第二九話
食事が運ばれてきた時、片方のソファに詰めてスマホを見る僕たちの姿を見て、店員さんの動きが一瞬止まった気がした。
緊張で固まった僕は、ニタリと笑いながら、テーブルに適当に料理を置いてもらうようお願いする。
だけど、僕の頼んだサラダと、弁木先輩が頼んだ焼き豚定食がテーブルの上に置かれても、弁木先輩は僕の隣から動こうとしなかった。
肩身が狭い、という言葉を体現するかのような状況だったけれど、僕にとってはご褒美でしかない。
いつもは感じられない体温を、僕の体の右側全部で感じる機会だなんて、弁木先輩と出会って初めてのこと。
僕は少しだけ体重を弁木先輩に預けて、すんすんと柔軟剤の匂いに酔いしれていた。
(――もう一生、僕はこのままでいい!)
すると、身動ぎもせずにスマホを見続けていた弁木先輩が、長い溜め息を吐き出した。
そして、ゆっくりと背をソファに預けるのに、僕も体を元に戻した。
弁木先輩の手元の画面を見ると、真田先輩と新見さんの試合が映し出されていることに、初めて気づいた。
てっきり、弁木先輩と新見さんの試合を見てるとばかり思っていた僕は、少し意外な気がして、そっと弁木先輩に目を向けた。
「凪、ありがとうな。よく撮れてて助かった」
そう言った弁木先輩の目が、いつもの真っ直ぐな瞳に戻ったことに、僕の心臓が静かに鼓動を大きくしていく。
弁木先輩が自分の席へと戻っていくと、焼き豚を綺麗に取り分けて、黙々と口に運んでいく。
その姿は、何かを考えながら、ただ胃の中に納めているだけにも見えた気がした。
(……もしかして、さっきの動画で何か掴めたのかな)
僕はサラダに目を落とし、いじいじとレタスを突いていると、弁木先輩が箸を止めるのが視界の端に映る。
そっと視線を上げると、弁木先輩が僕を見つめていた。
「あの時、新見に『真田先輩のコピーみたいだ』って言われたことが、ショックだった」
「――はい」
そう答えると、弁木先輩が付け合わせのポテトを焼き豚のタレに付けながら呟く。
「でも、正直な所……俺は、まだ真田先輩の動きに追いついていないと思った」
「……え?」
「新見が言うような、コピーだと言われるほどのレベルに達していない。違うか?」
弁木先輩が、まっすぐ僕を見る。
「なぁ、凪の目にはどう映った?」
その言葉に、僕は小さく唾を飲み込むと、あの日届かなかった言葉が、届くんじゃないか。そう思えた。
「……僕も、真田先輩と、弁木先輩は似てるようで違うと思います。確かに目指してる剣道が同じなんだろうな、とは思ってるんですけど……」
「そうか、そうだよな。凪がそう言ってくれるなら、間違いないよな」
「はい」
弁木先輩が僕の目を信頼している。
そんな気持ちが胸いっぱいに広がって、心臓に詰め込まれたウサギが目を見開きながら小躍りしている。
それを必死に押さえつけながら頷くと、弁木先輩も小さく頷いた。
「あの時、“心を整えられなかった“俺の未熟さが、あんな酷い試合にしたんだな」
その言葉に、僕は剣道を始めた時、真田先輩が言っていた言葉を思い出していた。
『剣道では特に、心・技・体、全部が揃わないと強い剣士にはなれないと言われている。特に心が一番最初に置かれているのは、対戦相手に感謝するという「交剣知愛」の精神が剣道にはあるからだ。それは、剣を交える相手は、自分にとって敵ではなく、自分を成長させてくれる相手であること。その相手にリスペクトを抱くのは当然と言う教えから、礼に始まり礼に終わると言う言葉に繋がるんだ』
正直なところ、「交剣知愛」という言葉は、僕には少し難しかった。
今日まで、その意味をちゃんと理解できていなかったと思う。
だけど――弁木先輩の言葉を聞いて、今なら少し分かる気がした。
「新見さんは“交剣知愛“の精神で、弁木先輩を成長させようと、あんなことを言ったんですね」
僕がそう言うと、弁木先輩が目を天井に向けて、数回瞬きをした。
そして僕に視線を戻すと、小さく首を振った。
「……いや、あれは単純に俺が気に食わなかっただけだろ」
「あ、そうですか」
(――いや、やっぱ、剣道の教えって難しくない!?)
