判官贔屓の恋

第三〇話

「よし、じゃあもう一度確認するぞ。明日はインターハイ団体戦の予選だ。会場は前回とは違うから、集合時間を間違えないようにしてくれ」

 真田先輩の言葉を受けて、僕はスマホのアラームをセットし直した。
 五月にあったインターハイの個人の予選から数週間後。
 六月に入って少ししてからインターハイの団体の予選の日がやってきたのだ。
 たった数週間で、そんなに大きく変わるものだろうか。
 そんなふうに思う人もいるかもしれない。
 だけど、時津高校剣道部では、この数週間で様々なことが変わった。中でも、一番変わったことと言えば――。
 弁木(わけぎ)先輩が、初めて髪型を変えた。
 
 いや、おそらくはバーバー狩野でのオーダーは変わっていないのだと思う。
 ただ、ヘアセットが変わっただけ。
 重めの前髪を、七三分けにしたのだ。
 僕が出会った時から、一度たりとも拝めなかった額が見えたことに、初めて見た時は飛び上がるほどに驚いた。
 冗談抜きで、格好良かった。
 風に動く前髪の魔力に、恐ろしいほどに惹きつけられて、目が離せなかった。
 だけど、それ以上に驚いたのは――弁木(わけぎ)先輩自身が髪型を変えようと思ったわけではなく、佐竹先輩のアドバイスがきっかけだったことだ。

(……佐竹先輩って、オシャレ髪とか気にするような人だったんだ!?)

 新見(にいみ)さんに嫌なことを言われてから、佐竹先輩は吹っ切れたように元気よく剣道場へ現れるようになった。
 それまで以上に真剣に稽古へ取り組み、弁木(わけぎ)先輩ともよく剣道の技について話している。
ただ、どういう流れで弁木(わけぎ)先輩の髪型を変えさせたのかを詳しく聞きたいところではあったが、未だに聞けていない。

 そんなふうに、たった数週間の間にも、時津高校剣道部では少しずつ変化が起きていた。
 弁木(わけぎ)先輩の髪型が変わった。
 佐竹先輩が、本気で剣道と向き合うようになった。
 そして一年生の田中くんと加藤くんも、以前よりずっとスムーズに技を出せるようになった。
 僕はといえば、未だに竹刀を向けられると目を瞑ってしまう状態が続いていた。
 それでも、後ろへ逃げること。
 前へ踏み込むこと。
 その二つの動きだけは、少しずつ上達しているような気がしていた。

「前に団体戦の布陣を伝えたが、そこからの変更はない」

 真田先輩の言葉に、弁木(わけぎ)先輩のすっと伸びていた背筋に、緊張が走ったような気がした。
 インターハイ予選には、坂ノ上高校も名を連ねている。あの新見(にいみ)さんもいるだろう。
 以前、会った時の言葉通りであれば、副将として。
 それはつまり――再び弁木(わけぎ)先輩が新見(にいみ)さんとぶつかるということだ。

 団体戦の予選は、五人の選手による試合。勝った方が多ければ、次の試合に進めるという、分かりやすい方式。
 試合には番狂せという言葉があるため、実際にやってみなければ分からないが、順当に行けば一年の田中くんと加藤くんが勝つことは難しいだろう。そうなると、残った真田先輩、佐竹先輩、そして弁木(わけぎ)先輩が勝たなければ、チームとして負けてしまう。

 だからこそ、弁木(わけぎ)先輩にとって、この団体戦はリベンジの舞台だった。
 そして、弁木(わけぎ)先輩は、再び新見(にいみ)さんと対峙した。
 前回とは違って、弁木(わけぎ)先輩は目を逸らさなかった。
 相手の揺れる竹刀に誘われても、感情に任せて飛び込むこともしなかった。
 自分の剣道を貫こうとしていた。
 それでも――弁木(わけぎ)先輩は、再び新見(にいみ)さんに敗れた。

 時津高校は三回戦敗退となった。

 だけど、前回とは違い、弁木(わけぎ)先輩は、全力で新見(にいみ)さんにぶつかっていた。
 負けたことに悔しさはあっても、そこに後悔はなかったのだと思う。
 だから、真田先輩を始め、誰も弁木(わけぎ)先輩を責めることはなかった。