判官贔屓の恋

第四三話

 コロが弁木(わけぎ)先輩と遊び疲れて、小屋に戻って行った頃。
「晩御飯作るから、部屋に行くなら、お茶でも用意しようか?」
 お母さんにそう声を掛けられて、僕は背筋がピンと伸びた。
 突然、二人きりになれる状況が舞い降りてきた。
(――えっ)
 僕は慌てて、助けを求めるようにコロへ視線を向けた。
 だけどコロは「ふわぁ~……」と、大きなあくびをしたかと思うと、毛布に鼻先を突っ込んで、目を閉じてしまう。
 ――いやいやいや、急に二人とか無理だって!
 ――コロ! がんばれ! いつもの元気さはどこに行った!
 さっきまで、あんなにコロに「引っ込め」と思っていたくせに、いざコロがいなくなってしまうと弱気になってしまった。胸の子ウサギたちが、隅っこに固まって一斉に騒ぎ始める。

 お母さんに麦茶を用意されてしまえば、僕も何も言えなくなってしまう。
 時計を見れば、お母さんがハマってるドラマが始まる時間だった。
 早々にいなくなって欲しいに違いない。
「じゃあ、行きましょうか」
 お茶の乗せられたお盆を手にすると、弁木(わけぎ)先輩を連れ階段を上る。
 ただ階段を上るだけなのに、足がガクガクしていないか不安になる。
 弁木(わけぎ)先輩が、自分の部屋にいる姿を想像したことがない、と言えば嘘になる。
 何せエア弁木(わけぎ)先輩がベッドに寝そべっているのだから、当然と言えば当然。
 でも、妄想と現実とでは、当然だけど全然違っていて、心臓が縮み上がりそうだった。

 ――今から本物の、弁木(わけぎ)先輩が、僕の部屋に入る。
 そう考えただけで、さっきまであんなに騒がしかった子ウサギたちも、隅っこの方に固まって固唾を飲んでいるだけ。
「ここです」
 扉を開けた僕に続いて、部屋に入ってきた弁木(わけぎ)先輩は、部屋の中に軽く目を向けただけで、じろじろ見ることもなかった。
 僕が弁木(わけぎ)先輩の部屋に行ったら、きっとありとあらゆるものを目に焼き付けようと必死になるだろう。
 ベッドはどんな感じなのか。
 机の上には何があるのか。
 どんな本を読んでいるのか。
 どんなものを大切にしているのか。
 きっと、隅から隅まで見てしまう。
 だからこそ、何も聞かず、何も探ろうとしない弁木(わけぎ)先輩に、ほんの少しだけ温度差を感じてしまった。

(……いや、もしかしたら、勝手に見ないようにしてくれているのかもしれない)
 そう思ったら、少しだけ胸が温かくなった。

 残念ながら僕の部屋はソファなんて洒落たものはなく、ベッドの前に座ることになったのだが、弁木(わけぎ)先輩は慣れた様子で床に座る。
 僕も、その隣に座った。
 ただし――ちょっとだけ隙間を空けて。
 だって、近すぎたら、心臓がもたない。
 そう思っていたのだけれど、何も言わない弁木(わけぎ)先輩の視線が、一瞬だけ、その隙間へ落ちた気がした。