判官贔屓の恋

第二一話

 僕は必死になって、弁木(わけぎ)先輩が褒めてくれた“見える目“で見てきたことを伝えようとした。
 
 「真田先輩は、何て言うか……竹刀がすごく重くて。竹刀を弾かれても、相手に勢いがなかったら、そのまま押し切っちゃうような強さがあるんですけど……でも弁木(わけぎ)先輩は、竹刀の速さは凄いのに、相手に弾かれると少し引いてしまう感じがあって、でも、次の瞬間にはまた次の手を出そうと動き出して、それで……えっと……」

 考えをまとめる前に言葉にしていることで、自分でも何が言いたいのかわからず、徐々に尻すぼみになっていく。
 上手く伝えられない自分にもどかしく思っていると、弁木(わけぎ)先輩が顔を上げて、先輩の真っ黒な瞳が、やっと僕を見た。
 弁木(わけぎ)先輩の瞳と、僕の瞳がぶつかって、思わず息を詰めてしまう。

 僕が息を詰めたのは、嬉しかったからじゃない。
 弁木(わけぎ)先輩に僕の見えた世界が伝わったからでもない。
 ――弁木(わけぎ)先輩が欲しい言葉は、僕の言葉じゃない、ってことに、気づいてしまったからだ。

 僕は、膝の上に置いた指をぎゅっと握りしめていた。

「あの……実は真田先輩から伝言を預かってきたんです」
「――…何て?」
「『帰ったら、もう一度、全部やり直そう』って言ってました」
「……そうか」
「はい」

 そう頷くと、弁木(わけぎ)先輩はふ、と息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ閉会だな。戻るか」

 その言葉にも、僕は頷いて、続くことしかできなかった。
 先を歩く弁木(わけぎ)先輩の背中を見ながら、僕の視界は少しずつ滲んでいく。

(……僕は、今まで何をしていたんだろう)

 マネージャーになれば、痛い思いをせずに大きな顔をして傍にいられる。
 タオルの柔軟剤の匂いも嗅げる。
 何かあったら、異変にもすぐに気づける。
 何より、マネージャーになった僕が、一番に弁木(わけぎ)先輩を支えることもできる。
 そんな風に、呑気に考えていたんだ。
 
 だけど、蓋を開けてみたらどうだ。

 寄り添うこともできなかった。
 弁木(わけぎ)先輩に、かける言葉も見つけられなかった。
 僕は、弁木(わけぎ)先輩のことをずっと見ていた。
 誰よりも近くで、誰よりも細かく。
 それなのに――。

 まるで、透明の壁があるみたいに、弁木(わけぎ)先輩の目に、僕の姿はちっとも映らなかったじゃないか。

(――僕が求めていたのは、こんなことだったっけ?)

 弁木(わけぎ)先輩に続いて会館に戻ったら、たくさんの拍手に包まれながら、真田先輩が一番大きなトロフィーを受け取っていた。

 今日の個人戦の最初に返還したばかりなのに、再び真田先輩の元に戻ってきたトロフィー。
 そこには歴代の優勝者の名前が書かれたリボンがあり、真田先輩の名前が二枚連続で重ねられることとなった。