第二〇話
じゃり、と砂を踏む靴の音がやけに耳につく。
僕に背を向けて座る弁木先輩は、今何を考えているんだろう。
(……何て声を掛ければいいんだろう)
まるで萎れた向日葵みたいだった。
弁木先輩の項垂れた姿なんて、初めて見たから、胸が切なくなってしまう。
思えば、いつも弁木先輩は真っ直ぐに前を向いていた。
三年生四人が辞めた時も。
自分が副将に選ばれた時も。
剣道部の中で一番背の高い弁木先輩の瞳には、もしかしたら僕が見ている世界とは違うものが見えていたのかもしれない。
あの切れ長の黒い瞳で、いつも何を見ていたのだろう。
――今日のあの試合の時、弁木先輩の瞳は何を映していたのだろう。
きっと、いつもの弁木先輩のままだったら、真田先輩も「いい試合だった」と言えたはずだ。
堂々と戦いに挑んで負けたのなら、勝っても負けても。
だけど、試合は試合。
何があったとしても、それを試合に持ち込んでしまったのは弁木先輩自身。
一瞬の隙をつかれて、優勝候補が一回戦で敗退してしまうなんてことも、決して珍しいことじゃない。
(……悔しくないはず、ないよね)
だけど、必死に練習もしてきたわけでもない。
もはや選手ですらない僕に、何が言えるんだろう。
そう思ったら、真田先輩の伝言を伝えるだけの仕事が、とても大きくて、とても重いもののように感じてしまった。
弁木先輩の背中を見て立ち止まっていた僕だったけれど、会場の方から、ワッと歓声が上がるのが聞こえ、背中を押されるようにして一歩を踏み出したのだった。
でも、やっぱり何て声を掛けていいか分からなくて、声を掛けられないまま。
弁木先輩の隣に、人が一人座れる分ぐらいの距離を空けて、階段に腰掛けた。
ちら、と弁木先輩が視界に入る程度に顔を向けてみたけど、弁木先輩の瞳は僕に向かなかった。
黒い瞳は、じっと足元を見つめたまま動かない。
(……何を見てるんだろう)
弁木先輩の足元には、少しひびの入ったコンクリートと、薄く積もった砂利があるだけだった。
動く虫がいるわけでも、何か目を惹くものがあるわけでもない。
ただ、目の前にあるものを、目を開いて見てるだけで、何も映していないのかもしれない。
うまく言葉も掛けられないままに、僕も小さく俯いていた。
(――僕も、もっと剣道に向き合っていればよかった)
そう思った時だった。
弁木先輩がぽつりと呟いた。
「……俺は、真田先輩に似てるか?」
小さな声に、僕は一瞬反応ができなかった。
「……え?」
顔を上げて弁木先輩を見たけど、相変わらず弁木先輩の瞳は下を向いたまま。
僕の姿を見てはくれていない。
それでも、弁木先輩は僕に話し掛けてくれてる。
僕のことに気づいてくれてる。
そのことが、すごく嬉しかった。
だけど、弁木先輩の口から出た言葉は、僕にとって答え難いものだった。
「試合前、あいつに言われたんだ。『自分の太刀筋も足の運びも、全部、真田さんになりたいんか? ってぐらい、そっくりやな。コピーみたいやん』って」
(……真田先輩と弁木先輩の太刀筋が、そっくり?)
