第四七話
皆の目がある手前、手を繋ぐことはできなかったけど、腕を掴まれて介助された状態でくっつくことはできた。
今日は、これで我慢しよう。
――本当はもっと、くっついていたい!
――でも、体が限界で、もう無理!
胸の中にいる子ウサギたちも、声を上げるだけで、積み重なるように倒れたままだ。
ホテルの部屋まで送り届けてくれたら、そのまま花火をやりに戻るのだと思っていた僕は、弁木先輩に声をかけていた。
「すいません。部屋まで送ってくれて、ありがとうございました」
「ん」
だけど、部屋のキーのロックを解除しても、弁木先輩は戻る気配がない。
もしかして僕が部屋に入るところまで見届けるつもりなのだろうか。変に律儀なところもある弁木先輩だから、あり得るかもしれない。
だけど扉を開けると、当然のように入ってきたことに「えっ」と思っていたら、そのままムギュと抱き寄せられて、胸の中にいる子ウサギたちと一緒に首を傾げた。
(――ん?)
ちょうど、部屋に入ってすぐの場所に姿見がある。
僕の目に、姿見に映っている僕と弁木先輩の姿がある。当然のように、鏡に映る僕も弁木先輩に抱きしめられていた。
(――これは、何がどうなって?)
あまりのことに、子ウサギたちもキョトンとしたままで、僕も全く反応できずにいた。
だけど少しずつ、じわじわと現実が襲ってくるように、頬に熱が集まってくる。
そして子ウサギの一匹が、スクッと立ち上がると、大きな太鼓を叩き始めた。
――今、抱きしめられてるー!
――めっちゃ、シトラスのいい匂いに包まれてるー!
子ウサギが全員立ち上がると、それぞれが大きな太鼓や旗を振るのに合わせ、僕の心臓がドクドクと大きく脈打ち始めた。
「最終日まで、頑張ったな」
その言葉に、僕は全然頑張れてなかったのに、と思うと目に涙が浮かんだ。
一年生の田中くんも、加藤くんも途中で休みながらも最後まで付いていっていた。
僕だけだった。
最後どころか、割と序盤で付いていけなくなっていたのは。
自分でもスタミナが無い、とは思っていたけど、想像以上になかったことがショックだった。
運動音痴だって、ずっと逃げてたから余計にかもしれない。
それに、皆が頑張って体力作りをしてる時に、僕は何をしていた?
マネージャー業にかまけて、楽な方に逃げ続けていた。
狩野先生や一臣先生に指導を仰ぎ始めて、一歩を踏み出したと思っていた。
少しでも、僕も前に進めているみたいで、胸を張ってもいいような気になっていたけど、そんなことなかった。
皆に見つからないように、隙間時間にこっそり練習するだけの毎日。
皆と開いた距離が縮まるなんて、あるはずがなかった。
僕は、震える指先で、ぎゅっと、弁木先輩のシャツの裾を掴む。
「……全然、頑張れませんでした。もっとできるって思ってたのに、何もできなかった」
言葉と一緒に、涙がぽろぽろと落ちていく。
弁木先輩は何も言わなかった。
ただ、大きな手で僕の背中をゆっくり撫でてくれる。
「凪の気持ちも分かる」
静かな声が、耳元に落ちてくる。
「俺も剣道を始めた頃、そう感じることがあったから」
「……」
「でも、そこで続けていたら、きっと凪の気持ちに体が追いついてくる」
ぎゅっと唇を噛み締めて、漏れ出そうになる嗚咽を飲み込んだ。
そっと頭を撫でられて、こめかみの辺りの髪が柔く梳かれた。
「凪なら、大丈夫だ」
僕は、この時の弁木先輩の言葉が、胸に沁みていく。
ずっと逃げ続けたツケが回ってきた僕に――もう逃げるな、と見えない手で背中を押してくれるみたいだった。
「落ち着いたか?」
そう聞かれながら、抱きしめていた腕が離れていくのを寂しく思いながら、僕は真っ赤になった鼻先を小さく擦った。
「……すみませんでした」
涙で濡れた声で謝ると、弁木先輩が小さく笑った。
「合宿最終日だけでも、凪と過ごせて良かった」
「……」
弁木先輩も僕と過ごしたいと思ってくれていたことが嬉しくて、鼻を啜りながら笑ってしまう。
「僕も……嬉しかったです」
「来年は、楽しみにしてるからな」
そう言って、弁木先輩は部屋を出ていった。
僕は「来年?」と呟くと、鏡に映る僕の頬が真っ赤に染まっていた。
皆の目がある手前、手を繋ぐことはできなかったけど、腕を掴まれて介助された状態でくっつくことはできた。
今日は、これで我慢しよう。
――本当はもっと、くっついていたい!
