判官贔屓の恋

第二四話

 同じ場所をぐるぐるするだけで、一歩も前に進めていなかった僕は、弁木(わけぎ)先輩との寝落ち通話が恋しくなりながらも電話をかけることができずに、一人寂しく眠ることになった。
 少し変わったことと言えば、僕のベッドにあるエア弁木(わけぎ)先輩のカバーが新しくなって、ちょっとゴワゴワしてしまったことぐらいだろうか。
(もしかして、弁木(わけぎ)先輩も髭が伸びたら、こんなふうにゴワゴワするのかな……)
そんな妄想に浸っていた僕に転機が訪れたのは――そこから二日後のことだった。

 その日、僕はいつもより重い足取りで家路についていた。
 ぼんやりしていたのか、曲がるはずの道を曲がらなかったらしい。
 気づけば見知らぬ小学校が、目の前に現れたことに驚く。
 僕はまだ、引っ越してきたばかりで土地勘がないのもあって、こんなところに小学校があったことすら知らなかったから。
 電気の消えた小学校の校舎は、暗い。
 だけど所々避難口の緑色のライトだけが光っていて、それが余計に怖く感じる。

 そんな中で、体育館だけ煌々と電気が付いているのが不思議だった。
 ぼんやりと体育館を眺めていると、竹刀を担ぎ、防具袋をぶら下げた小さな子供が、僕の目の前を歩いていった。
 そして、学校の通用門のような小さな扉を開けると、慣れた様子で中へ入っていく。
(……もしかしたら、子供向けの剣道教室でもやってるのかな)

 僕は、さっきの子供が開けっぱなしにしていた門に近づくと、そのまま学校の敷地内に足を踏み入れた。
(ちょっと覗くだけだから)
 そんな言い訳をしながら、ふらふらと吸い寄せられるように体育館へと向かっていた。

 うっすらと開かれた扉からは、光の筋が外へと伸びている。
 その光の眩しさに目を細めながら中を覗いてみると、防具をつけた小さな子供たちが、あちこちで素振りや打ち合いをしていた。
 指導しているのは、顎髭を蓄えた男性と、もう一人、茶色い髪の男性の二人らしい。
 
「あの……、入らないんですか?」
「ひゃっ!」
 突然、背後から声を掛けられて、驚きに飛び上がりながら退く。
 そこには、さっきとは違った道着に身を包んだ少年が、防具を持って立っていた。
 きっとさっきの子と同じように、剣道の稽古に来たのだろう。

「あっ! ご、ごめんね!? どうぞ入って!」
 慌てて道を空ける。
 すると少年は、僕の横を通り過ぎるなり――
「狩野先生! 誰か見てるよ!」
 体育館の中へ向かって、大きな声で叫んだ。
「――えっ!?」
 その声に反応して、顎髭の男性がこちらを振り向く。
 目が合った。
(……やばい! 変質者とか思われるかもしれない!)
 僕が思わず後ずさっていると、「狩野先生」と呼ばれた男性が、こちらへ近づいてくる。
「見学? それとも、誰かのお迎えかな?」
 突然の質問に、僕は咄嗟に答えていた。
「け、見学です!」
 自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。