判官贔屓の恋

第五〇話

「ど、どうしたんですか!? その足!」
 弁木(わけぎ)先輩が立ち上がると、真田先輩の体を支えるように腕を回した。
「……すまん。その、朝にランニングしてたら」
「もしかして、他校の嫌がらせ、すか!?」
 思わず声を上げた佐竹先輩に、真田先輩が首を横に振った。
「子猫が川に落ちそうになっていたのを助けようとしたら、俺の方が落ちてしまって……足をひねった」
「……子猫、」
 ぽつりと繰り返された言葉に、何とも言えない空気が流れた。
 そんな猫なんか見捨てれば良かったじゃないか、なんてことも言えない。
 かといって「真田先輩が怪我をしてでも助かって良かったですね」とも言えない。
 ただ――どうしてこのタイミングで。
 それだけは、皆の胸の中に共通していた思いだったに違いない。

「大会、どうするんですか」
 そう呟いたのが、一年の田中くんだった。
 真田先輩が包帯を巻いた左足には、ほとんど体重を掛けないようにしている。
 まともに試合に出れるような状態には見えなかった。
「足首の怪我って、怖いって言いますよね」
 おそるおそる続けた加藤くんに、一臣先生が頷いた。
「特に真田くんの瞬発力は、左足に頼ってるところがある。少なくとも今日は、やめておいた方がいいだろうね。あとで、病院に行こう」
「――でも!」
 佐竹先輩が声を上げる。
「真田先輩が出る前に、他の皆で何とかすれば……、なぁ、弁木(わけぎ)!」
 その言葉に、清水先生が静かに首を振った。
「佐竹くんの気持ちもわかる。だけど真田くんの剣道は、これからまだまだ続くんだ。インターハイの本戦は、これからだし、ここで無理をさせるのは良くない。試合に出てしまえば、痛みなんて我慢して戦いたくなるに決まってる」
 その言葉に、佐竹先輩もぎゅっと拳を握りしめて、口を噤んだ。
 本当は、佐竹先輩も分かってるんだ。
 真田先輩は、もう巡旗杯には出れないってことぐらい。
 だけど、この間の合宿もそうだし、一臣先生に指導してもらったこともあって、この時津高校の皆で、もっと上を目指したかったに違いない。

 試合で負けるなら、まだ納得できる。
 自分たちの剣道を出し切って、それでも負けたのなら。
 だけど、怪我で、戦うことすらできなくなるなんて――誰も想像していなかった。
 だから、皆うまく言葉が紡げないでいた。

 弁木(わけぎ)先輩の肩を借りていた真田先輩が、ゆっくりと体を起こす。
 そして、一人で立つと、左足を庇いながら――僕の目の前にやってきた。

「九条」

 真田先輩に呼ばれて、涙で潤んだ目のまま、顔を上げる。
 
「――はい」

 小さく鼻を啜ると、
 真田先輩は、僕をまっすぐ見つめた。

 そして――。
「俺の代わりに、大将として試合に出てくれないか」