――でも、体が限界で、もう無理!
胸の中にいる子ウサギたちも、声を上げるだけで、積み重なるように倒れたままだ。
ホテルの部屋まで送り届けてくれたら、そのまま花火をやりに戻るのだと思っていた僕は、弁木先輩に声をかけていた。
「すいません。部屋まで送ってくれて、ありがとうございました」
「ん」
だけど、部屋のキーのロックを解除しても、弁木先輩は戻る気配がない。
もしかして僕が部屋に入るところまで見届けるつもりなのだろうか。変に律儀なところもある弁木先輩だから、あり得るかもしれない。
だけど扉を開けると、当然のように入ってきたことに「えっ」と思っていたら、そのままムギュと抱き寄せられて、胸の中にいる子ウサギたちと一緒に首を傾げた。
(――ん?)
ちょうど、部屋に入ってすぐの場所に姿見がある。
僕の目に、姿見に映っている僕と弁木先輩の姿がある。当然のように、鏡に映る僕も弁木先輩に抱きしめられていた。
(――これは、何がどうなって?)
あまりのことに、子ウサギたちもキョトンとしたままで、僕も全く反応できずにいた。
だけど少しずつ、じわじわと現実が襲ってくるように、頬に熱が集まってくる。
そして子ウサギの一匹が、スクッと立ち上がると、大きな太鼓を叩き始めた。
――今、抱きしめられてるー!
――めっちゃ、シトラスのいい匂いに包まれてるー!
子ウサギが全員立ち上がると、それぞれが大きな太鼓や旗を振るのに合わせ、僕の心臓がドクドクと大きく脈打ち始めた。
「最終日まで、頑張ったな」
その言葉に、僕は全然頑張れてなかったのに、と思うと目に涙が浮かんだ。
一年生の田中くんも、加藤くんも途中で休みながらも最後まで付いていっていた。
僕だけだった。
最後どころか、割と序盤で付いていけなくなっていたのは。
自分でもスタミナが無い、とは思っていたけど、想像以上になかったことがショックだった。
運動音痴だって、ずっと逃げてたから余計にかもしれない。
それに、皆が頑張って体力作りをしてる時に、僕は何をしていた?
マネージャー業にかまけて、楽な方に逃げ続けていた。
狩野先生や一臣先生に指導を仰ぎ始めて、一歩を踏み出したと思っていた。
少しでも、僕も前に進めているみたいで、胸を張ってもいいような気になっていたけど、そんなことなかった。
皆に見つからないように、隙間時間にこっそり練習するだけの毎日。
皆と開いた距離が縮まるなんて、あるはずがなかった。
僕は、震える指先で、ぎゅっと、弁木先輩のシャツの裾を掴む。
「……全然、頑張れませんでした。もっとできるって思ってたのに、何もできなかった」
言葉と一緒に、涙がぽろぽろと落ちていく。
弁木先輩は何も言わなかった。
ただ、大きな手で僕の背中をゆっくり撫でてくれる。
「凪の気持ちも分かる」
静かな声が、耳元に落ちてくる。
「俺も剣道を始めた頃、そう感じることがあったから」
「……」
「でも、そこで続けていたら、きっと凪の気持ちに体が追いついてくる」
ぎゅっと唇を噛み締めて、漏れ出そうになる嗚咽を飲み込んだ。
そっと頭を撫でられて、こめかみの辺りの髪が柔く梳かれた。
「凪なら、大丈夫だ」
僕は、この時の弁木先輩の言葉が、胸に沁みていく。
ずっと逃げ続けたツケが回ってきた僕に――もう逃げるな、と見えない手で背中を押してくれるみたいだった。
「落ち着いたか?」
そう聞かれながら、抱きしめていた腕が離れていくのを寂しく思いながら、僕は真っ赤になった鼻先を小さく擦った。
「……すみませんでした」
涙で濡れた声で謝ると、弁木先輩が小さく笑った。
「合宿最終日だけでも、凪と過ごせて良かった」
「……」
弁木先輩も僕と過ごしたいと思ってくれていたことが嬉しくて、鼻を啜りながら笑ってしまう。
「僕も……嬉しかったです」
「来年は、楽しみにしてるからな」
そう言って、弁木先輩は部屋を出ていった。
僕は「来年?」と呟くと、鏡に映る僕の頬が真っ赤に染まっていた。
