判官贔屓の恋

第四八話

 そして合宿が終われば、次は「全国高校剣道巡旗杯」へ参加するため、広島へ向かうことになった。
 今度は新幹線での遠征だ。
 座席は三人掛けと二人掛けに分かれることになったのだけれど、僕は幸か不幸か――。
 いや。
 幸にも、弁木(わけぎ)先輩の隣に座ることになった。
 弁木(わけぎ)先輩が窓側で、僕が廊下側。
 長い足を持て余しながら座る弁木(わけぎ)先輩は、この間の合宿で少し大きくなった気がする。
 そのことに胸をときめかせながら、僕は少し大きめのジャージに袖を通した。
 新幹線の空調が少し寒く感じてしまうことがあるため、早めに着ておこうと思っただけ。
 ……本当に、それだけだ。
 新幹線がトンネルに差し掛かった時だった。
 ふと、弁木(わけぎ)先輩との間にあったはずの肘掛けがないことに気づいた。
 腕を置こうと思ったら、空を切って初めて気づいたのだ。
「あれ?」
 その瞬間、弁木(わけぎ)先輩の指先が触れて、そのまま、するりと手を繋がれた。
「……!」
 僕は、咄嗟に周りに目を向けたけど、誰も気にした素振りもないことにホッとしながら、弁木(わけぎ)先輩に目を向けた。
 弁木(わけぎ)先輩は何事もなかったかのような顔で、窓の外を見ている。
 ……心が乱されているのは僕だけみたいで悔しくなってしまう。

 何か仕返しをしてやりたい、と思っていたら、廊下を挟んだ席に座る佐竹先輩に声を掛けられて、そっちに顔を向けた。
「なぁ、何で弟の遠征にわざわざついてくんの?」
 どうやら、今回の遠征にも当然のような顔をしてついてきた一臣先生が気に入らないらしい。
「心配なんじゃないですか?」
「嫌がらせとしか思えねぇんだけどな!」
 そうは言いながらも、一臣先生に勝てない佐竹先輩は、その実力を認めている。
 そして、頼りにもしている。
 ただ、そこはやっぱり兄と弟。
 恥ずかしさもあるのだろう。
 佐竹先輩も声は邪魔にならない程度に抑え、人が通らないタイミングを見計らって話しかけてきているのだろうけれど、内心それどころじゃなかった。
 弁木(わけぎ)先輩は興味ないという姿勢を貫いたままスマホを見ている。
 なのに、僕の大きめのジャージに隠されて見えない所で、繋いだ指先で僕の指をくすぐるように触れてきているのだ。
 くすぐったいのと、恥ずかしいのと、嬉しいのと、いろんな感情に板挟みになった胸の子ウサギが大いに騒いでいた。
 ――こんなことして酷いよ!
 ――鬼! 悪魔!
 ――もう、やめて欲しい!
 ――うそうそうそ! そんなわけなーい!
 僕は、頬を赤くしないように、変な笑顔を見せないように気をつけなければ、顔がすぐに緩んでしまいそうだった。
 そんな佐竹先輩とのやり取りは、通路を人が通った時に言葉が切れた。
 僕は姿勢を戻すのと同時に弁木(わけぎ)先輩に目を向けると、窓の外に顔を向けてはいるものの、小さく肩を震わせて笑っている姿が見えた。
 ……笑ってる。
 ――困ってるの見て、笑ってたんだ!
 ――やっぱり酷い!
 ――のに、大好きだから困る!
 そんなことを考えていると、弁木(わけぎ)先輩がスマホをテーブルの上に置いた。
「肩、貸して」
「……え?」
 次の瞬間には、弁木(わけぎ)先輩の頭が僕の肩に乗った。
「……!」
 繋いだ指先はそのままに、弁木(わけぎ)先輩が寝やすいように体を動かして目を閉じる。
 その姿を見ていつか僕も同じように仕返ししてやろう、と心に決めた。
 けれど、石像のように固まってしまった僕はスマホを見ることもなく、京都を過ぎるまで弁木(わけぎ)先輩の頭を肩に乗せたまま過ごしたのだった。


 新大阪のあたりで目を覚ました弁木(わけぎ)先輩と、駅で買った昼食を取ったが、まだまだ新幹線の旅は続く。
 そして、岡山を出たあたりで、僕の瞼が重くなってきた。……今度こそ、お返しするんだ。
 そう思いながら、僕は弁木(わけぎ)先輩の肩に頭を乗せた。
 そのまま、眠りに落ちた。


 肩を揺すられて、目を覚ます。
「そろそろ広島に着くから、降りる準備した方がいい」
「……ふぁい」
 真田先輩だった。
 ハッとして体を起こし、口元に垂れていた涎を慌てて拭う。
 体が、クン、と引かれた。
「……?」
 視線を落とすと、僕の手は――いつの間にか、弁木(わけぎ)先輩の手と繋がれていた。
 僕が寝た後に、弁木(わけぎ)先輩が繋いで、そのまま寝てしまったんだろうか。
 弁木(わけぎ)先輩も気持ち良さそうに眠っているのが見えて、小さくほっこりした。
 けれど、真田先輩が、まだそこにいる気配に気づき、恐る恐る視線を向ける。
「降りる準備をした方がいい」
 真顔で同じことを繰り返した真田先輩の目は、明らかに繋がれた手に向いていたが、それ以上は何も言わず反対側で寝こけている佐竹先輩にも同じことを言っていた。

 僕は慌てて繋がれていた手を取り戻して弁木(わけぎ)先輩を起こすも、繋がれていた方の手が妙にしっとりしている。
 一体、いつから繋がれていたんだろうか。荷物の整理をする弁木(わけぎ)先輩に、小さく囁く。
「真田先輩に見られたかもしれなくて……」
 だけど弁木(わけぎ)先輩は、特に気にした様子もなく、しっかり爆弾を落としていった。
「一臣先生には、稽古帰りに一緒に帰ってるとこ見られてたから、何か気付かれてるっぽいけどな」
「……」
 その言葉を聞いた瞬間。
 一臣先生の前で、僕はいったいどんな顔をしていればいいのだろう。
 恥ずかしさが一気に込み上げてきて、僕は大いに慌てることになったのだった。