判官贔屓の恋

第五七話

「今年のMVPは、やっぱり時津高校の弁木(わけぎ)くんでしたね」
 三波さんがそう言っていたのを聞きながら、僕はスキップでもしそうな勢いで控え室に向かっていた。
 今、弁木(わけぎ)先輩は今大会の最優秀選手としてインタビューを受けている。

 あの後、満身創痍ながらも弁木(わけぎ)先輩は副将を倒し、その後に控えていた大将との戦うこととなった。
 明らかに疲れが滲んでいた弁木(わけぎ)先輩だったけれど、これが最後だと思ったのか、胸元に手を当て精神統一を図ると、再び息を吹き返したように最後の一戦に向かったのだった。
 正に死闘とも言える大将戦は、引き分けが許されていないため、長時間の拮抗状態が続く長い戦いとなった。長くなればなるほど不利になるのは、弁木(わけぎ)先輩の方だったはずだ。
 けれど、最後の一瞬の隙をついたのは、弁木(わけぎ)先輩だった。
 それは、僕が一臣先生から教わっていた、後ろに下がった後、一気に間合いを詰める「逃げる剣道」。
 審判の赤旗三本が同時に上がるような、見事な一本だった。
 優勝が決まった瞬間、「よっしゃぁ」と、佐竹先輩の声が聞こえたけれど、弁木(わけぎ)先輩はまだ戦いの中にいた。互いに礼が終わるまで、試合は続いているのだ。

 相手選手に目を向けたまま、隣に戻ってきた弁木(わけぎ)先輩が面を脱ぐと、滝のような汗が流れ落ちていった。
 佐竹先輩たちの労いに弁木(わけぎ)先輩が応える中、極度の緊張に固まっていた僕は、弁木(わけぎ)先輩に労いの言葉を掛けることもできずに、ただニタリと笑っただけだったことは、今でも忘れたい現実ではあった。
 全ての試合を終えると、慌ただしく優勝旗の授与があり、代表して弁木(わけぎ)先輩が受け取った。
 次回の巡旗杯は神奈川で大会が開催されることが決定したのだった。
 
 控え室に戻ると、ネット上にインタビューの生中継が流れているようで、僕も一臣先生が持っている大画面のタブレットを覗き込んだ。
「今日の五人抜きをした決勝戦の気迫、本当に凄まじかったですね。どのような気持ちで臨んでいたのでしょう」
「絶対に俺で止めるという気持ちでいました」
「大将の九条選手は、一年生だったそうですね。一年生が大将をすることに不安はありませんでしたか?」
「いえ、そういった気持ちはありませんでした」
 インタビューされている姿を見て、僕も「本当に優勝したんだ」という実感が、追いついてくるみたいだった。
 ――やばい! 汗に濡れた弁木(わけぎ)先輩格好いい!
 ――ちょっぴり見える八重歯が可愛い!
 心臓に詰められた子ウサギたちが、久しぶりにぴょこぴょこ飛び跳ねるのを感じながら、僕は遠くから画面を見つめた。

「大会二日目が始まってから弁木(わけぎ)慶次郎選手のことを『弁慶』と呼ぶ観客が現れていたようですが、ご存知だったでしょうか」
「……いえ、初めて聞きました」
「背の低い九条選手を守るような弁木(わけぎ)選手の姿が、弁慶のように見えたようですよ」
 そう言われて、弁木(わけぎ)先輩も言葉に詰まっていたが、それより僕の方が驚いていたに違いない。
 インタビュアーの言葉に、一臣先生がスマホで検索をすると、弁慶と牛若丸という言葉が踊ったその下に、汗ひとつかかず、ニタリと笑った僕が、ボロボロに疲れ果てた弁木(わけぎ)先輩に目を向けている写真が載せられていた。
『マジで牛若丸を守る弁慶みたいだった』
『立ち往生しそうなぐらいの猛攻に感動した』
『一年で大将をしてるなんて、牛若丸の実力は!? どれだけ強いんだ!?』
 などなど、弁慶と謎の牛若丸を持て囃すような適当な言葉の羅列が並び、僕は一気に青褪めていた。
「――これ!? 僕っ!!」
「うーん、これは……九条くんも次の大会出ることになったら、大変なことになりそうだね」
「そんなっ! 僕、一番弱いから、大将に選ばれただけで……!」
 困ったようにしながらも、ワクワクしていそうな一臣先生を見て、僕は目に涙を浮かべていた。
「頑張って実力つけるしかないかもしれないね、牛若丸・九条くん」