食事が運ばれてきた時、片方のソファに詰めてスマホを見る僕たちの姿を見て、店員さんの動きが一瞬止まった気がした。
緊張で固まった僕は、ニタリと笑いながら、テーブルに適当に料理を置いてもらうようお願いする。
だけど、僕の頼んだサラダと、弁木先輩が頼んだ焼き豚定食がテーブルの上に置かれても、弁木先輩は僕の隣から動こうとしなかった。
肩身が狭い、という言葉を体現するかのような状況だったけれど、僕にとってはご褒美でしかない。
いつもは感じられない体温を、僕の体の右側全部で感じる機会だなんて、弁木先輩と出会って初めてのこと。
僕は少しだけ体重を弁木先輩に預けて、すんすんと柔軟剤の匂いに酔いしれていた。
(――もう一生、僕はこのままでいい!)
すると、身動ぎもせずにスマホを見続けていた弁木先輩が、長い溜め息を吐き出した。
そして、ゆっくりと背をソファに預けるのに、僕も体を元に戻した。
弁木先輩の手元の画面を見ると、真田先輩と新見さんの試合が映し出されていることに、初めて気づいた。
てっきり、弁木先輩と新見さんの試合を見てるとばかり思っていた僕は、少し意外な気がして、そっと弁木先輩に目を向けた。
「凪、ありがとうな。よく撮れてて助かった」
そう言った弁木先輩の目が、いつもの真っ直ぐな瞳に戻ったことに、僕の心臓が静かに鼓動を大きくしていく。
弁木先輩が自分の席へと戻っていくと、焼き豚を綺麗に取り分けて、黙々と口に運んでいく。
その姿は、何かを考えながら、ただ胃の中に納めているだけにも見えた気がした。
(……もしかして、さっきの動画で何か掴めたのかな)
僕はサラダに目を落とし、いじいじとレタスを突いていると、弁木先輩が箸を止めるのが視界の端に映る。
そっと視線を上げると、弁木先輩が僕を見つめていた。
「あの時、新見に『真田先輩のコピーみたいだ』って言われたことが、ショックだった」
「――はい」
そう答えると、弁木先輩が付け合わせのポテトを焼き豚のタレに付けながら呟く。
「でも、正直な所……俺は、まだ真田先輩の動きに追いついていないと思った」
「……え?」
「新見が言うような、コピーだと言われるほどのレベルに達していない。違うか?」
弁木先輩が、まっすぐ僕を見る。
「なぁ、凪の目にはどう映った?」
その言葉に、僕は小さく唾を飲み込むと、あの日届かなかった言葉が、届くんじゃないか。そう思えた。
「……僕も、真田先輩と、弁木先輩は似てるようで違うと思います。確かに目指してる剣道が同じなんだろうな、とは思ってるんですけど……」
「そうか、そうだよな。凪がそう言ってくれるなら、間違いないよな」
「はい」
弁木先輩が僕の目を信頼している。
そんな気持ちが胸いっぱいに広がって、心臓に詰め込まれたウサギが目を見開きながら小躍りしている。
それを必死に押さえつけながら頷くと、弁木先輩も小さく頷いた。
「あの時、“心を整えられなかった“俺の未熟さが、あんな酷い試合にしたんだな」
その言葉に、僕は剣道を始めた時、真田先輩が言っていた言葉を思い出していた。
『剣道では特に、心・技・体、全部が揃わないと強い剣士にはなれないと言われている。特に心が一番最初に置かれているのは、対戦相手に感謝するという「交剣知愛」の精神が剣道にはあるからだ。それは、剣を交える相手は、自分にとって敵ではなく、自分を成長させてくれる相手であること。その相手にリスペクトを抱くのは当然と言う教えから、礼に始まり礼に終わると言う言葉に繋がるんだ』
正直なところ、「交剣知愛」という言葉は、僕には少し難しかった。
今日まで、その意味をちゃんと理解できていなかったと思う。
だけど――弁木先輩の言葉を聞いて、今なら少し分かる気がした。
「新見さんは“交剣知愛“の精神で、弁木先輩を成長させようと、あんなことを言ったんですね」
僕がそう言うと、弁木先輩が目を天井に向けて、数回瞬きをした。
そして僕に視線を戻すと、小さく首を振った。
「……いや、あれは単純に俺が気に食わなかっただけだろ」
「あ、そうですか」
(――いや、やっぱ、剣道の教えって難しくない!?)
