判官贔屓の恋

第三九話

 こうして、僕と弁木(わけぎ)先輩による恋人(仮)が始まったわけだが――。
 僕は正直弁木(わけぎ)慶次郎という人間をちっともわかっていなかったのかもしれない。
 弁木(わけぎ)先輩と別れてから、僕はどこか上の空で晩御飯を食べ、足元に絡みつくコロの相手をしながらも頭にあるのは、
(一体何時に電話をすればいいんだろう)
 そればかり。
 そわそわしながら風呂に入り、湯船に浸かりながら、繋がれていた手を見る。
 手の温もり。
 大きさ。
 指の感触。
 思い出すたびに、胸の奥が、ほわっと温かくなる。
 帰ってすぐ、浮かれたまま手を洗ってしまったことが、今さら惜しくなった。
(洗わなきゃよかった……)
 さらには、弁木(わけぎ)先輩の金木犀の柔軟剤の香りまで思い出してしまう。
 厚い胸板も。
 頭を撫でてくれた手も。
 そんなことを一つずつ思い出していたら、いつの間にか長風呂になってしまっていた。
 のぼせた頭を抱えながら、やっとの思いで部屋へ戻る。
 そしたら弁木(わけぎ)先輩からの着信が入ってることに気づき、慌ててスマホを探すことになる。
(どうしてこういう時に限って、ベッドのどっかに埋もれてるんだよ!)
 布団をめくり、服をひっくり返し、ベッドの隙間まで引っ掻き回す。
 やっとの思いでスマホを発見した時には、いつ切れるか分からない不安で、さらに焦っていた。
 慌てて通話ボタンを押そうとして――

「――わわわ、はい!」

 何とかスマホをキャッチはしたが、僕の慌てふためいた声が入ってしまっただろうか。
 聞いてないといいなと思いながら、椅子に座ると、電話の向こうはいつも通りの静けさが漂っていて、慌てふためいて電話に出た僕とは大違いな気がしてしまう。

『大丈夫か?』
「あ、全然、大丈夫です」
『凪からの電話待とうと思ってたんだけどさ。悪い、待てなかった』
「……」
 はっきり言われた言葉に、僕の心臓の子ウサギが四匹に分裂したのを感じた。
 しかも四匹とも、胸を押さえている。
 僕も服の上から、心臓のあたりをぎゅーっと押さえた。
「すいません、ちょっとお風呂ゆっくり入ってまして……」
『そうか。もしかしたら、寝てるかもしれない、と思ってたから、良かった』
 ――何が良かったんだ!
 ――そんなに僕と電話したかったのか!
 心臓の子ウサギたちが一斉に騒ぎ出し、長湯をしたせいで赤くなった頬が、ますます赤くなった気がした。

「弁木(わけぎ)先輩は、宿題とか結構あるんですか?」
『いや、さっき終わらせた。ほとんど授業の休み時間に終わらせるようにしてるし』
「――えっ!? そうなんですか!? 僕まだ全然やってないんですけど……」
『ん? 凪は宿題したらいいだろ』
「……」
 ――いやいや、どういうことだよ!
 ――それなら何のための電話!? これ!!
 心臓の子ウサギたちも、何を言っているのか分からないらしく、四匹で顔を寄せ合って相談を始めている。

「え、でも、暇じゃないですか? 付き合ってもらうの悪いし」
『付き合ったら、こういうことしていいんじゃないのか?』
「……」
 ――はい、一本!
 ――はい、優勝!
 子ウサギたちが一斉に白旗を振り、ぶっ倒れるのを感じて、僕もいっそのことベッドにぶっ倒れたかった。

(……いや、弁木(わけぎ)先輩! メロ男すぎだろ!!)