判官贔屓の恋

第一五話

 大会会長の長い挨拶なんて、頭に残っている生徒なんているのだろうか。
 そんな失礼なことを思いながら、応援席に座った僕は、撮影用のスマホを準備していた。
 
(……会長の話より、弁木(わけぎ)先輩の柔軟剤の匂いの方が、強く、強く記憶に残ってるけどね!)
 
 それは、ほんの偶然だった。
 今日は何の柔軟剤の香りかな、なんて思いながら階段を上がっていたら、前を歩いていた弁木(わけぎ)先輩が急に足を止めた。
 そのせいで、弁木(わけぎ)先輩の背中に顔を思い切り埋めてしまったのだ。
 鼻先が押し潰されるほどの衝撃を受けたけれど、その瞬間、不意に柑橘系の匂いが僕を包んだんだ。

(――あっ、オレンジの匂いだ! だけど、嫌味がない、いいオレンジだ!)

「あ、凪、悪い」
 背中にぶつかった衝撃に弁木(わけぎ)先輩が振り返る。
 僕は緊張のあまり、ニタリと笑いながら、「いいえ」と答えた。
(オレンジの香りは初めてだ。もしかして、大会がある日は、毎回オレンジの匂いだったりするのかな……?)

 選手は勝てるように願掛けをする、というのはよく聞く話だ。
 弁木(わけぎ)先輩のお姉さんもバドミントンをしていたと聞いたから、もしかしたら、お姉さんが願掛けとして柔軟剤を使ったのかもしれない。

 爽やかなオレンジの匂いを思い出しながら、僕は個人戦のトーナメント表を見つめた。

◇◇

 あれから試合は進み、弁木(わけぎ)先輩は、あと一回勝てば、あの新見(にいみ)さんと当たるところまで勝ち上がっていた。
 各校で並ぶ際も、白に近い金髪の新見(にいみ)さんの頭は目立っていた。
 大会会長の挨拶の時でさえ、眠たげにあくびを噛み殺し、ふらふらと頭を揺らしていた。

(……剣道する人でも、あんな適当な人もいるんだな)
 
 真田先輩の話では、剣道の腕は凄いらしいけど、真面目に剣道をしているようには見えない。
 小中の後輩ということもあって、真田先輩にとっては可愛い後輩かもしれないけど、僕にとっては全く知らない人だ。

 そう思えば、辛辣な感想を抱いてしまっても無理はないだろう。
 恋愛感情を抜きにしても、真摯に練習に取り組んでいる弁木(わけぎ)先輩を応援したくなる。
 きっと、周りで見ている人たちも、同じに違いない。
 
 叩かれるのが痛いという理由で、マネージャー職へ逃げた僕が言えることではないかもしれない。
 それでも――。
(僕の方が、真剣に剣道と取り組んでるかもしれない)

 僕は、本気でそう思っていたんだ。
――新見(にいみ)さんの試合を見るまでは。