判官贔屓の恋

第四一話

 交際(仮)が始まってからも、僕たちはそれなりにうまくやっていってると思う。
 弁木(わけぎ)先輩の家の方が遠いのに、あれから毎日、僕の家の前まで送ってくれた。
 別れた後も電話をして、そのまま寝落ちして、朝まで通話していたことも一度や二度じゃない。
 何より嬉しい誤算は、恋愛には淡白だと思っていた弁木(わけぎ)先輩が、全然そうじゃなかったことぐらいだろうか。
 誰かと付き合ったら、こういうことをしたかったという願望を叶えてみませんか、と誘った僕は、見事に恋人(仮)としたかったであろうことをしてもらえている。
 好きになってもらえるかは分からないけど、僕は確実に沼にハマっていた。
 
 元々、部活で顔を合わせる時よりも、偶然廊下ですれ違えた時の方が嬉しいのは、どうしてだろう、と思ったことは何度かあった。
 制服姿を見られることも、知らないクラスメイトと話してる姿を見られることも、たまたま会えた、という偶然さも引っくるめて、全部嬉しく思えるからなのかな。
 今までは、お互いに声をかける程度で、用事がなければそのまま素通りすることも多かったし、それが普通だと思ってた。

 だけど、恋人(仮)になってから初めて廊下ですれ違った時――。
「昼飯、一緒に食わねぇ?」
 そう誘われた時は、びっくりして目を丸くしてしまった。
「誰かと約束してたか?」
「あ、いえ、全然、大丈夫です! 一緒に食べたいです!」
 ――むしろ、毎日一緒に食べたい!
 ――えっ、でも何で誘ってくれたの?
 ――どうしよう! 嬉しい!
 ――今すぐ、一緒に食べたい!
 胸の子ウサギたちが、一気に騒がしくなって、僕は教室の前を素通りしてしまうぐらいに浮き足だっていた。

 そして、待ちに待った昼食の時間。
 どこで食べるのかと思っていたら、弁木(わけぎ)先輩が指定したのは、裏庭に置かれたテーブルだった。
 いつも教室で食べていた僕は、そんなところにテーブルがあることすら知らなかった。
 少し迷いながら向かうと、すでに弁木(わけぎ)先輩が座っている。
 周りには何組か昼食を食べている生徒もいたけれど、皆、自分たちのことで精一杯なのか、他人のことなんて気にしていない。
 僕はほっとしながら、弁木(わけぎ)先輩と向かい合うように腰を下ろした。
「あの……どうしてお昼誘ってくれたんですか?」
 僕がお弁当を突きながら問いかけると、弁木(わけぎ)先輩は何でもないように続けた。
「誘うなら、いいと思った」
「……何がですか?」
「毎日一緒に食うと、バレるかもなと思ってやめたけど、廊下ですれ違った時に誘うならいいか、って。もしかして、それもダメか?」
「……!」
 それは、僕が持ち出したルールだ。
「付き合ってることは皆には秘密にしたい」と言ったことを、忠実に守ろうとしているらしい。
 毎日一緒にお昼ご飯を食べていたら、周りにバレてしまうかも知れないけど、偶然廊下で出会った時に「一緒にお昼を食べよう」って、誘う分には問題ないだろう、と判断した、ということらしい。
 でもそれは、裏を返せば、毎日お昼を一緒に食べたかった、ということで――。

(え、本当にこの人、まだ僕のことが、好きかどうか分からないの……!?)
 ――好きって言って!
 ――いやもう、好きって言えよ!
 胸の子ウサギたちが、僕の代わりに叫んでいる。
 だけど、先輩の前では慎ましやかにしている僕は、あえて言葉にはしなかった。
 だから、この日から僕は、弁木(わけぎ)先輩と廊下ですれ違うことを、今まで以上に心待ちにするようになってしまった。
 教室へ向かう時。
 休み時間に廊下へ出た時。
 階段を上り下りする時。
 もしかしたら、会えるかもしれない。そんな期待を抱いてしまう。
 僕が、どれほど弁木(わけぎ)先輩の言動に振り回されているのか。
 そんなことを弁木(わけぎ)先輩は――これっぽっちも考えたことがないに違いない。