判官贔屓の恋

第二二話

 真田先輩が大会を二連覇したと言うのに、会場からの帰り道は、どこか微妙な空気が流れていた。
 今回の大会で、それぞれの課題がいくつも浮き彫りになったからだ。
 田中くんと加藤くんは練習不足、佐竹先輩は最後まで粘れない。そして弁木(わけぎ)先輩は、自分の進むべき道を見失っていた。

 来月には、インターハイの団体戦がある。
 真田先輩の優勝が、チームに勢いを付けるかと思いきや、むしろ失速させてしまうようなものになっていた。
 剣道の団体戦は、勝ち抜き戦じゃない。誰か一人が強ければ何とかなるようなものじゃない。
 真田先輩がどれだけ強くても、それだけでチームが勝てるわけではないのだ。

 学校に戻ってくると、トロフィーを神棚の下に置いた真田先輩が、覇気のない僕らを振り返った。

「今日は、皆、頑張ったな。確かに、いろいろと課題は見つかったし、複雑な気持ちだとは思う」
 一度、皆の顔を見渡す。
「だけど、問題はそこじゃない。剣道は、己を律して、己の信じた道を進むためのもの。強さだけを求めるものじゃない。俺は、そう思ってる」

 その言葉を、聞いていた弁木(わけぎ)先輩の手に、力が籠る。
 だけど、今までみたいに、真っ直ぐに真田先輩を見つめることも、その言葉を素直に受け取ることもできないような、そんな苦しさがあるように、僕には見えた。

 続いて顧問の清水先生からの言葉があり、今日はこれで解散となることが告げられた。

「よし、じゃあ、また明日から頑張ろうな!」

 真田先輩がそう言うと、田中くんと加藤くんが顔を見合わせた。
 そして二人は、意を決したように口を開く。
「真田先輩、稽古つけてもらえませんか?」
「俺もお願いします!」
 一瞬、真田先輩が面食らったような顔をする。
 だけど、すぐに嬉しそうに笑った。
「もちろんだ」
 その輪の中に、本当は飛び込んで行きたいのに、飛び込めない弁木(わけぎ)先輩は、複雑な状況に置かれているのが見て取れた。
 弁木(わけぎ)先輩が咄嗟に目を向けたのは、この部での実力二位であるはずの佐竹先輩。いつもは面倒事に付き合わされるのはごめんだと、さっさと帰ってしまうのに、今日は珍しく竹刀を手に取った。

「弁木(わけぎ)、やるぞ」
「――お、おう」
 一瞬、返事に戸惑った弁木(わけぎ)先輩だったけれど、気を取り直したように竹刀を手に取った。
「何だよ」
「いや、珍しいなと思って。お前いつもすぐ帰るだろ」
 そう言った弁木(わけぎ)先輩に、佐竹先輩が見るからに不機嫌そうな顔を作った。
「あの金髪に『お前の兄ちゃん。真田さんより強かったのに、お前は弱いんやな』とか言われたんだよ! 何なんだよ、あいつ! クッソ腹立つ!」
「兄ちゃん……?」
 弁木(わけぎ)先輩がそう言うと、佐竹先輩が真田先輩が持ち帰ったトロフィーを手に取った。
 そして、歴代の優勝者の名前が書かれたリボンを、一枚ずつ探し始める。
 何をしているんだろうと見守っていると、佐竹先輩が、一枚のリボンを引っ張り出した。
 そこに書かれていた名前は、『佐竹一臣』。
「これだよ。兄貴が高一だった真田先輩を下してインターハイに行ったんだよ。それ覚えてたんじゃねぇの!?」
「へぇ……、そんなことがあったんだな」
「あんなコケにされて許せるかよ! おい、やるぞ! 弁木(わけぎ)!」
 佐竹先輩が竹刀を握り直す。
「おう!」

 そうやって息巻いた佐竹先輩に、弁木(わけぎ)先輩も感化されたように竹刀を大きく振り上げたのだった。
 その姿を見つめながら、僕はその場に立ち尽くしていた。
 いつの間にか、トロフィーを佐竹先輩に押し付けられている。
 僕にできることは、二人の姿を見つめることだけだった。

(……佐竹先輩って、あんなにたくさん喋れる人だったんだな)