第五六話
弁木先輩は、新見さんの竹刀を首を傾けることで避けると、すれ違い様に、パァン、と高い音を響かせながら胴を決めた。
それが開始早々のことで、あまりの速さに、皆が固唾を飲んで見守るしかなかった。
これで、一対一になったけれど、圧倒的に崖っぷちに立たされているのは弁木先輩だ。
二本目奪取に燃える新見さんは、焦りでか、いつものようなスタイルを保てていない。
もしかしたら、副将から先鋒に変更したのも、真田先輩がいない時津高校を全否定するためだったのかもしれない。五人抜きを決めることで、真田先輩が大将であるべきだと、言いたかったのかもしれない。
だけど、真田先輩に頼っているわけにいかない。いつか真田先輩は卒業してしまうのだから。
そんな想いも、弁木先輩にはあったのかもしれない。
そして、最後の一本を奪取したのは、長い打ち合いを制した弁木先輩だった。
審判の赤い旗が上がり、弁木先輩の勝利が確定した時にも、ガッツポーズをすることも、笑みを浮かべることもなく、相手に向き合い続ける。
それこそが、剣道のあるべき姿。
まるでそれを体現するように、弁木先輩は荒れた息を整えるようにしながら、新見さんへ丁寧なお辞儀をしていた。
新見さんに勝った弁木先輩は、その勢いのまま次鋒、中堅にも勝ち、残るは副将と大将のみとなった。
けれど副将との試合が始まって早々に、弁木先輩よりも体の大きな副将に力で押され、弾き飛ばされるようにして床に倒れ込んでしまう。
僕は膝に置いた指にぎゅっと力が入り、強く握り締めた。
今まで僕は、弁木先輩の試合をずっと、選手から遠く、誰の視界にも入らない、そんな安全な観客席から見守ってきた。
だけど今日は、大将として、誰よりも弁木先輩の傍にいる。
流れ落ちる汗も、疲労に震える指先も、そして漏れる荒い呼吸も、目に見えてわかるほど近くに――。
手から離れてしまった竹刀を拾い上げ、戻っていく弁木先輩の背中は、明らかに疲労が滲んでいた。
そんな弁木先輩の背中に、佐竹先輩が「まだいけるぞ!」と声を上げたのだった。
それに、田中くんも、加藤くんも続いて声を上げる。
だけど僕は、唇を引き結んだまま声を出せなかった。
だって、声を出してしまったら、そのまま涙が出てしまいそうだったから。
弁木先輩がここまでボロボロになってまで、勝とうとしてくれているのは他でもない僕のため。
その中には、ただ相手に勝ちたいという気持ちだけが残っているのかもしれない。
だけど、今だけは――僕を守るために頑張ってくれてる。
そう思っても許されると思ってしまうほどに、僕は弁木先輩の背に恋をしていた。
弁木先輩は、新見さんの竹刀を首を傾けることで避けると、すれ違い様に、パァン、と高い音を響かせながら胴を決めた。
それが開始早々のことで、あまりの速さに、皆が固唾を飲んで見守るしかなかった。
これで、一対一になったけれど、圧倒的に崖っぷちに立たされているのは弁木先輩だ。
二本目奪取に燃える新見さんは、焦りでか、いつものようなスタイルを保てていない。
もしかしたら、副将から先鋒に変更したのも、真田先輩がいない時津高校を全否定するためだったのかもしれない。五人抜きを決めることで、真田先輩が大将であるべきだと、言いたかったのかもしれない。
だけど、真田先輩に頼っているわけにいかない。いつか真田先輩は卒業してしまうのだから。
そんな想いも、弁木先輩にはあったのかもしれない。
そして、最後の一本を奪取したのは、長い打ち合いを制した弁木先輩だった。
審判の赤い旗が上がり、弁木先輩の勝利が確定した時にも、ガッツポーズをすることも、笑みを浮かべることもなく、相手に向き合い続ける。
それこそが、剣道のあるべき姿。
まるでそれを体現するように、弁木先輩は荒れた息を整えるようにしながら、新見さんへ丁寧なお辞儀をしていた。
新見さんに勝った弁木先輩は、その勢いのまま次鋒、中堅にも勝ち、残るは副将と大将のみとなった。
けれど副将との試合が始まって早々に、弁木先輩よりも体の大きな副将に力で押され、弾き飛ばされるようにして床に倒れ込んでしまう。
僕は膝に置いた指にぎゅっと力が入り、強く握り締めた。
今まで僕は、弁木先輩の試合をずっと、選手から遠く、誰の視界にも入らない、そんな安全な観客席から見守ってきた。
だけど今日は、大将として、誰よりも弁木先輩の傍にいる。
流れ落ちる汗も、疲労に震える指先も、そして漏れる荒い呼吸も、目に見えてわかるほど近くに――。
手から離れてしまった竹刀を拾い上げ、戻っていく弁木先輩の背中は、明らかに疲労が滲んでいた。
そんな弁木先輩の背中に、佐竹先輩が「まだいけるぞ!」と声を上げたのだった。
それに、田中くんも、加藤くんも続いて声を上げる。
だけど僕は、唇を引き結んだまま声を出せなかった。
だって、声を出してしまったら、そのまま涙が出てしまいそうだったから。
弁木先輩がここまでボロボロになってまで、勝とうとしてくれているのは他でもない僕のため。
その中には、ただ相手に勝ちたいという気持ちだけが残っているのかもしれない。
だけど、今だけは――僕を守るために頑張ってくれてる。
そう思っても許されると思ってしまうほどに、僕は弁木先輩の背に恋をしていた。
