁木(わけぎ)先輩って足は長いのに、まつ毛が短いというギャップがいいのかもしれない)

 そして料理が運ばれてくると、弁木(わけぎ)先輩がスマホをテーブルに置いて、話が途切れた。
 僕はどうやら、シーザードレッシングが掛かったサラダを頼んでいたらしい。対して弁木(わけぎ)先輩が頼んだのは、こってり油が乗った焼き豚定食。
 弁木(わけぎ)先輩は、付け合わせのサラダを綺麗に食べ終えてから、味噌汁を口に運ぶ。

(……弁木(わけぎ)先輩、お箸の使い方が綺麗だ)

 弁木(わけぎ)先輩の大きな体に見合った節立った大きな手には、僕の持っている箸よりも短く見える黒いプラスチックの箸が握られている。
 夕食には早い時間なのに、弁木(わけぎ)先輩の口に焼き豚が吸い込まれるように入っていく。

(……弁木(わけぎ)先輩、晩御飯食べれなくても怒られないのかな)

 初めて学校の外で食事をする姿を心配しながら、どんどんと消えていく焼き豚を見ていた僕は知らなかった。
 弁木(わけぎ)先輩が、家に帰っても同量以上の晩御飯を食べるほどの大食漢だということを。

「凪は、それで足りるのか?」

 そう聞かれて、僕は頷く。むしろ、胸がいっぱいで、本当はサラダも入らないほどだった。
 
 食事を終えると長居をすることもなく、店の前で解散となってしまう。
 僕としては、もう少し一緒にいたかったけど、そこで食い下がるのも何だか恥ずかしくて頷いた。

 僕は弁木(わけぎ)先輩にとって、背中を押すのが上手で、目がいいだけの可愛い後輩。
 それ以上でも、それ以下でもないことも分かってる。

(もっと一緒にいたいのが僕だけってことぐらい、ちゃんと分かってるんだから)

 遠ざかっていく刈りたての襟足を見送りながら、僕は制服の裾を小さく握りしめていた。