そんなことを急に言われても、答えが出なかった。
だって、僕も考えたことがなかったから。
弁木先輩が真田先輩に憧れていることは、もはや剣道部では誰もが知っている。
真田先輩がいるから、家から遠い時津高校に進学したことも。
だから、弁木先輩が真田先輩の剣道を真似していると言われても、不思議ではなかった。
それに、“学ぶ“ということは、“真似る“ことから始まる。
絵でも、剣道でも、どんなことでも、上手な人の動きを真似ることから始まるのだと、以前、顧問の清水先生が言っていた。
真似ることは、決して悪いことじゃない。
だけど――その人と“同じ”になることは、きっと違う。
弁木先輩は、真田先輩に憧れている。
でも、真田先輩になりたいわけじゃない。
弁木慶次郎として、強くなりたいだけなのに。
(……それで、さっきは、あんな試合に)
僕は小さく唇を引き結ぶと、弁木先輩へと向き直ったのだった。
「……僕は、真田先輩と弁木先輩の太刀筋は、全く一緒じゃない、って思います」
じゃり、と砂を踏む靴の音がやけに耳につく。
僕に背を向けて座る弁木先輩は、今何を考えているんだろう。
(……何て声を掛ければいいんだろう)
まるで萎れた向日葵みたいだった。
弁木先輩の項垂れた姿なんて、初めて見たから、胸が切なくなってしまう。
思えば、いつも弁木先輩は真っ直ぐに前を向いていた。
三年生四人が辞めた時も。
自分が副将に選ばれた時も。
剣道部の中で一番背の高い弁木先輩の瞳には、もしかしたら僕が見ている世界とは違うものが見えていたのかもしれない。
あの切れ長の黒い瞳で、いつも何を見ていたのだろう。
――今日のあの試合の時、弁木先輩の瞳は何を映していたのだろう。
きっと、いつもの弁木先輩のままだったら、真田先輩も「いい試合だった」と言えたはずだ。
堂々と戦いに挑んで負けたのなら、勝っても負けても。
だけど、試合は試合。
何があったとしても、それを試合に持ち込んでしまったのは弁木先輩自身。
一瞬の隙をつかれて、優勝候補が一回戦で敗退してしまうなんてことも、決して珍しいことじゃない。
(……悔しくないはず、ないよね)
だけど、必死に練習もしてきたわけでもない。
もはや選手ですらない僕に、何が言えるんだろう。
そう思ったら、真田先輩の伝言を伝えるだけの仕事が、とても大きくて、とても重いもののように感じてしまった。
弁木先輩の背中を見て立ち止まっていた僕だったけれど、会場の方から、ワッと歓声が上がるのが聞こえ、背中を押されるようにして一歩を踏み出したのだった。
でも、やっぱり何て声を掛けていいか分からなくて、声を掛けられないまま。
弁木先輩の隣に、人が一人座れる分ぐらいの距離を空けて、階段に腰掛けた。
ちら、と弁木先輩が視界に入る程度に顔を向けてみたけど、弁木先輩の瞳は僕に向かなかった。
黒い瞳は、じっと足元を見つめたまま動かない。
(……何を見てるんだろう)
弁木先輩の足元には、少しひびの入ったコンクリートと、薄く積もった砂利があるだけだった。
動く虫がいるわけでも、何か目を惹くものがあるわけでもない。
ただ、目の前にあるものを、目を開いて見てるだけで、何も映していないのかもしれない。
うまく言葉も掛けられないままに、僕も小さく俯いていた。
(――僕も、もっと剣道に向き合っていればよかった)
そう思った時だった。
弁木先輩がぽつりと呟いた。
「……俺は、真田先輩に似てるか?」
小さな声に、僕は一瞬反応ができなかった。
「……え?」
顔を上げて弁木先輩を見たけど、相変わらず弁木先輩の瞳は下を向いたまま。
僕の姿を見てはくれていない。
それでも、弁木先輩は僕に話し掛けてくれてる。
僕のことに気づいてくれてる。
そのことが、すごく嬉しかった。
だけど、弁木先輩の口から出た言葉は、僕にとって答え難いものだった。
「試合前、あいつに言われたんだ。『自分の太刀筋も足の運びも、全部、真田さんになりたいんか? ってぐらい、そっくりやな。コピーみたいやん』って」
(……真田先輩と弁木先輩の太刀筋が、そっくり?)
そんなことを急に言われても、答えが出なかった。
だって、僕も考えたことがなかったから。
弁木先輩が真田先輩に憧れていることは、もはや剣道部では誰もが知っている。
真田先輩がいるから、家から遠い時津高校に進学したことも。
だから、弁木先輩が真田先輩の剣道を真似していると言われても、不思議ではなかった。
それに、“学ぶ“ということは、“真似る“ことから始まる。
絵でも、剣道でも、どんなことでも、上手な人の動きを真似ることから始まるのだと、以前、顧問の清水先生が言っていた。
真似ることは、決して悪いことじゃない。
だけど――その人と“同じ”になることは、きっと違う。
弁木先輩は、真田先輩に憧れている。
でも、真田先輩になりたいわけじゃない。
弁木慶次郎として、強くなりたいだけなのに。
(……それで、さっきは、あんな試合に)
僕は小さく唇を引き結ぶと、弁木先輩へと向き直ったのだった。
「……僕は、真田先輩と弁木先輩の太刀筋は、全く一緒じゃない、って思います」
